第25話 馬っぽい魔物

「高い、高いな」

「そうだね」

「ご、ごめんなさい……二人が飛べないこと、考えてませんでした」


 しまったとばかりにルルドの顔が青ざめる。

 というのは高い、本当に高い切り立った崖が見えてきたのである。

 崖まではまだ距離があるのだけど、それでもこの高さだ。高さは優に五百……いや、一キロくらいあるかもしれない。


「回り込んで崖の向こう側に行けばいいだけじゃないか?」

「う、ううん、竜の巫女様の神殿は周囲が崖に囲まれてるの」

「ふむ」

「あ、わたし、先に竜の巫女様のところへ行って」


 飛び立とうと翼を振るわせたルルドの肩をむんずと掴む。


「崖は問題ない」

「え……?」

「懸念はあるけど、崖の上って馬車を進めることができるよね?」

「そ、それは、問題ありません。馬車より大きな子もいますし」


 気になる言葉が入っていたが、今気にしても仕方ないよな。

 隣で俺とルルドの話を聞いていたジャノは特に動じた様子はなかった。

 彼は俺の種の図書館の力を俺以上に熟知していると思うこともある。

 そんなこんなで崖のところまでやって参りました。


「一キロに少し届かないくらいだね」

「そうだなあ。傾斜は80度くらい。まさに壁だな」

「や、やっぱり、わたしが飛んだ方が」


 ルルドだって夜ごとに見ていただろうに。

 種を植え、ジャノが作ってくれた水を注ぐ。

 蔦が伸び、床を作り馬ごと馬車を持ち上げる。馬も慣れたもので嘶きさえせずふああと欠伸をするほど落ち着いていた。


「あ……全然高さが」


 蔦の床がだいたい200メートルくらいの高さで上昇が止まる。


「思ったより、高くまで伸びたな。個体差があるのかも」

「ここでお昼にでもするの?」

「いやいや、どうせなら登り切ってからにしよう」

「ここからどうするの?」

「こうするんだ」


 崖壁に向かって種を投げ、今度は魔力を通し種の成長を促す。

 普段は水だが、魔力を流すことで発芽させることだってできるのだ。もちろん、種による。

 まるで先ほど撮影した動画を再生しているかのように蔦が伸び床を形成し、馬と馬車と共に俺たちを持ち上げた。

 そして、更に200メートルほど昇る。


「後は繰り返しだよ」

「ほええ。賢者様ってほんと何でもありだね」

「それ褒められてるのか微妙なところだな」

「褒めてるよ!」


 三度目の蔦の床で600メートルの高度となった。

 ここでジャノの顔が曇り、俺に耳打ちしてくる。


「敵対的な何かがこちらに向かっている」

「マジか……」

「風の伝える形から、馬に似た空を飛ぶ魔物だね」

「空を飛ぶ馬……ユニコーンとかヒッポグリフとか」


 言ったもののユニコーンはないよな。実際にユニコーンを見たことはないけど、子供向けの物語で登場する味方人気トップ3にはいる。

 ユニコーンは空を駆ける天馬と表現されることもあり、魔物ではなく聖獣になるのかな?

 モンスター、魔物、魔獣、聖獣、神獣、精霊……なんだか呼び方が色々あってややこしい。王国で勝手に呼称しているだけだから、分け方も曖昧で学術的な意味はない……とジャノから聞いた。

 

「あ、あ……」


 俺たちのひそひそ話が聞こえたらしいルルドが両耳を塞ぎペタンとお尻を地面につける。

 尋常じゃない怯え方をしている彼女に声をかけようとするも、うわごとのように何かつぶやいていた。

 

「悪夢が……ナイトメアが……」

「ナイトメアかい、なるほど。興味深い」

「ジャノ、そんなに呑気に構えていてもよいのか……?」

「そうだね。あと3分から4分でここまで到達する」


 懐から懐中時計を出し俺に見せるジャノ。


「思ったより時間があるじゃないか、ってそうじゃなくナイトメアってどんな魔物? 魔獣なんだ?」

「魔法を使う空飛ぶ漆黒の馬……とでも表現すればいいかな。蹄の代わりにかぎ爪がある」


 かぎ爪だと地上を走る時に蹄より効率が落ちそうだ。

 空を飛ぶのならかぎ爪の方蹄より攻撃に向く。


「魔法か。魔法は種類が多くて対策が絞り切れない。どんな魔法を使うんだ?」

「主に風魔法だね。個体差はあるかもしれないけど。君だけでやるかい?」

「俺が攻める。ジャノは守りを」

「任された。そろそろ来るよ」


 おっし、じゃあ一丁ドンパチやるとしますか。

 

「に、逃げなきゃ。逃げなきゃ」

「ルルドくん、心配なら馬車の中に入ると良い」

「あ、あ……ナイトメアが。わたし、アレに襲われたの。ハーピーじゃどうやっても敵わない」

「まあ、イドラに任せておけば大丈夫さ。ね、イドラ?」

「おう、任せておけ」


 正直、どこまで戦えるか不明なところがあるが、彼女を安心させるためドンと大袈裟に胸を叩く。

 ジャノも大したことはないといった態度をとっているのは、彼女を落ち着かせるためだろうし。

 時には大言壮語も必要なのだ。

 

「さあ、おいでなすった」


 翼がないのに空を飛ぶ漆黒の馬が一直線にこちらに向かってくる。

 ユニコーンのように頭から角が生え、ジャノから聞いていた通り蹄の代わりに鋭いかぎ爪が生えていた。

 たてがみは鮮やかな青色で黒とのコントラストで非常に目立つ。


『グウウアアアアア』

「馬っぽくないな……」


 漆黒の馬――ナイトメアが嘶く……いや、咆哮する。

 そこはヒヒイイインとか期待していってのに。


「馬っぽくないな、じゃいよおお。に、逃げないと」

「そいつはこいつを見てもらってからだ」


 狙いを定め……る必要もなく、ポイっと紫色の種を投げる。

 魔力を込め、無事種が発芽した。

 シュルルルルル。

 対するナイトメアはたてがみが帯電しバチバチとさせ――奴を中心に稲妻が走る。

 俺たちをも巻き込む稲妻であったが、幾重にも重なった茎と葉が行く手を遮った。

 茎と葉は灰になりながらも稲妻の勢いを殺し、灰になるより速く新たな茎と葉が覆いかぶさって行く。

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