第24話 種と魔法で快適な旅を

「こっちです!」

「シャーリー、もし危険な魔物が迫ってきたらアレを使ってくれ」

「はい! 私もご一緒したかったですが、イドラ様のいない間、お屋敷をキッチリ管理いたします」


 御者台に座り右手をあげるルルドをよそに俺はシャーリーに別れの挨拶を交わし、馬に鞭を入れる。

 もしグリフォンのようなモンスターが村へ来襲したとしても、彼女に託した種があれば凌ぐことができるはず。

 こういった下準備をするにも時間が必要だった。

 戻ったら本格的に村の防備を固めることにしよう。旅の途中でどうやって防備を固めるのか考えなきゃな。

 

 見晴らしの良い荒野を抜けると深い森になっていた。深い森といっても馬車が通るに全然問題ないくらいの隙間がある。平坦だし馬車での移動は快適そのもの。


「空から魔物がいないか見てくるね」

「君はなるべく飛ぶのを控えるようにと言ったじゃないか。イドラ、君もちゃんと見ておかないと」


 御者台で座る俺とルルドに釘を刺すジャノである。

 彼は馬車の中でずっと本を読んでいたのだが、ちゃんと聞き耳を立てていたのか。


「イドラ、まさか君は僕が本に集中しているだけだとでも思っていたのかい?」

「い、いや、そんなことないよな」

「そうだよ。分かっていたのならちゃんとルルドに言わなきゃ」

「い、いやあ。そこはさ。俺じゃなくてジャノがやっていることだから」

「それもそうだね。君だけならともかくルルド君にも説明しておいた方がいいか」


 ジャノはパタンと本を閉じ、御者台の前まで移動する。

 彼は俺の時とは違い、彼にしては優し気な声でルルドに説明を始めた。


「警戒なら僕がしているから大丈夫だよ」

「そうなの? ジャノは空に目があるの?」

「空から離れよう。危険な何かを見つけるには空から以外にもあるのさ。君はゆっくり歩く時と空を飛んでいる時に何か違いを感じることはあるかい?」

「う、うーん。あ、風! 空を飛んでいると風を感じるよ」

「物凄く察しがいいね。イドラにもこうなって欲しいものだよ」


 余計なことをのたまい、はあと息を吐くジャノの目線がこっちに向かう。

 今は俺、関係ないよね。

 

「風が関係あるの!?」

「そうさ。魔法使いは風を読み、魔物の接近を知る」

「凄い! ジャノはメイガス様だったんだ。賢者様にメイガス様!」

「僕はイドラと違って好きで魔法の研究をしているだけさ。大したものではないよ」


 謙遜するジャノであるが、知識欲の塊である彼と魔法使いという役柄の相性はとても良い。

 この世界の魔法使いは前世の記憶だと精霊使いに近いかもしれないな。

 まず、魔法使いを目指すには持って生まれた才能が必要だ。才能とは体内に内包する魔力が一定以上であること。

 ただし例外もある。俺のように魔力を持っているが魔力を使う別の能力がある場合には魔法を使うことができない。

 一定以上の魔力を持つ者は王国内人口の凡そ一割と言われている。

 だが、魔力を持って生まれたからと言って魔法使いになれるわけじゃあないんだ。

 魔法使いとは魔力を用いて森羅万象に働きかけることで魔法を発動できる。この森羅万象に働きかけるってのがとてもとてもとても複雑で色々な知識を学び、目に見えない森羅万象を操る繊細な操作が必要だ。

 知識の習得でつまずく者が多く、魔法使いとして魔法を使うことができるようになれる者は魔法使いを目指した者のうち一割程度……とジャノから聞いた。

 これで何故、魔法使いが王国内で重宝されているのか分かったと思う。希少な存在なのだよな。戦闘用の魔法もあるが、それ以外の場面で非常に便利なんだよね。

 魔法使いが一人いるだけで旅が格段に楽になる。街で暮らしている魔法使いでも、魔法使いがいると利便性が格段に増す。

 今彼が使っている魔法も便利魔法の一つだ。風に働きかけ、モンスターの居場所を知ることができる。警戒範囲も熟練の狩人より遥かに広い。

 素晴らしい、素晴らしいぞ、魔法使い。

 

 モンスターにエンカウントすることもなく、夜を迎え警戒しやすい大木の下で休息しようとしたところで今度は俺の出番だ。


「馬車ごと上にあげる。ジャノはこっちに」

「種を使うんだね」


 種を植え、ジャノに目を向ける。


「森羅万象にジャノ・エルガーが願う。いざ奇跡をもたらしたまえ。クリエイトウォーター」


 ジャノの手の平に水球が浮かび、彼が手首を捻ると水球が地面に落ちた。ちょうど、俺が種を植えたところに。

 水を得た種から芽が出て来てまたたく間に蔓が絡まり成長していく。蔓は馬車の下に滑り込み、蔓の床を形成して馬車を高く高く運び上げる。


「ヒヒイイン」


 急に上に持ち上げられた形になった馬が悲鳴をあげてしまう。馬には事前に伝えることができないからなあ。幸い馬が暴れるようなことはなく、安心する。


「俺たちも登ろう。これに掴まって」

「わたしは飛ぶね」


 彼女が飛ぶのを止めようかと思ったけど、彼女にとって飛ばないことがストレスならと思い、短い距離だし敢えて彼女を止めなかった。

 彼女とは違って飛べない俺とジャノは蔦に掴まる。

 グイっと蔦を引くと、スルスルと蔦が上に伸び俺たちを馬車のあるところまで連れていってくれた。

 大木より高い位置に蔦の床ができ、そこに馬車と馬が乗っている。

 馬は既に落ち着きを取り戻しており、じっと俺たちを待っていた。すぐにジャノが馬に飼い葉と水を与え労う。

 一番仕事をしていたのは馬車を引っ張ってくれた馬だものな。

 水はジャノの魔法で用意できるので、荷物を随分と減らすことができたんだ。

 飼い葉についてもその場その場で次回分の飼い葉を用意しているので、それほど嵩張ることはない。

 食糧は現地調達だから、簡単な調理器具と念のための保存食、あとはナイフとか旅に必要な道具類、馬車に積んでいるのはたったこれだけである。

 俺だけだと水はどうにもならないから、ジャノがいてくれるだけでいかに助かるか分かるというもの。

 

 進むこと三日、随分と移動した。

 ルルドの言葉によるとあと一日もかからない距離にまで来ているらしい。

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