序章 良き隣人 ♯4

 夜が明け、何事も無かったように、鳥が心地よく囀った。森の中、一睡もせず、木の根の窪みに隠れていたカナムは、立ち上がって箱を大切そうに抱え上げる。そして木々を抜けて道に出ると、十一年過ごした家のある方角を見た。昨夜は無心に走り続けたためか、カナムの想像よりも遠くに来たようで、平坦な道の彼方を見据えても、知らない農家の影しか見つけることができなかった。


 昨夜家の外へ逃げ出してから、カナムは一滴の涙も流さなかった。ホランの気持ちに、少しだけ触れたような気がした。ファーロに言われた通り、辺りを見回して誰もいないことを確認する。確か南のエスカーラへ行けと言っていた。元より、祖父のホランとも南方へ行く予定だった。ファーロには「生きなければならない」と言われたが、年若くして家族と居場所を失ったカナムには、妹のマルラのためにも、ホランとの旅の目的を成し遂げるより他に、残された道はなかった。そう強く確信していた。少なくとも、それまで死ぬことはできない。カナムは一切の感慨を振り払い、南へ向かって足を踏み出した。

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