第32話 太陽の欠片
「やあ、ジャノ」
「なんだい? 僕は雑事で忙しいんだが?」
「あ、ああ。ご、ごめん」
こいつはまずい。ジャノの眉間からしてご機嫌が斜めだ。
そらまあそうだろう。机にドサッと書類が積まれているのだから。これほどの紙をどこから仕入れたのだろう?
なんて思いつつ、そのままクルリと踵を返したら鋭い声が背中に突き刺さる。
「ほら、君もやるべし」
「え、ええ……」
「そこ、座る。いいね」
「え、いや、でも」
問答無用で机に座らされ、ドンと書類が置かれた。
い、いや、あのだな。書類仕事をしないと言っているわけじゃないんだ。
ここには官吏もいないし、俺とジャノでやらなきゃならんのは分かる。だ、だけどさ、俺には竜の巫女を治療するというミッションがあって。
「手が動いてないね」
「ほ、報告があって、それで来たのだけど」
「分かった。書類を処理しながら続けようか。君のところに置いたものは数字の計算をしなくていいものだ。ただただサインをすればいい」
「そ、それならやるよ」
ジャノの感謝だ。
彼は俺の事情を組みサインをするだけでいいものだけ集めておいてくれたのか。彼だって暇じゃないのに任せてしまって本当に悪いと思っている。
村人から官吏をやりたい人を募ろう。計算ができない人でもいい。最初はみんな未経験だもの、学んでもらえればいいのだ。
これからの村運営は豊富な作物・家畜を元にした外部との交易も目指して行く。
しっかりした管理組織は必須なのだ。
数枚サインをしたところでジャノに目を向ける。
「分からないところがあったかい?」
「いや、機械的にサインをしているだけだよ」
「となると報告の方かな? 種の研究が進んだのかな?」
「そそ。ついにレムリアンを見つけたんだ」
「何だって。それならそうと先に言ってくれよ。一旦書類は中断しよう」
部屋を移し、ジャノと向い合せに座った。シャーリーが用意してくれていた紅茶を注ぎ、ふうと一息つく。
「レムリアンを見つけたと言ってもまだ君の頭の中でだけ、で状況はあっているかい?」
「さすがに察しがいい。レムリアンへ進化できる種を見つけたんだ。なんと、元はリンゴの種だよ」
「神の果実はリンゴという説もある。アンブロージアに近しいものはリンゴなのかもしれないね」
「それでさ、簡単にレムリアンに進化させてくれなかったんだ」
「そうだろうね。でなきゃ、君はレムリアンの種を持ってここに来ている」
「鋭い。さすがに鋭い」
「それで、僕のところにまず来たということは、進化に必要なものは何らかの素材だったのかな?」
「
伝説のレムリアンを作成するための素材と聞いてジャノの知的好奇心が大いに刺激されたようだ。
彼にしては珍しく身を乗り出しトントンと自分のこめかみを指先で叩いている。
彼は考え事するとに指で何かを叩く癖があった。今も高速で彼の頭脳が回転しているのだろう。
ここはしばらく彼を待つべきか?
と思っていたら、すぐに彼の口が開いた。
「レムリアン。伝説の実か。それに必要な素材……うん、心躍る。錬成、ではないけど似たようなものか。なら、凍れる雨とか太陽の欠片とか、その辺りの大層な名前の付いた素材かもしれないな」
「え、何で分かったの?」
「大当たりだったのかい? どっちだ?」
「太陽の欠片の方だよ」
「ふむ。太陽の欠片ならば王都の著名な錬金術師の工房にあるかもしれない」
「それ、とんでもない価格なんじゃないの?」
「そうだろうね。言いたいことはそこじゃない。実在し、実際に手に入ったということさ」
裏を返せば入手方法も分かるってことか。
ジャノが紅茶を飲むに合わせ、俺も紅茶を口にする。
大して喋ってないのに喉が渇くのは、確信に迫る話をしているからだろう。
「ジャノはどこで手に入るのか知っているの?」
「実際に見たことはないけどね。太陽の欠片は炎のような花が咲き乱れる地にある」
「炎のような花……どっかで見たような」
「見たのかい!?」
「どこだっけ。あ、クルプケがとって来てくれた種にファイアフラワーの種ってのがあったんだ」
鼻先を自分の指で叩き、ふむと頷くジャノ。
炎のような花が咲き乱れる場所かあ。太陽の欠片の話を抜きにしても幻想的な風景が広がっていそうで俄然興味が湧いてきた。
「もう一つ。太陽の欠片は見えない」
「え、ええと」
「正確には人間の目には見えない。だけど、確かに在る。発見は使い魔かテイマーの連れているペットに頼んで、になるね」
「あ、そこは何とかなると思う」
「そうかい。なら、見えないままで持って帰って来て欲しい。布で包むと見えずとも持ち運ぶことができるよ」
よおっし。なんかうまくいきそうな気がしてきた。うまくいかなきゃその時考えればいい。
期間は一年もあるんだ。
あ、あああああ。問題があった。
「重要かつ致命的な綻びがあった」
「目に見えなものを『見る』ことはクリアできるのだよね?」
「そこは当りはついている。うまくいけばって感じ。だけど、ファイアフラワーのところまでどうやって行けばいいのか見当がついてない」
「クルプケは君の使い魔じゃなかったのかい?」
「形だけだよ。俺には魔法の素養がなくて」
「それなら問題ない。クルプケに君がお願いすれば伝わるよ」
「そんなものなの?」
「そうさ。君はこれまでクルプケに何かお願いごとをしたことはなかったのかい?」
「いや、特には……」
「あれだけ可愛がっているんだ。きっとクルプケは君のことをお気に入りさ」
「お気に入りさ」と言われましても……。
クルプケはペット感覚だったからなあ。放し飼いも甚だしいけど……。
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