第10話 ウマウマ

「お、やはりお主か」

「昨日は畑を見せて頂きありがとうございました」


 どうやら俺のことをいたく気に入ってくれたらしく、村の外の者なら宿舎にいるんじゃないかと見に来てくれたのだそうだ。

 目的は違ったのだけど、散歩ついでにってことらしい。

 散歩の目的もここにいたそうで――。

 

「こやつを探しておったのよ」

「このドラゴンらしき生き物を?」

 

 ドワーフが指さす先はミニドラゴンだった。

 そうか、彼のペットだったのかあ。それなら人に慣れていてもおかしくはない。

 喋るペットっていかにもファンタジーで素敵だよな。いや、クルプケが可愛くないって言ってるわけじゃないぞ。

 ちょこんと地面にお座りしたミニドラゴンがパカンと大きな口を開ける。


「クレイ」

「へえ、クレイって名前なのか」


 ん、ドワーフがひっくり返りそうなくらい驚いているじゃないか。

 飼い主なのにミニドラゴンが喋ることを知らなかった? いやいやまさか。

 

「こ、こやつ、喋りおった」


 そのまさかでした。

 ドワーフはミニドラゴンが喋ることを知らなかったようだ。

 彼の驚きなど知らぬとばかりにミニドラゴンは自分のペースを崩さず続ける。

 

「ウマウマ、イッパイ、クレイ、シャベル」

「ええと、リンゴと梨を食べたから喋ることができるようになった?」

「ソウ、ウマウマ」

「へえ……」


 いやいや待て待て。どこに果物を食べるだけで喋ることができるようになる生物がいるんだよ。

 あ、ここにいた。

 一人ノリ突っ込みをしている間にドワーフが再起動していた様子。

 落ち着きを取り戻した彼は俺の方へ向きなおる。


「こやつ、いやクレイはたまに儂の家に転がり込んできておったのだ。今朝やって来てのお。それで腹をすかしておったようだから何かないかと目を離しておったら」

「リンゴの匂いを嗅ぎつけたのか、ここへ来たと」

「そのようじゃの。この辺りの森にはリンゴのような果実はない。あったとしても人が食すには厳しいものじゃな」

「野山に行くと食べられる果実やどんぐりくらいはあるものなんですけど、そうじゃないと」

「どんぐり、も見たことがないのお。森に行けども、食材となるものは少ない。キノコであっても人が食すことができるものは少ないの」


 ふうむ。枯れた大地と言われる所以を垣間見た気がするぞ。

 草木はあるが、食材となるものが少ない。野山を歩くことを生業にしている彼が言うのだから、素人の俺が行っても全く食材が見つからないまである。

 畑で小麦の種を撒いても育たないし、野山に食材となるものが自生していない、この辺りが「枯れた」と表現されていそうだ。

 とはいえ、俺に不安は一切ない。既にリンゴと梨の木が立派に育ったからさ。

 懸念点もある。梨は完全別種で、リンゴはこの辺りの植生からすると外来種だ。この地の植物じゃないから育つ、という線もあり得る。

 だったら小麦は何で育たないのだ、ってことになるかもだよな。うーん、実践あるのみ。それで育つものと育たないものは分かる。

 あ、俺とドワーフが気が付いたのは同時だった。

 

「自己紹介をしてませんでした。改めて、イドラと言います。昨日、この村に引っ越して来ました」

「儂も同じことを考えておった。ドノバンじゃ。よろしくな」


 昨日と同じようにガッシと握手を交わす。

 続いてシャーリーをドノバンに紹介した。

 

「シャーリーです!」

「よろしくのお」


 彼女とも握手を交わすドノバン。

 いやあ、すっかり忘れていたよ。同じ村に住んでいるのだから、一度きりの関係にはならないってのに。

 そもそも村に引っ越してきたのだから、ご近所挨拶する時に名乗るべきだった。

 挨拶が済み、一息ついたところで今更ながらドノバンが「ん」と白い眉根を寄せる。

 

「リンゴと洋ナシ……にしては少し形が変わっておるが、こんな場所にあったかのお」

「昨日からありますよ」

「昨日……から……じゃと!? お主、木を運んできおったのか!」

「あ、いや。種を植えたんです」


 自分の特殊な能力のことを話すべきか一瞬迷ったが、これからどんどん「種の図書館」の能力を使っていくわけだし、いずれ分かることだ。

 なら、特に隠す必要もないか。

 「種を植えた」と説明することで逆に訝しむ彼へ強化済みの種を手に取って見せる。

 

「ふうむ。これがのお。俄かには信じられんの」

「もう一本くらいなら大丈夫そうかな」


 種を植え、水をかけると先ほどと同じように芽が出てにょきにょきと木が伸びた。

 細長く三日月型に湾曲している葉が特徴的だ。特段これといった食用の果実はない。

 新たな果物を期待していたミニドラゴンのクレイはあからさまにがっかりとして腹を出してふてくされたようにひっくり返る。

 手持ちだったから仕方ない、仕方ない。

 俺の手持ちで一番多いのは薬効のある植物である。

 この木もその一つ。前世の知識から何かしら効果があるんじゃないかと思って入手したものなんだ。

 

「王都の方でたまに見る木じゃな」

「王都まで行かれたことがあるんですか」

「うむ。修行時代は王都にいたんじゃ。王都にはドワーフの組合ギルドがあるからのお」

「へえ。一度、王都には行ってみたいです」


 王都かあ。領都コドラムも行商人から聞いた話だと、それなりに栄えている方なのだと聞く。

 だが、どの行商人も口を揃えて王都の賑わいは他の街と比べ物にならないと言う。

 王都の話を聞くばかりで行ったことがないとなると、想像上の王都の姿だけが大きくなって来ていてさ。実際に訪れると期待が膨らみ過ぎた分がっかりするかもしれない。


「ふうむ。見事なもんじゃの。お主、魔法使いか何かだったのか」

「魔力はあるんですが、魔法は使えないです」

「となると、スキル能力か。儂も持っておる」

「俺のはこういった種を作る能力です」

 

 ドノバンはどう? と聞くのはさすがに憚られるかなと思ったので自分の能力を伝えることで、暗に教えてくれないかな、ということを伝えてみる。

 あっさり自分の能力を語っておいてなんだが、自分の秘めた能力というのはセンシティブな問題なんだよね。

 しかし彼は特に悩む素振りもなく自分の能力を語り始める。

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