第7話 ドワーフと畑

「ほお、儂の畑をな。おぬし、この村の事情を知らぬのだな」

「枯れた大地、とだけ聞いてます」

「お主とて見ただろう。打ち捨てられた畑を」

「え、ええ、まあ」


 一体この人は何が言いたいのだろう。みんな諦めたのに、尚諦めぬ偏屈だと自虐しているのかな?

 俺はむしろ逆に畏敬の念を抱く。

 

「ガハハハ。お主を問い詰めたいわけじゃないのだ」

「あ、いや。俺は誰もが諦めたこの場所でそれでも尚、畑に一切の手抜きをしないあなたに凄いなと思ってました」

「面白い奴だの。儂は後から来た口でな。まだここに来てから三年だて」

「元々他の地で農業を?」

「そうじゃな。自分で食べる分だけだがのお。この地の噂を聞き、訪ねてみたらこのありさまだろう」

「三年間、畑を管理していたのですか?」

「まあの。村の者には何度もたしなめられた。一応与えられた役割はこなしておるぞ。ドワーフと言えば鍛冶。儂も一応鍛冶はできるからの」


 ふうむ。鍛冶ができる職人ならば大歓迎で間違いない。寒村に鍛冶職人がいることは稀なのだ。

 鍛冶職人がいれば道具を修理することができるし、恐らく狩猟もしているこの村で刃物が使えなくなると詰む。

 簡単な修理程度ならやれる人もいるだろうけど、職人が住んでくれるならもろ手をあげて迎え入れる。

  

「畑、隅々まで手入れされているように見えます。肥料も使っているんですか?」

「一応……な」

「種は植えたばかりなのですか?」

「いや、植えてから一週間は経つのお」


 何食わぬ顔で言ってのけるドワーフだったが、俺はそうではなかった。

 驚きで目を見開き、「え」と聞き返してしまう。

 

「本当に一週間前……なんですか? 一週間経過しなければ芽が出てこない種なのです?」

「普通の小麦じゃて。種はある、見てみるかの? 種を見ても小麦としか分からぬがのお」

「是非! 見せてください!」

「お、おう」

 

 俺の喰いつきに今度はドワーフの方がたじたじになった。

 種を直接見ることができれば、どのようなステータスなのか確認できる。

 「ついて来い」と小屋に案内してもらい、さっそく種を見せてもらった。

 目を瞑り心の中で念じる。

『開け、種の図書館』

 目を開き、小麦の種に触れた。

『小麦の種:収穫量+、病気耐性+』


「これは領都コドラムで広く使われている小麦の種ですね」

「ほお、分かるのか」

「ちょとした力を持ってます。種を見ればどのような種か分かるんです」

「面白い能力だの。能力持ちは珍しい。このような寒村にいる者ではないだろうて」


 鍛冶職人であるあなたもそうじゃないか、って突っ込みは野暮ってもんだ。

 何も言わず、フルフルと首を振るにとどめておいた。


「他にも試した種はありますか?」

「種を変える発想はなかったわい」

「そうでしたか、ありがとうございます」

「お主、ここで農家を始めようとしているのかの?」

「そのようなものです」

「ふむ。儂の三年との話を聞いても尚折れぬ、その気概、気に入った。クワでも鋤でも必要があれば訪ねて来い」

「ありがとうございます!」


 ガシッと握手を交わし、彼の小屋を辞す。

 工房も見ていくか? と聞かれたがシャーリーに荷物をお任せしていたので宿舎へ戻ることにしたんだ。

 

「ごめん、遅くなった」

「いえ! イドラ様の分は既に運び込んでます」

「お、おお。もう終わったんだ」

「はい!」


 運び込みが終わっている、ということは掃除も進んでいそうだ。

 手伝う気でいたのだけど、全部やってもらっちゃって悪いな。


「ええと確か俺の部屋は」

「二階の角です。シャーリーの部屋の隣です」

「そうだった。その隣がジャノの部屋だったよな。確か三部屋」

「はい、おっしゃる通りです」


 シャーリーと共に二階にあがり、自分の部屋へ入る。角部屋だから窓は二つ。どちらも出窓になっていて、光が入るので明るい。

 そうそう明るいのは南向きだからってのもあるな。辺境伯領では夜になるとランタンやロウソクになるので、南向きに窓が作られた部屋がとかく好まれる。宿舎は広い敷地の中に建てられているから、二階の宿部分は全て南向きの窓がある。廊下が北側にあって、部屋が南向きになるように作られているということだ。

 南側が日当たりが良いということは、辺境伯領は北半球にあるということで間違いない。惑星の傾き具合が地球と同じなのかは分からないけど、この世界にも四季がある。地球と比べてそれほど変わりはないんじゃないのかな? ひょっとしたらジャノなら詳しく知っているかもしれない。聞く時は注意が必要だ。惑星が、なんて口を滑らすとその知識はどこから来たんだ、とかもっと詳しく喋ってくれ、となり、半日ほど彼に付き合わされることになる。「何で知っていた」かの方はすぐに対策できるので、まあ良いとして、彼の知的好奇心の相手をするのはタフだから本当に必要に迫られた時にしておかなきゃな。え? どんな対策を取るんだって?

 そいつは「種の図書館」の能力だとか言っておけば問題ない。俺以外に種の図書館の能力を持つ人に出会ったことがないので、ジャノも不思議には思わないだろう。

 「種の図書館」からもたらされる知識は種のことだけなのだけど、言わなきゃ誰も分からない。種の図書館のウィンドウは俺にしか見えないのだから。 

 おっと、窓以外にもちゃんと元宿舎としての家具が揃っている。この部屋にはベッドと机に椅子、クローゼットが置かれており、窓にはカーテンも取り付けられていた。

 恐らく他の部屋も同じような作りだろう。

 ベッドに腰かけ、置かれた木箱を見やる。木箱は二人で左右を持つほどの大きさで、俺の私物は全てこの中に入っている。種は別の木箱に入れていて、一階んい置かれているはずだ。

 木箱だから持ち運ぶにも重たいよな。階段を登るのも大変だっただろうに。御者のみなさん、ありがとう。

 心の中で感謝を伝え、改めて後でお礼を言おうと心の中に刻み込む。

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