第21話 ハーピー
馬車を見に行ったが、俺じゃなく元御者に頼んだ方が良いと判断し餌だけをあげて牧場に戻る。
俺の姿を見たシャーリーが犬耳をペタンとさせて全速力でこちらに駆けてきた。
「はあはあ……イドラ様、た、大変ですっ!」
「ど、どうしたんだ? 牧草が枯れてしまったとか?」
「と、とにかくこちらへ」
「う、うん」
俺の手を握り引っ張るシャーリー。彼女にしては珍しい行為だ。普段の彼女は自分から俺の手に触れたりなんてしない。
相当動揺しているんだな? 一体何があったんだろう。
「そ、空から人が落ちて来たんです」
「え……?」
「ですから、空から人が」
「人って空を飛べたっけ……」
「翼がある人でした」
「そんな人もいるか」
いるのか、いや、人と言う表現は人間以外も含む。
シャーリーのような犬耳もドノバンのようなドワーフも人と表現される。人間だけが人と呼ばれることはない。
空を飛ぶ種族ねえ。領都コドラムでは見たことが無いな。王都に行けばいるのかも?
「そこの柵のところに寝かせています」
「シャーリーが運んでくれたの?」
「はい、とても軽い方だったので」
「空を飛ぶくらいだものな」
確かに柵のところに誰か寝かされている。下にお茶会用のシートが敷かれ、ひざ掛けがお腹のあたりに被せられていた。
どちらもシャーリーがやってくれたもので間違いない。
彼女の言う通り、確かにこの見た目なら人と表現される範疇になる。人間との大きな違いは二つ。一つは手の甲から肩にまでかけて生える翼だ。
もう一つは膝から下が鳥の足のようになっている。鶏の足とかに近い。足先は鋭いかぎ爪を備えていて、靴を履いていない。
人間にすると十八歳前後の女性ってところか。
最も気になるのは肩口に血の跡があることだ。
「シャーリー、彼女は怪我をしていたのかな?」
「はい。背中側に切り傷があります。骨にヒビが入っているかもしれません」
「そいつはうつ伏せにした方がいい。薬を取ってくるからしばらく彼女のことを任せる」
「うつ伏せにして待っていればよいですか?」
「血が流れているようだったら水で……いや、そのまま様子を見ていて欲しい」
「分かりました。お待ちしています」
怪我して飛んでいられなくなり、降りて来たのだろうか。
いずれにしろ早く治療を開始するに越したことはない。
息を切らせながら元宿舎まで戻ると、こういう時に心強い友人の姿が目に映る。
「ジャノ!」
「イドラじゃないか。そんなに急いでどうしたんだい?」
はあはあと息があがる俺を見ても彼はのんびりと足もとにいるミニドラゴンの口にリンゴを突っ込む。
この二人、意外や意外、結構相性が良くてさ。一緒にいることが多い。
なんてジャノに言うと即否定されそうだけどね。「必要だからだよ」って。
畑が大成功し大量の作物が備蓄できるようになった。しかし、収穫するだけじゃ不十分である。
収穫した作物をどこに保管するのか、収穫した後の畑をどうやって次の種を植えるか、などなど。
俺一人じゃとてもじゃないけど手が足りない。
そこで一肌脱いでくれたのがジャノだった。本の虫である豊富な彼の知識は既に文官として完成の域にある。
市政計画ならぬ村政計画を彼が立案し、村長もいたく感動して彼の施策を実行することになったんだ。
収穫した作物の保管場所をどこにするのか、どのように保管用の建物を作るのか、そして、保管している作物をどのように分配するのか、などなど。
彼の活躍はそれだけに留まらない。
グリフォンとミニドラゴンのクレイの出来事を覚えているかな?
「ゴー、スル」
そう、ゴーするだ。
「ちょっと待っていて欲しいんだ。その間、もう一個リンゴを食べていてもらえるかい?」
「ウマウマ」
それにしてもジャノのやつ、手慣れていやがる。
ええと、何だっけ。
そうそう、ミニドラゴンのクレイが炎のブレスで一瞬にしてグリフォンの死体を灰にしただろ。
余りの出来事に頭が真っ白になったっけ。さっそくクレイの炎のブレスのことを彼に聞かせたんだよね。
「マジヤベエ」みたいな返答がかえってくることを期待していたら、ジャノはまるで違う反応を見せた。
彼はこう言ったのだ「収穫した後の穂や茎を集めてクレイのブレスで灰にすれば捨てる場所に困ることもない」とね。
天才かと思ったよ。今では収穫した後の処理だけじゃなくゴミの焼却にも彼のブレスは役に立っている。
「それで、一体どうしたんだい?」
「牧場を作っていたら、怪我人が空から降りてきたみたいで」
「よく分からないけど分かったよ」
「そうか、助かる」
「クレイ、梨の木の上で待っていてくれるかい? イドラ、いくら食べさせてもいいよね?」
「もちろんだ」
「よく分からないけど、分かった」何て素敵な表現なんだ。
俺にも彼が何を言わんとしているのか理解できた。
空から人が降って……のくだりは意味不明で俺が要領を得ない説明をしたが、怪我人がいるからジャノにも診て欲しいということは分かったってことに違いない。
なので、俺について来てくれる、と判断し「そうか、助かる」と応えたんだ。
「じゃあ、行こう」
「君は傷薬か何かを取りに息を切らせていたんじゃないのかい?」
「そ、そうだった!」
「先に行ってるよ。牧場予定地……いや牧場だね」
そんなこんなで急ぎ薬を取って牧場に戻る。
ちょうど牧場の手前でジャノに追いついた。
「この子はハーピーだね」
うつ伏せに寝かされている翼の少女を見てジャノが彼女の種族を断定する。
「ハーピーって腕の代わりに翼があると思ってた」
「腕はあるよ。腕と翼が繋がっているけど、飛ぶ時には離れる。実際飛ぶのは背中に繋がった方からだね」
「背中に繋がってるんだ」
「脱がさなきゃ治療ができないね。シャーリー、この子の服を脱がして毛布をかけてもらえるかな?」
「畏まりました!」
俺とジャノが後ろを向いてからシャーリーが作業を始めた。
一応、俺とジャノは男だから、彼女がいるなら彼女にやってもらった方が怪我人にとっても良い。
「もう大丈夫です!」
「ありがとう」
俺とジャノの声が重なる。
さて、患部を見てみよう。背中に切り傷がある。見た感じ骨まで裂けてはいなさそうだ。
これなら手持ちの薬草で何とかなる。
「薬草を塗布するだけでいけそうかな?」
「まあ問題ないと思うよ。幸い翼も傷がついていない。包帯は持ってるかい?」
「持ってきた」
「じゃあ、僕は戻るとするよ。クレイが待っているからね」
ひらひらと手を振り、ジャノは去って行った。
「ありがとう」と彼には目を向けずにお礼を述べつつ、さっそく薬草をハーピーの少女に傷口に塗り始める。
今は完全に意識を失っているようで、彼女の反応はない。
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