第19話 新しい風
信頼してついてきてくれるのは嬉しいが、妄信にならないように促さなきゃな。
今のところはまだ彼らが彼らなりに考えてついてきてくれてると思う。
青年団はグリフォンを一緒に討伐したからというのもあるが、若いメンバーが揃っているので新しいことにチャレンジすることに対し積極的だ。
そういう背景もあって「新しい風」である俺に夢を見た。
こいつに賭けてみようってね。
一方で領主である俺の立場を尊重する村長はともかくとして、村の中堅年齢層は様子見をしている。
表立って反対はしないが、積極的に賛成もしない。
村はこれまで補給頼みで生活を維持してきた。もしここで自分たちも新しいことにチャレンジしていって今までやっていたことをおざなりにしたら……と考えたのだろう。
成功すればいい。しかし失敗した場合、生活が立ち行かなくなる。これまで通り狩に出て村の生活を維持したいと判断しているのだと思う。
こういったことから皆が皆、自分の考えがあって動いているとみている。
この辺りの塩梅って難しくて、信頼は大事だけど行き過ぎないように注意していなきゃならない。
心の中で兜の緒を締めつつ、青年団と一緒になって土を掘り返す。
「ふう、ふう。みんな元気だな」
一番先にバテたのは俺だった。さすが狩に精を出している集団だけある。
クワを振り続けているというのにまだ疲れた様子がない。
こっちは汗だくでそろそろ水分補給をしなきゃ、ってところだ。
脱水になったら倒れてしまう。彼らにも疲れがあろうがなかろうが水分補給をしてもらわなきゃ。
「みんな、一旦水を飲んでおこう」
「分かりました!」
「あ……」
「どうされました?」
座って水を飲んでいたら思い出した。
畑に水を撒くには水源が必要だ。
近くに井戸はない。
「村の近くに小川ってあるかな?」
「あります。村から1時間近く歩いたところにあります」
「ちょっと遠いね」
「村人はよくその川まで行きますよ。水浴びをしたり、魚を獲ったり」
小川も少し遠いか。今後の水やりを考えると手っ取り早いのはこの場で井戸を作ることか。
ちゃんと持ってきているぞ。井戸用の種を。
「先に井戸に近いものを作るよ」
畑の真ん中に作ると邪魔かな?
ん、待てよ。その方が都合がいいかもしれない。少し種の特性を変更すれば……。
目を瞑り心の中で念じる。
『開け、種の図書館』
用意した種に触れ、パラメータをいじった。
さっそく畑のど真ん中に種を植え、水袋からちょろちょろと水を垂らす。
すると何ということでしょう。
芽ぶいたかと思うとグングン太い茎に成長し、地面が揺れる。
「な、何事ですか!」
「地下深くまで根が伸び、中が空洞になった茎のようなものと繋がっている構造になっているんだ」
「おおおお」と植物の成長する姿に歓声をあげていた青年団は、地面の揺れに動揺を隠せない様子。
安心させるように説明すると、一応納得してくれたらしく落ち着きを取り戻す。
話をしている間にも茎は伸び、見上げるほどの高さにまで成長した。
茎は最上部から放射状になっていて先はぶつんと切れたようになっている。
「あ……しまった」
声をあげるも、もう遅い。
プシャアアア。
水の流れる音がして、放射状になった茎の先から勢いよく霧状になった水が吹き出した。
「お、おおおおおお」
「素晴らしい! イドラ様!」
「あ、あはは」
褒めたたえてくれたけど、曖昧に笑い返事をする。
これぞ「種の図書館版スプリンクラー」なのだが、種を植えるタイミングを誤った。
本物のスプリンクラーと違って任意のタイミングで放水できるわけではないのだ。種の図書館の力で一日の放水の回数は調整できるが、最初に通水のため放水するのを忘れていた。
自分で調整したってのに何たること……。
種の図書館版スプリンクラーは朝と昼に放水を行う。
クワを振るっている間に水を被ると作業がやり辛くなってしまうんじゃないか、ってことが抜けていた。
怪我の功名というかなんというか、土が湿っていた方が作業がやり易く、捗ったのでよかったのだけど……。
「みんな、ありがとう!」
「さっそく種を植えられるのですか?」
「そうしよう」
日が暮れる前に作業を終え、手分けして種を撒いて行く。
翌日に散水された時に芽が出るはずだ。
クタクタだけど、もう一作業しなきゃな。種の図書館版スプリンクラーをドノバンの畑にも設置してこの日を終える。
彼のところでも元御者たちの手伝いもあり、種撒きが終わっていた。
明日が楽しみで仕方ない。
翌朝――。
ワクワクして眠れなかったのかというとそうでもなく、ベッドで寝転んだら考える暇もなく寝てしまった。
昨日は一日中慣れない作業をしていたから思った以上に疲れていたらしい。
特に筋肉痛とかそう言った症状はないけれどね。
朝食を終え、畑の様子を見に行くかと立ち上がった時、外から大きな声が俺を呼ぶ。
「イドラ! 畑が!」
「どうなっていたんですか?」
ドノバンが息を切らせてやって来たので、慌てて窓を開け彼に問いかける。
「儂のところに来てくれ」
「分かりました」
何かあったのか? これまで植えた種は全て無事成長していたから心配していなかったけど、今回植えた種は枯れた大地に阻まれたのだろうか?
畑に植えた種は全て小麦にした。他も植えたかったけど、まずはってことで王国内で一番栽培されている小麦にしたんだ。
急かすドノバンの後ろを追い、彼の家まで到着する。
彼の畑は一面の緑となっていた。芽が出て茎が五センチほど伸びた状態かな。
一見したところ、ちゃんと育っているようでホッとした。
それでも彼からすると何か問題があるのだろうか?
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