第23話 出発は七日後

「賢者様は竜の土地に花を咲かせてくれるの」

「花って」

「果物の木とか食べられる草とか、花の蜜とかを」

「なるほど。竜の土地というのは?」

「古代竜リッカート様の領域のことだよ。リッカートとは恵みの大地の意味だって竜の巫女様が言ってたよ」


 恵みをもたらすドラゴンの領域とな。

 古代竜はモンスターや伝説に疎い俺でも知っている。竜種というのはトカゲから巨大なドラゴンまで様々な種族がいるんだけど、古代竜はその中でも頂点に君臨する伝説上のドラゴンだ。高い知能を持ち、魔法も操り他と隔絶した力を持つのだという。


「古代竜リッカートの領域なのにここは俺たちの中だと枯れた土地と呼ばれているんだ」

「そうなの。だから食べ物が育たないの」

「え、えっと。あ、分かった。古代竜リッカートがいなくなっちゃったとか、そんなところ?」

「わたし、余り詳しく無くて。古代竜リッカート様がお隠れになったので、恵みがもたらされなくなったって竜の巫女様が言ってたよ」


 かつて恵みをもたらす古代竜が自分の領域を食物溢れる豊かな地にしていた。

 ところが、古代竜が倒れたのか何かしていなくなってしまう。元々不毛の大地だったのか、呪いなのか原因は分からないけど、作物の育たぬ領域になってしまったとさ。

 ってところか。

 

「それで食べ物が育たない領域の中でリンゴの木が育っていたから、賢者様と?」

「うん! 竜の巫女様が教えてくれたの。恵みのこと、教えてくれたんだ」

「そうだったんだ。ハーピーの村とかがあるの?」

「あるよ。みんな食べていくのに精一杯なの」

「それで恵みの地を求めて様子を見に来たのかな?」

「ううん、違うよ。ハーピーは争いたくない」


 繋がりのない言葉のように思えるが、すぐに意味が分かった。

 この辺り一帯は「不毛の大地」で、作物が育たない。それが、この村だけ作物が育つ。

 言わば砂漠のオアシスのようなものだ。他の地に住む種族からしたらオアシスは垂涎の的である。

 唯一のオアシスを巡って我こそは、となるのは自然な流れだ。ハーピーはそれを望まないので、腹を空かそうがこの村で暮らそうとはしない、ということと理解した。

 

「ハーピーたちはどれくらいの人数になるの?」

「全部で100人くらいだよ。村の外で暮らしている子もいるから」

「それくらいならみんな来ても大丈夫だよ」

「ほんと! でも、わたしたちより賢者様にお願いしたいことがあってここに来たの」

「あ、土地を求めて来たわけじゃなかったんだった。どんなお願いなの?」


 彼女は膝を床につけ、縋るように俺の手を両手で握る。

 

「お願い。竜の巫女様を助けて」

「俺に?」

「賢者様は何でも知っているって聞いたの。だから、作物も育つ。それに、わたしの傷もたった一日で癒してくれたんだもの」

「竜の巫女は怪我をしているの?」

「ううん、日に日に元気が無くなっているの。もう祈りを捧げられないほどに」

「日に日に元気が……」


 似ている。母の病気の症状に。俺なりにあらゆる手を尽くしたが、彼女は亡くなってしまった。

 母はもう帰ってこない。だけど、同じような症状で衰弱している人がいる。

 母のことと重なり、自然と手に力が入った。

 

「竜の巫女に会わせてもらえないか?」

「会ってくれるの!?」


 母はもう帰ってこない。だけど、母を苦しめた病気を今度こそ俺が癒したいんだ。

 これは唯の俺のエゴだと分かっている。だけど、もう一度俺の前に母と同じ症状の竜の巫女の情報がもたらされた。

 運命だと思った。病魔よ、今度こそ俺がお前を駆逐してやる。

 

「会うよ。会うさ」

「嬉しい!」

「竜の巫女を治療できるか分からない、だけど、自分自身のためにも」

「うん!」


 やるぜ。やってやる。

 そうと決まればすぐに準備せねば。

 振り返ると開いたままの扉口に見知った顔が立っていた。涼やかな顔をした長髪の学者風の青年。そう、友人のジャノだ。


「話は聞かせてもらったよ」

「そうか、なら話は早い」

「君がどれだけパオラ様のため看病をしていたのかは知っているよ。一向に改善しない状況でも君は最後まで諦めなかった。君の在り様に感服したさ」

「だからこそ、だよ」

「君の言葉を繰り返させてもらうよ。だからこそ、だよ」

「分かってくれてありがとう。じゃあ」

「違う。だからこそ、もう少し落ち着くべきだ」


 彼の目線の先にはルルドがいた。

 ここでようやく俺もいかに自分が回りを見えていなかったことに気が付く。

 彼女は怪我を負い、まだ完全に傷が癒えていない。そんな彼女を連れてすぐに竜の巫女の元へ向かおうとしていた。

 それだけじゃない。今すぐ出るということは今やっていることに対し何ら村人に告げずにいなくなるということだ。

 それでもジャノがいれば何とかしてくれるのだろうけど、親しき中にも礼儀あり、だよな。

 俺の表情の変化を見てジャノはすぐに俺の心の内を理解してくれたようで、はあとため息をつきポンと俺の肩を叩く。

 

「ごめん。ジャノ、そしてルルドも」

「今すぐ、行ってくれるって言ってくれて嬉しかったよ」


 無邪気なルルドにジャノも苦笑するしかなかった。

 そして彼は意外なことを口にする。

 

「僕も行こう」

「え? お散歩嫌いなジャノが?」

「僕はまだまだ君の『種の図書館』が見たいからね。君にとってはシャーリーの方がいいのだろうけど、僕で我慢して欲しい」

「いやいや、ジャノが来てくれるなんて、これほど心強いことはない」


 ありがとう、ジャノ。周りが見えなくなっている俺のために同行を申し出てくれたんだよな。

 彼は俺に次の言葉を出させず、宣言する。

 

「出発は七日後。移動は馬車にしよう。場合によって馬車を切り離すことも考慮する、これでいいかい?」

「あ、うん」

「ルルドくんだったかな? 君は傷が完全に癒え、元のように自由に空を飛べるまで体力を回復させて欲しい。道中も飛ぶことをなるべく控えるようにするつもいだよ」

「う、うん」


 有無を言わせぬジャノの態度に彼女も頷くしかない。

 ジャノは彼女の状態を考えるだけでなく、村の状況、そして実際に俺たちが準備にかかる時間も加味し七日という日数を出した。

 彼の計算なので、今の俺たちにとって最短の日数のはずだ。

 七日も待つのか、と思うかもしれないけど、俺が一人でやったらもっと日数がかかるだろうなあ……。

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