第8話 もぎゅ

「(木箱を)さっそく開けられますよね。お手伝いします!」

「急がないかな。それはそうとシャーリー、俺の部屋を掃除してくれたんだよな?」

「一応は……ですが、急ぎでしたので余り」

「いや、とても綺麗になっているよ。他の部屋はまだだよな」

「ジャノ様のお部屋も終わってます」

「よっし、じゃあ、他の部屋の掃除をしようか」

「え。えええ。イドラ様自らお掃除されるのですか?」

「ダメかな?」

「ダメじゃないですけど……」

「邪魔にならないようにするよ。掃除の仕方、まずかったら教えて欲しい」

「も、もちろんです!」


 ワタワタするシャーリーの耳と尻尾がせわしなく動く。


「あ、先に御者の人たちへお礼を言いに行きたい」

「御者の方たちはジャノ様のお手伝いをしています」

「あ、ああ。入口の方にはいなかったから、裏口からかな」

「いえ、窓から直接、です」

「一階だったら確かにそれでいけるか。何しろ量が多いものな……」


 なるほど、御者の人たちを見なかったのは反対側から搬入作業をしていたからか。

 先に彼らの様子を見に行くとするか。


「まだまだかかるよ」

「意外だ……」

「僕の蔵書だからね。当然さ」

「それでもさ」


 御者に混じって汗水垂らしていたジャノに驚く。肉体労働はしません、と普段から体を動かすことを毛嫌いしている彼が率先して木箱を運んでいるなんて。

 おっと、作業を見守りに来たのではないんだ、俺は。

 両手を上にあげ、声を張り上げる。

 

「御者のみなさん、少し休憩にしましょう。ありがとうございます」


 シャーリーに水を持ってきてもらい、何か振舞えるものはなかったかと思案した。

 荷物は最低限にしたからなあ。手持ちの種で何か良いものはなかったか。

 ポケットに入れておいた種に触れ、「種の図書館」を発動する。

 お、これがいい。

 そのままだとすぐに使えないから、成長力を極限まで強化して、環境適応力も最大化しよう。

 一気に強化したため、ゴソっと魔力を持っていかれその場に膝をつきそうになり、ジャノが支えてくれた。

 

「大丈夫かい?」

「一気にやりすぎた。今までにない強化にしたよ」

「そいつは楽しみだね。植えたら大木になるとか?」

「なればいいなあって」


 いざ、実践タイム。

 成長力+++、環境適応力+++、果実+++、そして単体でも実をつける特殊能力も付けた。

 まるで芽が出ていなかったドワーフの畑が頭をよぎるが、宿舎から15歩くらい離れ種を植える。

 ちょうど戻って来たシャーリーに水をもらい、埋めた土の上から水をかけた。

 すると、ビデオの早回しのように芽が出て、茎が伸び、木になって、見事なリンゴの実をつける。

 

「お、おおおお」

「おお、神よ」

「なんという……イドラ様は神の御子だったのですね」


 御者たちがその場で膝をつき、拝むようにたわわに実ったリンゴの木を見上げ、祈りを捧げる。

 シャーリーもペタンとお尻をつけ、ぽかんと口を開け固まっていた。

 もう一方のジャノは肩をすくめ、参ったとばかりに両手を開く。

 

「凄まじいね。これが極限強化かい」

「自分でもちょっとビックリだよ。みなさん、出来たてのリンゴをどうぞ」


 と言いつつも木登りしないとリンゴが取れないぜ……。

 リンゴを振舞った結果……いや、リンゴの木がみるみるうちに成長していく姿を見て、御者の人たちは家族がいる者以外はこのままエルドージュに留まりたいと申し出てくれた。

 家族がいる者も家族をつれて村に戻ってくると言うではないか。

 どんな心境の変化だよ、と思わなくもないが、人手がいるに越したことはないし、一応俺が領主なので村に住む許可を与えることができる立場だ。

 そんなわけで彼らが村に住むことを歓迎することになったのであった。

 

 ◇◇◇

 

「ふう。よく寝た」


 心地の良い朝だ。訓練に励む野太い声で目覚めないとこれほど穏やかな気持ちで目覚めることはできるなんて。

 母を失った悲しみは未だ俺の胸を締め付ける。でもそれ以上に新天地に対するワクワク感が強い。

 さあて、まずは何をしようか。うーん、領主という役割についてよく分かっていないから、まずはジャノに相談するとしようか。

 

「もぎゅう」


 ベッドから降りると布団から茶色いもふもふが顔を出す。

 帰ってきていないなと思ったらいつの間にか布団に潜りこんでいたのか。のそのそとベッドから降り、前脚を床につけじっと俺を見上げてくる。


「どこに行ってたんだ?」

「もぎゅ、もぎゅ」


 クルプケを抱き上げると鼻をヒクヒクさせ小さな尻尾をだらんとさせた。

 ん、リンゴの芯が床に転がっているじゃないか。夜に帰ってきた彼が食べたんだろうな。

 脇の下をわしゃわしゃし彼を床に降ろすと、鼻をすんすんさせカリカリと床を引っ掻く。


「種か」

「もぎゅ」


 変わった形の種だな。赤色で細長い。ヒマワリの種より細く縦に長い種だった。こんな大きな種を見るのは初めてかもしれない。

 何の種なんだろう?

 さっそく「種の図書館」の能力で鑑定してみるかと目を閉じたその時、扉向こうの廊下であわただしい足音が響く。


「イドラ様ああああ。た、大変です!」

「一体何があったんだ?」


 この声はシャーリーだ。朝っぱらから一体何があったんだろうか。

 普段はこんな朝早くから彼女が訪ねてくることはまずない。俺が寝ているのを起こしてはいけないと彼女が考えているからだ。

 それでもこうして訪ねてくるとは余程のことがあったに違いないはず。

 

「あ、あのですね。リンゴの木に何かいます」

「リンゴの木に? さっそく行ってみるか」

「危険なモンスターかもしれません! 危ないです」

「危ないモンスターなら既に宿舎がどうにかなってるって」


 積極的に寝込みを襲うモンスターなら窓が割られ中に侵入されている。

 そうじゃなくて、リンゴの木に留まっているってことは目的が俺たちを襲うことじゃないと予想できた。

 リンゴが好きな何かなのだろう、きっと。

 もしもの時は手持ちの種で何とかするしかない。

 上着を着て、ポケットの中を確認する。うん、この種セットだったらしばらくの間粘ることはできる。

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