第9話 むしゃむしゃしておるな

「あ、あれです」

「むしゃむしゃしておるな」

「し、していますけど……」

「フルーツ食の爬虫類じゃないかな?」


 さっそくリンゴの木の下に行ってみたら、緑色の何かが枝に乗っていた。

 そいつはむっちゃむしゃとリンゴを食べている。

 シャーリーは俺の背中をぎゅっと掴み、犬耳もペタンとして怖がっていた。

 彼女からリンゴの木のところって聞いたので、ついて来なくともいいと言ったんだけど……。

 いっそう手に力が籠った彼女が言葉を返す。


「爬虫類? トカゲ……ですか? トカゲには見えません……なんだかずんぐりしてます」

「爬虫類といっても色んなのがいるからさ。ジャノから聞いたんだ」


 トカゲじゃないよなあ、あれ。

 大きさはクルプケくらいで、緑色の鱗にぬいぐるみのようにまるまるとした爬虫類。

 何と言えばいいのか、デフォルメしたミニドラゴン? がイメージに近い。

 そいつは満足したのか、リンゴを食べる手をとめ、小さな翼を振るわせて下に降りて来た。


「きゃあ!」


 と同時にシャーリーの悲鳴があがる。

 彼女を護るようにして前に立ち、降りて来たミニドラゴンを見据えた。

 じんわりと手に汗がにじむが、ふところに忍ばせた種をいつでも取り出せるように構える。

 

「ウマウマ」

「しゃ、喋った……」


 ミニドラゴンが喋ったことで、呆気にとられ先ほどまであった緊張感が完全に緩んでしまう。


「モット、ナイカ?」

「もっとって……?」

「ウマウマ、モット、ナイカ?」

「うまうまってリンゴのこと?」


 リンゴならそこにあるし、足りなくなればもう一本育てればいいだけ。

 こいつの言う「モット」は別のフルーツを食べさせてくれってことなのかな?

 フルーツか。

 あるにはあるが、そのままじゃここでは育たないかもしれない。

 リンゴと同じく成長力+++、環境適応力+++を付与した方が確実だ。

 どうしたものか。日本にいた頃の味を再現したくて作ったフルーツがある。他にも辺境伯の伝手を頼って手に入れたものも。

 ただ、昨日の経験から成長力+++、環境適応力+++を付与したら魔力がすっからかんになってしまうんだよな。

 ミニドラゴンが危険かそうじゃないか分からないうちは……いや、危険じゃないと判断した。これで襲われるのだったら、もう仕方ない。

 だってさ。よだれをダラダラ垂らしてじっと待っているんだもの。


「シャーリー、大量に魔力を使う。支えていてくれるか」

「畏まりました!」


 震えていた彼女だったが、俺がお願いをするとシャキッとする。メイドの鏡とは彼女のような子のことだな、うん。

 ちょうど持っている種の方で行くか。

 目を瞑り心の中で念じる。

『開け、種の図書館』

 手持ちの種に成長力+++、環境適応力+++を付与し、ゴソっと魔力をもっていかれ体から力が抜けた。

 シャーリーに支えられ何とか座り込まずに済んだ。


「ありがとう、シャーリー」


 彼女にお礼を述べつつ、リンゴの木から10歩離れたところに強化した種を埋めた。


「お水、持ってきます!」


 パタパタと水を取りに行ったシャーリーを待つ間、その場に腰を降ろしミニドラゴンの様子を眺める。

 

「ウマウマ、マツ」

「もう少し待っていてくれ」


 俺の予想通り、こいつは食べ物のことしか頭にない。特に危険はないと見て良いだろう。 

 お座りして腹を出している姿はなんともおまぬけである。デフォルメされたドラゴンのような姿をしているけど、ドラゴンの一種なのかな?

 ジャノから見せてもらったイラストでは子供のドラゴンでもいかつい顔をしていたのだけど……。

 などと考えているうちにシャーリーが水を持って戻ってきた。

 水もいちいち取りに戻るのは面倒だよな。この辺り一帯を果樹園にしてもよいかも。それなら水まきができるようリンゴの木の近くに水を引くか。

 んー。そうなれば水をどうやって引こうか。

 

「イドラ様?」

「あ、すまん」


 種を埋めた辺りに水を撒くと、昨日のリンゴの木と同じように芽が出て来てあっという間に木になりたわわな果実が実る。

 果実は黄色味のある茶色でオレンジも少し混ぜた感じかな。こいつは辺境伯どころか王国内にも存在しない果実で、俺が種を強化し進化させて魔改造して作成した一品。

 前世で好物だったんだよね。

 

「わあ、梨じゃないですか。みずみずしくて私、大好きです!」

「おいしいよな」


 そう、シャーリーの発言の通り、この果実は梨なんだ。

 リンゴの種を手に入れてから、種を進化させていると梨になったんだよね。その過程で洋ナシもできた。

 洋ナシの種も持ってきているから、後ほど植えておくか。種を植えるのはいいのだが、あまり植え過ぎると世話をするのが大変になる。

 元御者の村民には畑や果樹園を手伝ってもらう予定なので、彼らと相談しながら数を決めた方がいいか。

 

「ウマウマ」

「いつの間に」


 シャーリーと喋っている間にあの小さな翼をパタパタさせて枝の上に着地したらしい。

 ミニドラゴンは両前脚で梨を挟み込み、大きな口でもしゃもしゃとやっていた。


「俺たちも食べよう。朝ごはんだ」

「はい!」

 

 背伸びして届くところの梨をもいで、シャーリーに手渡す。

 軽く水で洗ってから皮ごとパクリといく。

 

「んー」

「おいしいです!」


 この瑞々しさがたまらないよなあ。梨ってやつはよお。

 謎のノリで心の中で感想を述べる。シャーリーの犬耳はさっきからせわしなく動きっぱなしだ。

 俺もまだ食べ足りないし、彼女もまだいけそうなので追加で二つ梨をもいで、おかわりタイムとした。

 

「モット、アルノカ?」

「あるにはあるけど……」

「ウマウマ」

「まあ、もう一本くらいならいいか」


 手持ちがなかったので、今度は俺が宿舎に入り、洋ナシの種を持ってリンゴの木のところに戻る。

 すると人が増えていた。ジャノではなく髭もじゃのドワーフが。

 あの人は村で唯一畑をやっている人だよな。

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