第28話 竜の巫女

「お話は終わりましたか?」

「はい。待っててくださりありがとうございます」

「ジャノさんがおっしゃっていた通りです。私の魔力はもって後一年といったところでしょう」

「そ、そうなのですか……」


 ここでまたジャノが俺に耳打ちする。

 わざわざ二人で秘密にもなっていない会話を二度もする必要はないだろ。

 てわけで、彼にそのまま喋るように促す。

 

「改めて初めまして。僕はジャノ。あなたの規格外の魔力保有量に驚きを隠せません。面と向かってお伝えするに気恥ずかしかったもので」

「そういうことか」

「そういうことだよ。僕だって空気を読むんだ」

「読んでいたな……すまんかった」

「おもしろい方々ですね」


 うふふとばかりに上品に笑う竜の巫女イズミに対してはジャノでさえ苦笑いするしかない。

 魔力が漏れ出し回復の見込みのない人を前に「元の」魔力保有量について語るのは失礼だよな、うん。

 これは俺に配慮がなかった。

 俺には他の人の魔力を推し測ることができない。ジャノが言う「規格外」の魔力だったなら感じ取れるかもしれない程度だ。

 規格外となればそれだけで圧となり、感じとることができるかなって。

 魔力があるかないかくらいならそれなり以上の魔力を持つ対象ならば分かる。ただ、魔力の多寡は分からない。

 彼女は元々膨大な魔力を持っていて、魔力が漏れ出す状態になり徐々に魔力が減っていき、今の状態になっている。

 ジャノは元の魔力量を推し測り、「規格外だ」と言った。

 規格外だったからこそ、まだ彼女の魔力は尽きず俺たちとこうして喋っている。

 おっと、そもそもの前提を確認しておきたかった。この場でジャノに尋ねるには流石に憚られる。

 聞きたいことは「魔力が完全に無くなると生存できないのかどうか」だ。

 聞かずとも彼女が自分で言っているので間違いはないのだろうけど、道はないのか彼に聞きたくってさ。


「僕の計算では凡そ20年、あなたの『魔力の器』は壊れたままです。これまで様々な治療法を試されたと思いますが、お聞かせいただけますか?」

「ハーピーやリザードマン、ドラゴニュートたち……色んな方々が私のために薬や治療を施してくれました。ですが、一時的にでも効果があったものはありません」

「僕の知っているものではスミソナイト、カルセドニー、レムリアンの三種が『魔力の器』を修復するに効果がある、と記載されていました」

「どれも聞いたことがありません」

「スミソナイトは鉱物の一種。カルセドニーは古代の錬金術師の記述にあり、ポーションの一種なのか不明。レムリアンはアンブロシア神の果実の一種とのことです」

「雲を掴むような話ですね」

「そうでしょうか。僕はここに来るまで古代竜が実在するなんて信じてませんでした。ですがここには確かに古代竜がいた形跡があります。その巫女であるあなたがいらっしゃいます」


 ジャノにしては珍しく熱弁する。

 自分のことなのに冷静に受け答えをする竜の巫女には頭が下がる思いだ。

 俺だったら藁をもすがる思いで、何とかしてジャノのあげたアイテムを手に入れようと躍起になるだろう。

 彼のあげた三つのアイテムについて、俺は聞いたことがない。彼の持つ膨大な書物のどれかにそれらが記載されていたんだな。

 鉱物の一種ならどこかにあるのかもしれないが、それこそ雲を掴むような話だ。錬金術で生成……は専門家が多数いる中、未だに「伝説上」となっていることからお察しである。

 残るはレムリアンだが、神の果実ってどこかに生えているのか? 神のというからには神の世界にある?

 う、うーん。スミソナイトとカルセドニーより実在性が低い気がする。

 

「私にとっては伝説でも、あなたにとっては伝説ではないかもしれない。あなたにとって伝説だった古代竜リッカートが実在したように」

「そうです。レムリアンならばこの世に作り出すことができるかもしれません。だよね、イドラ?」

「え、俺?」

「そうさ」


 当然のように言われましても、俺にどうしろと?

 自信ありげな彼の態度に対し、はてなマークしか浮かばない。

 首を傾げる俺に彼が言葉を続ける。


「種の図書館は種を進化させることができる、で合ってるかい?」

「俺にしか見えないけど、種を進化させる先の候補も見え……あ」

「名称はレムリアンではないかもしれないけど、可能性はあるんじゃないかい?」

「確かに」


 そうか、そうか。

 種を進化する先はツリー状になって名称とステータスを見ることができるんだ。


「きっと、見つけてみせます。俺が伝説を実在に変えてみせる」

「お待ちしてます。あなたのその力も私にとっては伝説でした。伝説は決して伝説ではない。そこの導師がおっしゃった通りですね」

「俺の能力が分かるのですか?」

「細かいことまで分かりません。ですが、ごめんなさいね。見えてしまうのです」

「特に隠しているわけじゃないので、問題ありません」


 儚く微笑む竜の巫女に母を重ね、改めて彼女の治療をしてみせると強く誓う。

 母の時とは異なり、ジャノが対応する治療法を知っていた。といっても実在するかも、本当に治療できるのかも不明。

 だけど、僅かながらも可能性があるのなら、それに賭けてみたい。今度こそ病を克服してみせる。

 そうと決まれば一旦村に戻ることにするか。今ある種の中から薬効があるものを中心に調べていこう。

 「では失礼します」と口に出そうとしたところで、リザードマンが部屋に入って来た。

 

「ミコサマ、ジケンダ」

「どうかされたのですか?」

「ナイトメアガ、シンニュウシテイル」

「神殿は来る者拒まずです。たとえナイトメアであっても」

「ワカッタ」


 ナイトメアって、崖のところで俺たちを襲撃してきた奴だよな。

 別個体がいても不思議じゃないけど、ナイトメアに神殿を荒されたらたまったもんじゃないぞ。

 俺の心中を読んだイズミが優し気に目を閉じる。

 

「心配ありません。神殿は敵意ある招かざる客を寄せ付けない結界が張り巡らされています。たとえ竜であっても神殿の結界を超えることは叶いません」

「そうだったんですね」


 友好的なナイトメアか。あの凶暴な姿からは想像できないけど、どのような種族にも個体差はあるものだよな。

 人間だってそうだ。蚊も殺さぬ聖人からシリアルキラーまで様々である。俺は……どうなんだろ、善人ではないが悪人でもない。

 いい奴ではないが悪い奴でもない……と思う。

 何としても竜の巫女を治療したい、という想いも無償のものではなく自分のエゴからだしなあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る