第22話 治療もおてのものさ

「前側を支えてもらえるかな?」

「はい!」


 傷薬を塗布した後、シャーリーに手伝ってもらって包帯を巻く。

 続いて、毛布を被せ彼女に足側を持ってもらい簡易的な担架に乗せて旧宿舎まで運んだ。

 

 ◇◇◇

 

「う……」

「倒れていたところを勝手ながら運ばせてもらったよ」

「そ、そう、わたし……ぐ……」

「寝ていた方がいい。背中に浅くはない傷を受けているから」


 ベッドに寝かせたところでハーピーの少女が目を覚ます。

 起き上がろうとするも、彼女の顔が痛みで歪む。

 知らない俺たちを見た彼女は警戒するでもなく、素直に頭を降ろし荒い息を吐く。

 自分の状態から警戒しても仕方ないと判断したのかもしれない。

 

「俺はイドラ。君をどうこうするつもりなんてないから安心して欲しい」

「う、うん。っつ」

「動こうとしない方がいい。何をしようとしたのかは分かるから」

「うん」


 助けてくれてありがとう、と体を起こそうとしたのだろう。先ほど痛みで寝ころんだばかりだというのに。

 それだけで彼女の人の良さが分かるというものだ。

 

「まずは傷を癒して。普段どんな食事をしているのかな?」

「木の根や葉を絞った汁、他には……昆虫などを」

「果物とか肉は食べられる?」

「果物!? 果物があるの?」

「あるある。外にほら。あ、ごめん。首はそのままで、飲み物も何か持ってくるよ」


 と言ったところで扉が開き、ハーブティーを持ったシャーリーが部屋に入ってくる。


「お口に合うか。ハーピーさんに飲み物をお持ちするのは初めてで」

「いい匂い。いただくね」

「どうぞ! あ、自己紹介が遅れました。私はシャーリーです。よろしくお願いいたします」

「わたしはルルド。助けてくれてありがとう」


 うんうん、やはり同性の方が警戒心が薄れるのだな。

 先ほど俺と会話していたときより心なしか彼女が打ち解けた雰囲気な気がする。 


「シャーリー、しばらく彼女の様子を見ていてもらえるかな?」

「もちろんです」

「その間に種を植えてくるよ。傷薬を塗ったところ悪いのだけど、やっぱり消毒をしたい」

「あ、あれですか……」

「化膿する確率がグンと減るからね」

「は、はい」


 シャーリーを消毒するわけじゃないってのに、尻尾がしおしおになっていた。

 対象であるハーピーのルルドは消毒とは何のことかも分かっていない様子。

 余り一般的じゃないものな。彼女が知らなくても無理はない。化膿すると傷の治りが遅くなるし、抗生物質的な飲み薬もあるので併用して飲んでもらうつもりだ。

 案外薬草で何とかなるものなのだよね。この辺りは母の病魔と闘っているうちに色々分かったことだ。


「植える?」

「そそ。ユーカリという木から消毒……薬みたいなものが葉から採れるんだよ」

「リンゴもあなたが?」

「俺は植えるだけさ」

「あ、あなたが、伝説の」

 

 ルルドがまだ喋っていたが、「傷の治療の方を優先したい」と彼女の言葉を遮ってユーカリの木の種を植えに行く。

 すぐに葉を採取して、消毒液の形にして彼女が寝ている部屋に戻る。

 この辺りもう手慣れたものなのさ。ふふ。


「ごめん、話の途中で抜けちゃって」

「ううん、あたしのため、だったんだよね?」

「そそ。浅くない傷だったから傷薬を塗り直したいんだ」

「貴重な傷薬を……」

「その辺に生えている薬草だから大丈夫だよ」

「や、やっぱり、あなたは」


 やっぱり、のところでまたしても彼女の言葉が遮られることになった。

 一方、俺と彼女の様子を見ていたシャーリーがゴクリと喉を鳴らす。


「や、やるのですね」

「シャーリーが彼女の体に塗布してもらえるかな?」

「そ、それは……わ、私がルルドさんを支えます」

「分かった」


 包帯を外し、傷を再度水で清める。痛みに肩を震わせる彼女であったがうめき声一つあげなかった。


「水より少し染みる」

「傷薬は染みるもの、って聞いてるよ。大丈夫。う……!」

「よく頑張った。あとは傷薬を塗るだけだ。こちらはもう染みない」

「う、うん」


 最後はシャーリーに包帯を巻いてもらって終了だ。

 彼女から外した包帯は血でべっとりになっていた。明日朝にでも再度消毒と傷薬を塗らないといけなさそうだな。

 先ほど患部を見た限り、もう出血はしてない。このまま安静にしていればきっとすぐに良くなるさ。

 ルルドはホッとしたのか、消毒の傷みからか包帯を巻き終わったシャーリーが彼女を寝かせるとそのまま寝入ってしまった。


「見るだけで痛いです……」

「ちゃんと消毒しておかないと治るものも治らないからな」

「う、うう」

「怪我した時は任せてくれよ」


 犬耳をピンと立て体を震わせるシャーリー。彼女は小さな傷を負う事はあったけど、大きな怪我はこれまで一度だけだ。

 その時消毒をしたことがトラウマになっているらしい。

 といっても、怪我をしたら消毒はするけどな、ははは。

 

 ――翌朝。

 

「入るよー」

「大変! 大変!」


 入るなり、不穏なことを口走るルルドに眉をひそめる。

 思ったより傷が深かった? それとも化膿してしまったとか?

 俺の心配をよそに彼女はベッドから起き上がりストンとベッドから降りる。


「まだ寝ていた方がいい」

「大変! 賢者様!」

「賢者様? が来たの?」

「賢者様はあなた」


 えっと、話が全然見えないのだが。

 

「情報が入り組んでる……。まず大変って何が大変なの?」

「痛くないの」

「それは大変とは違うんじゃ?」

「飛べないし、起き上がれないほどだったんだよ? それがもう痛くないの」

「張ったりしない? 思いっきり体を伸ばしたり、はまだ避けた方がいい」


 翼を伸ばして羽ばたこうものなら、傷が開きかねない。

 幸いというかなんというか、包帯で邪魔をされ翼を動かすのは難しくなっている。


「たった一日で痛くなくなるなんて。大変」

「そう言う意味だったんだな。俺の傷薬は研究に研究を重ねているから。そこらの傷薬と違うぜ」

「賢者様は何でもできちゃうんだね」

「俺は賢者様ではなくイドラなんだが……」

「イドラは賢者様だよね」

「え、えっと、賢者とは何かから頼む」


 「うん」と満面の笑みを浮かべ、ルルドがベッドに腰かけ足をブラブラさせた。

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