第11話 鋼の手

「儂のは大したものではない。『鋼の手』というスキルじゃ」

「鋼の手?」

「うむ。熱いものに触れても平気になる。燃え盛る松明でも赤くなった鉄でも振れることができる」

「凄いじゃないですか。まさに鍛冶にうってつけですね」

「なくとも鍛冶はできる。火傷しなくて済むくらいじゃな。しかし、火傷をするのは下手な証拠だの」


 便利な能力だと思うのだけどなあ。モンスターのブレスも両手でガードとかできそうだし。

 熱した鉄に直接触れることができるなら繊細な動作も行いやすいはず。


「過程はどうあれ実が取れればよい、と思いますが、変でしょうか?」

「ガハハ、おもしろいことを言う。使う側からすれば使えれば同じ。当然のことだわな」

「おとすつもりじゃ」

「分かっておる。儂の話はここまでじゃ。この木、お主のことじゃ、ただの木と言うわけではあるまいて?」

「ま、まあそうです。この木はラディアータという品種で、葉から薬効成分のある油が採れるんです」

「ほう、薬草になるのか。ポーション類は専門外でとんとうとくての。だが、興味がないわけではないのじゃ」

「油を採る工程は難しいものじゃありません」


 ラディアータは地球だとユーカリの木の一種で、製油として使われる。

 行商人が持ってきてくれた種を鑑定したところ、アロマオイルの原料となると出て、そこから種の強化が始まった。

 この世界ではユーカリと呼ばれず、ラディアータと呼ばれていた。といっても地球のユーカリのラディアータ種と同じく、アロマオイルとしての効果がある。

 効能は殺菌、殺菌作用やのどの痛み、花粉症などに利く。効能というのか薬効と言った方がいいのか迷うところだが、薬効部分を強化し母の部屋で使ったりしていた。

 殺菌効果があるので除菌にも良いかと思ってね。他にも香りによるリラックス効果や集中力を高めてくれたり、もする。

 藁をもすがる思いで、薬効成分のある植物の種を集めたからなあ。持ってきた種の中にもこういったものが多数ある。薬効成分のある植物はラディアータのような木より、草の方が種類が多いかな。

 薬草と言うくらいだし、やはり草が多いのだ。

 

「そうじゃ、お主、木を育てるだけじゃないのじゃろ?」

「その通りです。俺の能力は種を作ることなので」

「畑で作物も育てるつもりじゃな」

「そのことなんですが……ドノバンさんに俺の作った種を使って欲しいんです」

「いいのか! 儂の植えた種はまるで育たん。一度や二度じゃないからの。大歓迎じゃ」

「ありがとうございます! もし俺の種が育つようだったら、少しお手伝いして欲しいことがあるんです」

「ほう? 儂も収穫ができるような種なら礼をしたいところじゃ」

「俺以外にも村に住み始める人たちがいまして、彼らに農業の指導をしていただけないかと。も、もちろん、ずっとでもなく、お手すきの時だけで」

「なんじゃ、そんなことか。儂も畑の手入れをするからの。その時に一緒に動けばよい」


 おおお。言ってみるもんだ。

 俺にとっては一石二鳥どころじゃあないぞ。作った種が成長するのか確かめることができるし、村人になる御者の世話もできて、村に作物をもたらすこともできる。

 ドノバンにとっても悪い話じゃないと、良いこと尽くめだ。


「クレイ、ウマウマシタイ」

「あ、食べたければ食べていいよ」

「ウマウマ」


 会話が途切れたところで、ミニドラゴンのクレイがもっと食べたいとせがみ、否はないので許可をした。

 彼はさっそくパタパタと小さな翼をはためかせて、リンゴの木の枝に着地する。

 よほどお腹が空いていたのかねえ。さっきからずっと食べっぱなしだ。彼に対しては気になることがあるけど、俺たちにとって特に害になることでもないししばらく様子見かな。

 え? 気になることは何だって? 

 ドノバンとクレイはこれまで交流があった。にも関わらずクレイは一度たりとも喋ることが無かったということだよ。

 敢えて喋らない……ということも無くはないけど、可能性は極めて低いと思う。

 彼は腹芸ができそうにないし、初対面である俺とシャーリーの前でも喋っていたくらいだから、特に自分が喋ることができる、ということを隠すつもりなんてないはず。

 となれば、彼はこれまで喋ることができなかったということさ。

 何で喋ることができるようになったのか。本当にリンゴを食べたから……とは信じ難いなんだよねえ。

 リンゴを食べると喋ることができるようになるなら、リンゴを啄みに来た鳥たちだって喋り出すんじゃないか?

 当初はリンゴから魔力を、とか思ったけど、よくよく考えてみたらリンゴは関係あるにしても、主要因じゃないと考え直したんだ。

 考え始めたら気になってきた……答えの出ないことだから考えないようにしていたってのに。

 ジャノほどじゃないけど、俺も一度考え始めると気になって仕方なくなることがある。

 

「おや、リンゴだけじゃなく増えてるじゃないか」


 俺の考えを途切れさせたのは新たな顔だった。

 声の主は本を片手に欠伸を噛み殺したジャノである。

 起きるのが俺たちより遅かったのか、今も片手に持っている本を読んでいてこの時間になったのかは判断に迷うところだ。

 馬車を何台も使って持ってきた大量の本は、全部読んたことのある本じゃないのかな?

 

「やあ、ジャノ。君も食べるか?」

「ありがたく頂こう。できれば、梨がいいな。喉も乾いているから」

「分かった。ほい」

「ありがとう」

 

 背伸びして梨をもぎ取り、ひょいっと投げる。対する彼は本を持っていない方の手でばしっとキャッチした。


「この後、相談したいことがあるんだけど、良いかな?」

「そうだね。僕からも君に提案がある」

「そいつは楽しみだ」

「期待するようなことでもないよ」


 彼の提案と俺の考えていることは同じ気がする。早急に考える、となるとまずはそこかなって。

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