第20話 牧場
「ドノバンさん、一体何が?」
「ここまで育ったのは初めてじゃ。お主の種の力、枯れた大地に花を咲かせる力だの!」
「育たないかもという懸念はありましたが、ホッとしてます」
「その顔、自信があったんじゃろ。木もこの不思議な水を出す茎も同じ植物じゃからのお。ただ、畑に植える作物は別なのかとも思っとった」
「そうですよね。畑の作物だけ育たない、って状況にも思えましたし」
うんうんとお互いに頷き合う。
「あ、イドラ様! ここにいらしたんですね!」
「お、トール。向こうはどうかな?」
「ここと同じです! 枯れた大地で作物が育つなんて!」
「そっちも同じでよかったよ」
青年団の代表であるトールも顔をほころばせ、畑の成功を祝ってくれた。
昨日はドノバンじゃなく、彼が一番に宿舎へ訪ねてくれてきたんだったっけ。
そんなこんなで、畑が全く無かった(正確には一つあったが)エルドーシュで農業が始まったのだった。
育つことがわかったので、どんどん畑を増やし収穫量を伸ばしていきたい。
◇◇◇
あれから一ヶ月が経った。ドノバンと青年団に手伝って作ってもらった畑は三日後に収穫できるまで成長したんだ。
リンゴの木や梨の木はものの数分で果実を収穫できるまでになったのに、小麦は三日かかるのが不思議だって?
俺もその辺りよく分かってないんだ。畑の作物は成長速度をマックスまで強化していたのだけど、収穫まで三日かかった。
もう一つ、畑を作らずそのまま小麦の種を植えても成長しそうだと思うじゃないか。そこも畑にしなきゃ種を植えても芽吹かないんだよね。
この辺りの謎を解明できる日は少なくとも俺が生きている間には来ないだろうな。
理由は簡単で種の図書館の能力を持っているのが、俺の知る限り俺だけだから。俺は研究をするつもりはないし、知らずとも実際に種を植えれば分かるので困っていない。
俺だけしか使えず応用の効かない技術を後世に伝えても何の益にもならないよね。伝えるとしたら種の図書館って能力が存在したことだけ残せばいい。
どんな能力だったのか、どんなことができたのかだけ分かれば必要十分だろ。
畑の成功を見たことで他の村人も狩の手を止め畑作りに精を出してくれた。僅か一ヶ月で一年分の補給物資に相当する小麦の量を収穫できている。
更に小麦だけじゃなく、大麦、ライムギ、大豆、ジャガイモを栽培した。
まだある。クルプケが拾ってきた種の中にサツマイモに進化できるものがあったのでこれも栽培し収穫した。
すぐ成長し収穫できるのは良いが、収穫した後の作物を処分するのも中々大変なのだよね。最速で畑を回転させるなら、種まきから収穫までに三日。その後畑を整備するのに一日を要する計算になる。
畑の作業に慣れてきたので、村人たちは狩と採集と畑作業を交互にやる生活にシフトする予定だ。
肉も食べなきゃいけないものな。
そうそう、一昨日に領都コドラムから補給部隊がやって来て、村の変わりようにとんでもなく驚いていたよなあ。
次回から補給物資に食糧を入れなくていいことを彼らに伝え、その代わりに道具類を支援してもらえるなら支援して欲しいとお願いした。
彼らに直接お願いするだけじゃなく、父への手紙も添えて。
父は訓練に明け暮れなかった俺を特に嫌っておらず、むしろ母への献身的な看病に対し俺に何かしてやりたいと思っているくらいだ。
これくらいのお願いならきっと聞いてくれる。ちゃんと父の元に手紙が届けば、だけどね。
邪魔される可能性は脳筋貴族たちなので非常に低いが、無いとも言い切れない。正妻様とか次男のぼんくらとかがね。
そうそう、補給物資に関して嬉しい誤算が一つあった。
先ほど俺は食糧は必要ないと言っただろ。食糧は、だ。補給物資の中に牛、羊、ヤギ、鶏が含まれていたんだよね。
狩に出ているとはいえ、狩だと収穫が不安定なので肉を持ってきてくれたとのことだった。
俺の感覚では肉と言われて生きている現物が来るとは思わないさ。冷蔵保存技術がないからこうなるのだけど、生きている家畜を持ってくるとなるとそれだけで大きな荷物になってしまう。
宿舎が広かったのも理由が分かった。
家畜は潰さずに牧場を作って飼うことにしたんだ。
今日は牧場を作ろうと思って、村外れの広場に来ている。
「種を撒きました!」
「こちらも終わりました!」
汗を手ぬぐいでぬぐいながらシャーリーが元気よく手を振った。
彼女と入れ替わるように青年団のリーダーであるトールも両手を上にあげる。
彼女らに植えてもらっている種は牧草だ。俺は俺で別の種を牧場予定地の周囲に植えている。
「よっし、じゃあ、仕上げと行きますかね」
俺が予め植えた方の種に水をかけていく。
芽が出て茶色い蔦になり、蔦が絡まって壁のようになった。
壁は格子状になっており、外からも中からも向こう側が見えるようになっている。壁の高さは1メートルくらいかな。
牧草の方には後から水を撒けば問題ない。
「体重を乗せても平気かどうか確かめてもらえるかな?」
「いつもながら、凄まじいお力です!」
「う、うんしょ」
感動で肩を震わせるトールに対し、シャーリーは慣れたものでさっそく蔦の壁に両手を置きよじ登り体を蔦の壁の上に乗せている。
見た所びくともしなさそうだ。俺も思いっきり体当たりしてみたけど、柔らかなクッションのような感触がして跳ね飛ばされた。
これなら大丈夫そうかな。
「トール、ドノバンさんに扉を付けてもらえるよう頼んでくれるかな?」
「お任せください!」
トールに動いてもらって俺は休むというわけではない。
シャーリーは朝から家事もしてもらっているので、少し休憩してもらうとするか。
「シャーリー、家畜の様子を見て来るよ。移動できそうならここに移動する」
「わ、私もご一緒します」
「トールと入れ違いになるかもだから、ここで待っていてくれると嬉しい」
「確かに、ではお茶の用意をしておきます」
家畜は馬車に積んだまま、餌だけを与えている。
窮屈ですまないが、そのまま外で離し飼いにするとモンスターを呼び寄せかねないからさ。
柵があればモンスターも簡単に侵入してこれなくなるし、安全度が増す。この前のグリフォンのような空を飛ぶモンスターに対しては無力だけど、そこは別の対策が必要で今すぐにはちょっと難しいな。
夜の間は屋根付きの厩舎に入れる、とかも検討しなきゃならない。蔦の壁を少し改造して小屋のようにできれば対策にできそうだよな?
よっし、その線で検討しよう。
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