第35話 伝説よ、今ここに
「勉強になった。それでさ、太陽の欠片は見つけることができなくて岩のような竜を倒して目と岩を持って帰ってきたんだよ」
「分かった。明日でいいのかな? 僕も行こう」
「ナイトメアならすぐだから、緊急時でもすぐ戻ることができるよ」
「緊急の鐘は聞こえないかな」
「そうだった……」
携帯電話が無い世界なので、離れた場所で何が起こっているのかをリアルタイムで知る術はない。
「次回の話はこれで。岩の竜の素材を見せてもらえるかな?」
「もちろんだよ」
手持ちで持てるだけしか持ってきていなかったので、軒下に置いている。
朱色の玉は高熱を発しているから火事が怖いし、土を少し掘って半分埋めた状態にしているんだ。
さっそくジャノと共に軒下に向かう。
あ、そうだ。
「ジャノ、軒下に置いているけど、赤色の玉はクソ熱くて危険だから注意してくれ」
「君は?」
「俺はドノバンさんを呼んでくる」
「そういうことか。待ってるよ」
熱いものに素手で振れることができるドノバンの能力を思い出した。
珍しいものが手に入ったんだ、と彼に告げたクワを置いて「急ぐぞ」と彼から背中を押され軒下へ。
ジャノは袋を開けずに待っていてくれて、せっかくなのでドノバンに袋を開けてもらった。
海のような青に目を奪われる彼らだったが、メインである朱色の玉を見た時に動きが止まる。
「こ、これは……」
「こいつは極上の玉だね」
ドノバンが指先をわなわなと震わせ朱色の玉に触れた。
俺では触れる前に条件反射で手を引いたのだけど、ドノバンは大事そうに両手で朱色の玉を掴み上げたではないか。
「熱さは問題ない?」
「うむ。儂は溶けた鉄に触れても平気じゃからな。こいつは火の宝玉。ドワーフの間で伝わる最上の宝の一つじゃ」
「ほ、ほおお。使い道があるの?」
「こいつがあれば炉の温度を思い通りに操作することができる」
「魔力か何かを使って操作するのかな?」
「察しが良いの。ドワーフ以外に扱えるのかは知らんが」
おお、まさかドワーフにとって最上の宝物だったとは。一目見た時からこいつは只者じゃないと思ったが、すぐに素性が分かるとはラッキーだった。
俺にとって特に役に立つものでもなし。飾って置いておくには火災が怖い。
朱色の玉……火の宝玉に埃がかぶり、埃に引火して……なんてことになりそうだもの。
熱すぎて誰も磨くことができないし。
「ジャノ、俺は特に必要ないしジャノの研究には少しだけあればいいよな?」
「欠片でも保管が面倒だね。ドノバンさんが扱えるのなら彼に」
「俺も同じ気持ちだよ。ドノバンさん、良かったら炎の宝玉を使ってもらえないかな?」
「儂が? 火の宝玉を……か。火の宝玉は名工こそ相応しい」
渋るドノバンの心中は理解できた。
火の宝玉はドワーフの宝と言われるだけに名誉的な側面が強いのだろう。
鍛冶のことはとんと分からないけど、超一流の鍛冶師ならば炉の温度調整などお手の物。
火の宝玉などなくとも一流の製品を作り上げるさ。
「村の事情を鑑みると火の宝玉は非常に有効だと思うんだ。炉の温度を調節するだけで手を取られるじゃないか。ドノバンさんは農業もやっているし、鍛冶の準備に手を取られるくらいなら他のことに力を注いで欲しいんだ」
「そういう見方もあるか。分かった。借りる。じゃが、儂の炉にはちとこのサイズは大きい。削ってもいいかの?」
「削りカスはジャノの研究にでも使ってもらうか」
「ありがたい」
名誉ではなく機能として考えてくれと伝えたのが功を奏したようだ。
「この場で削るかの」
「おお。見たい、見たい」
ドノバンが腰に巻いた道具入れからノミとカンナを出してさっそく火の宝玉を削り始めた。
見事なものだ。玉を削って再び玉にするって難しそうなのだけど、あれよあれよという間に作業が終わってしまったぞ。
俺の目には凄腕に映るのだけどなあ、ドノバンは。
「粉状のものでも熱いのかな?」
「熱いぞ。粉ならコップの中にでも入れておけば保管はできるじゃろ」
「水の中なら平気ってこと?」
「うむ。細かいと力も弱い。ぬるま湯くらいまでしか暖まらんの」
ジャノから君の戦利品だということで粉を半分に分け、自室に戻る。
「ふむ。こいつが宝ねえ」
肩肘をつき、水を入れた瓶の中で揺れる赤い粉を見つめ呟く。
太陽の欠片を探しに行ったらドワーフの宝を入手した。
本来の目的はこの種をレムリアンに進化させるべく向かったんだがなあ。
元リンゴの種を指先でつまみ何気なしに「種の図書館」を使用する。何度見た所で必要な素材が変化することはないのだけど、たまに確認したくなるよね?
俺だけだったらすまない。
「え、あれ?」
進化できる。レムリアンに進化できるぞ。
進化に必要な素材は確かに表示されている。そう「太陽の欠片」だ。
太陽の欠片なんて持ってないってのに。ファイアフラワーの群生地に行った時にお尻かどこかに太陽の欠片が引っ付いていたのかもしれない!
砂のように細かい素材だったらくっついていても不思議じゃないものな。
進化に必要な素材は極微量でも成立したりしなかったりする。今回は微量でも成立しているってことか。
コンコン。
その時扉が叩かれ、シャーリーの声が聞こえてくる。
「イドラ様、湯が整いました」
「ま、待って。シャーリー、その場を動かず」
「は、はい」
「扉もそのままで開けずに」
風で吹き飛んでしまったら全てが水の泡だ。現時点で太陽の欠片が何かは特定できていないのだから。
たまたまでも何でも今レムリアンに進化ができるのであればそれでいい。
シャーリーと会話したことで脳内ウィンドウが閉じてしまった。それでは再び行くぞ。
『開け、種の図書館』
おっし、進化できる状態になっているな。
レムリアンに進化だ。
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