第29話 おや、ナイトメアの様子が

「敵意がないのなら気にせず戻ろうじゃないか」

「そうだな」


 ジャノはナイトメアに対しまるで心配するそぶりを見せず、すたすたと歩き始めた。

 ペコリとお辞儀をしてから俺も彼に続く。ずっと俺たちの様子を見守っていたルルドも俺たちの動きに合わせて後ろからついて来た。

 竜の巫女の部屋を出て回廊を歩きながらジャノに尋ねる。


「結界があったから、警備も部屋の前だけだったし俺たちもあっさり竜の巫女の部屋に入ることができたのかな?」

「何かあるとは思ったけど、結果的にそうだね。ルルドの案内がなければ会うことはリザードマンたちに拒否されたかもしれないね」

「わたし、役に立った」

「連れて来てくれてありがとうな」

「僕からもお礼を言うよ。興味深い、実に興味深かったよ。ありがとう」

 

 えへへ、と会話に入って来たルルドに対し二人揃って褒めたたえる。

 結界とは何かってことは俺だって一応知っているんだぜ。結界は指定した土地や建物の中だけに発動する大魔法である。

 結界は結界の中と外を隔てる障壁のようなもので、様々な効果を付与することができるのだ。

 神殿の場合は敵意のあるなしで中に入ることを許可するしないと条件をつけている。


「そうだ。結界ってジャノでも結界があるって気が付かないものなの?」

「神殿の結界にはまるで気が付かなかったよ。素晴らしい結界だ。古代竜リッカートが作ったのか、竜の巫女イズミの手によるものなのか」

「結界ってジャノなら作れるの?」

「うーん、結界は儀式魔法で作るもので、結界形成後は常に魔力を注がなきゃならない」

「儀式魔法って複数人で協力してってやつだっけ?」

「そうだよ。一人の魔力じゃ足らない場合に、多数の魔法使いを集める。儀式は複雑で全員が手順を間違えずに実行しなきゃならない。とても面倒なものだよ」

「へえ……」

「しかし、ここの結界はけた違いだよ。魔力の流れをまるで感じさせない。継続的な魔力の供給も必要無い。僕にとってはこの結界はおとぎ話だよ」


 ふむふむ。結界についてはよくわからないけど、神殿の結界を形成した何者かは俺たちの常識の枠外にいるということだけは理解できた。

 それはそうと、本当にいるよ、ナイトメア。

 神殿の入口には段差があって、地面より高くなるように大理石が敷かれているのだけど、ちょうど段差を登ったところに漆黒の馬のような魔物ナイトメアが立っていた。

 特に何かするでもないので、このまま素通りさせてもらうことにしようか。

 ルルドが尋常じゃないくらい震えているけど、神殿に入ってこれたってことは安全なんだよな?


『グルルル』

「ひいいい」

 

 俺の後ろに隠れギュッと俺の服を握りしめるルルド。

 彼女はナイトメアによって大怪我を負った。なので、気持ちはわからんでもないけど……。

 俺としても崖のところでバトルしたところだろ。いくら別個体と分かっていても構えちゃうよ。

 

 カッポカッポ……ではなくザザザと爪が石にあたる音がしてナイトメアが悠然とこちらに向かって歩いて来る。

 なんと、彼は俺の前で頭を下げじっと何かを待っているではないか。


「イドラ、この魔力の波長はさっきのナイトメアだ」

「え? あの高さから落ちたらさすがに」

「僕らの思っている以上にタフだったみたいだね。落ち方にもよるのかもしれないけど」

「どんな落ち方をしても人間なら即死だぞ」


 ナイトメアを落とした場所は高さ100メートルを優に超えていた。

 競走馬より一回り以上大きいナイトメアが自由落下した場合、その衝撃は凄まじいものになる。

 倒し切ったか見ていないから、生存している可能性もあるにはあるが俄かには信じられない。

 グルルルと鳴きながら待っているナイトメアにどうしていいものか悩む。

 いっそ撫でてみるか。

 彼の首を恐る恐る撫でてみると、目を閉じグルルルと鳴くではないか。

 それどころか、首から手を離すと体を横に向け前脚をかがめじっと俺の動きを待っている。

 

「乗れと?」

『グルルル』


 乗せてくれるというのなら乗ってみようじゃないか。

 これでも乗馬はマスターしている。馬車の扱いもお手の物だ。

 

『グルウウアアアア』

「うおっと」


 興奮したらしく彼の背中が上にあがり危うく落ちそうになった。

 ポンと首を叩くとザザザと闊歩し、首を撫でたらその場で止まる。

 これなら、ある程度思い通りに動いてくれそうだな。しかも空を飛ぶこともできる。

 

「ナイトメアに乗って村まで戻ろうかな」

「君の種がないと僕だけじゃなく馬も馬車もここから身動きできないけど?」

「そうだった」

「馬ならわたしが見ていようか?」


 ジャノのもっともな突っ込みに対しルルドが助け船を出してくれた。

 それならお願いしちゃおうかな。種を調べてから神殿に戻ってくるつもりだし。

 ナイトメアはジャノにも敵意を見せないし、彼と俺の二人で乗っても地上を歩く分には問題なさそうだ。

 二人を乗せて飛べるかは……飛んでもらわないと分からないけど。

 

 ◇◇◇

 

「おおおお」

「空からだと速いね」

「すげえよ。空っていいなあ」

「ははは。悪くはないね。落ちないようにちゃんと掴まっておきなよ」

「もちろんさ」


 軽口を叩き合いながら、ナイトメアで空の旅を楽しんでいると半日もかからず村に戻ってくることができた。

 突然のナイトメアの出現に村中で騒ぎになるが、領主様なら、と何故かすぐに村人たちは落ち着きを取り戻す。

 とんでもない種の成長を見ているから色々麻痺してきているようだな。


「ウマウマ」


 ナイトメアを見ても変わらぬのは食いしん坊のミニドラゴンくらいだ。

 彼はリンゴの木の枝で俺たちが来ても変わらずむしゃむしゃとやっていた。

 

「ただいまー」


 声をかけるとふよふよと降りて来てナイトメアの首元に着地する。

 ナイトメアは特に怒った様子はなかったが、元は凶暴な魔物だけにドキドキした。

 

「平気なようだね」

「そうみたいだな」

「ウマウマ?」


 呑気なのはミニドラゴンのクレイだけである。いや、ナイトメアも気にしていないのかも。

 だけど俺は見逃さなかったぞ。彼の青色のたてがみが一瞬だけ逆立ったのを。

 旧宿舎に帰るまでに俺の帰りを迎え近寄って来る村人もいた。しかし、ナイトメアの雰囲気に一定距離以上近寄れなかったみたいだ。

 その時には尻尾とたてがみが逆立っていたよな……。

 一見し人畜無害に見えるミニドラゴンだから許されたのか? サイズ的な問題なのかもしれない。

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