第27話 神殿
「神殿……ううむ」
「すごいでしょ」
「確かに。崖の上にこれほどの神殿を建てるなんてすごいな」
「うんうんー」
圧巻の神殿であることは確かだ。
巨石を運び組み上げた神殿は荘厳で神の宿る場所として相応しい雰囲気を醸し出している。
ここに霊獣とか、聖なる何かがいたとしても不思議ではないほどに。
見事な石のアーチに大理石の床で、古代ギリシャの神殿を彷彿とさせる。
だけど、だけどだよ。
巫女に神殿といったら和風を想像してしまったんだよね。
分かっている。俺の勝手な勘違いだということは。巫女と聞いて神社の巫女さんを想像してしまったのだもの。
領都コトラムにはギリシャ風の神殿なんてものはなく、聖なるところといえば教会のみだ。
こういった異文化ちっくな神殿を見ることができるだけでも、この場に来て良かったと思える。
巫女さんは残念でならないが。
「石を継いで作ったのだろうけど、この量を運び込むのは相当骨が折れただろうね」
「たった一晩で運んだんだって。古代竜リッカート様が」
「伝説の古代竜の遺物とは恐れ入った。伝説が確かにあったことをこの神殿が示しているというわけだね。非常に興味深い」
「みんな総出で綺麗にしているんだよ」
ジャノはふんふんと頷きながら神殿を見上げていた。
確かに神殿は綺麗に磨かれている。ハーピーたちがいれば屋根の上もお手の物か。
空を飛べるなら滑落の心配もないし、梯子を準備する必要もなし。俺も掃除の時だけでいいから空中浮遊をしたいものだぜ。
でも、空中浮遊なんてできちゃったら掃除どころじゃなくなっちゃうよね。
悩ましいところだ。
「どうぞ、中へ」
ルルドに案内されて中へ入る。門番もおらず、広い神殿の中はガランとしていた。
竜の像が飾られており、奥には部屋が一つ。その扉の前にはハーピーではなく、ワニのような頭をした人型の長身二人が立っている。
部屋に竜の巫女がいるのだろうなとすぐに予想できた。なんせここだけ門番らしき二人がいるのだから。
ワニのような顔をした門番は全身が褪せた緑色の鱗で覆われており、ノースリーブの革鎧から伸びるスラリとした腕、下は黒のズボンに革のブーツを履いている。
彼らはリザードマンだと思う。領都コトラムで何度か見たことがある。
リザードマンはホッソリとした体形で長身なのだけど、力が強く足も速い。コドラムで見たリザードマンたちは街に定住しておらず、冒険者をやっていたっけか。
異世界あるあるの冒険者なのだけど、この世界にも冒険者という職業があり、冒険者ギルドも完備している。
自由気ままにその日暮らし、頼るのは自分の腕次第。冒険者は子供の憧れる職業の一つなのだけど、俺は憧れることはなかったなあ。
冒険者って命がけじゃないか。もし俺が貴族の息子として生まれていなかったとしても、冒険者を目指そうとは思わなかった。
どこかの店に弟子入りして、将来は職人ってところかな。手先は器用じゃないけど……。
「マテ。ルルド」
「ん、なあに?」
素通りしようとするルルドを右側に立つリザードマンが呼び止める。
「ニンゲン、ジャナイカ」
「人間じゃダメなの?」
「賢者ヲサガシニイッタノデハ、ナカッタノカ?」
「あれ、何で知ってるの……? そうだよ」
「ニンゲンガケンジャナノカ?」
「そうだよお。わたし、ちゃんと見たよ」
「フム、ワルカッタ。ニンゲンガワルイ、ト、イッタワケデハナイ。キャクジン、イヤ、ケンジャ、ヨ。スマナカッタ」
竜の巫女には目的を告げずに旅立ったんじゃなかったっけ。
まあ、彼女を見ているとリザードマンたちにはバレバレだったのも分かる。
「人間は長寿でもないし、平均的な魔力も高くない。長く生き知識を蓄えた者を賢者と呼ぶこともある。人間と賢者は結びつかないさ」
「そういうものか」
ジャノの解説に「なるほど」と膝を打つ。
「失礼します」
部屋にいたのは背もたれ付きの椅子に座る20代前半に見える女性だった。
真っ白の長い髪に白と赤の巫女服を纏っている。大事なことだからもう一回。巫女服を纏っているのだ。
神社にいる巫女さんの巫女服を。
おっと……少しばかり興奮し過ぎたようだ、すまない。
彼女は見た目からして人間ではないことが分かる。額から二本の角が生えていたからだ。
角はトナカイの角のようであるが、トナカイのものより細長い。中華風の龍の頭に生える角……が一番イメージが近いかも。
人間と異なり血色から彼女の状態を判断することはできないものの、明らかに生気がないことは素人の俺でも分かるほどだった。
博識のジャノはスッと目を細め、彼女の様子を窺っている。
「竜の巫女様。賢者様をつ……むぐ」
「突然の訪問、申し訳ありません。はじめまして。俺はイドラです。こちらはジャノ。ルルドに神殿まで案内してもらったんです」
「はじめまして。神殿はどのような者でも歓迎します。私は竜の巫女イズミ。人間ですとここまで来るのも大変だったことでしょう」
自己紹介する竜の巫女イズミであったが、声はか細く弱々しい。
背格好がまるで違うが、俺にとって彼女の生気の無さは自分の母親と重なるものがあった。
「イドラ……」
「うん?」
ジャノが俺の耳元で俺の名を呼ぶ。彼の顔は苦渋に満ちたものだった。
竜の巫女を前にして彼とひそひそ話をしていいものかと思ったが、当の本人が微笑み「どうぞ」と手で合図してくるものだから悪いなと思いつつも彼と会話を続ける。
「彼女、魔力が抜けている」
「魔法を使っているってこと?」
「いや、魔法は使っていない。彼女はできうる限り魔力を吸収することに努めている。君が先ほど横になった時のようにね」
「どういうことだ?」
「彼女は君や僕に比べ魔力を回復させることに遥かに長けている。だが、追いついていない。バケツに穴が開いた状態だ」
「彼女の病……と言えばいいのか分からないけど、彼女を蝕んでいる原因は魔力の流出ということ?」
「他に原因があり、魔力が流出しているのかもしれない。だけど、このまま放置したらいずれ衰弱して倒れる」
蛇口とバケツを例に出すと、蛇口を捻って魔力を注ぐ水がバケツに注がれる。
通常、魔力を使わない限り魔力は減らないので満水になったバケツにはこれ以上水が注がれなくなる。
しかし、彼女のバケツは底に穴が開いており、何もしていなくても水が漏れていってしまう。彼女は蛇口から注ぐ水の勢いを増す技術を身に着けているけど、それでも漏れていく量に全然足りないといった状態だ。
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