第6話 エルドーシュ到着
そんなこんなで馬車の数だけは大部隊でエルド地方唯一の村エルドーシュに到着した。
外れの村だからこそ、柵はちゃんとしておかなきゃいけないと思うのだが、ボロボロで朽ち落ちている箇所が多々ある。
紐で板を結んだだけの簡易的な場所もあって、その辺りは全て紐が先に切れて残骸だけが残っているというありさま。
俺たちが到着したら、何だ何だと村人出てきた村人もいたが、すぐにあからさまにがっかりした顔で挨拶もせず散って行った。
「あれ、酷くない?」
「彼らにとっては領主様なんてどうでもいいのさ」
馬車のせり出した板の上に座り、本から目を離さぬままジャノがそううそぶく。
そこで困った顔をしたシャーリーが口を挟む。
「き、きっと。イドラ様のことが知らされていなかっただけです」
「知らされていない、は正解だと思うけど、村人が見向きもしなかったのは別の理由だよ」
「そうなのですか!?」
「そそ、彼らの興味はお偉いさんが来ることではない。エルドーシュは補給物資頼りなんだろ。だったら、大量の馬車が来ると期待するじゃないか」
「あ」と犬耳をピンと立て膝を打つシャーリー。
身分制社会であっても、生きるか死ぬかの瀬戸際になるとそんなことを言っていられなくなる。
貧ずれば窮する……だったか? 誤用なきもするな。何せ前世のことわざなので、記憶があいまいだ。間違えていたとしても調べようもない。
「村長の家に挨拶に行こう。ジャノも行くぞ」
「僕は別に後からでも良くないかい?」
「何度も訪ねるのもめんどうだろ」
「確かにそうだね」
ジャノがよっと馬車から飛び降り、華麗に着地する。
案外運動神経が良いんだよな、彼は。もやしっ子の癖に。
村長宅を訪ね、書状を見せるとようやく俺が何者か分かったようで平伏していたが、理由は彼が失礼な態度を取ったからではない。
村には俺が住むような屋敷がなかったからだった。
補給部隊が宿泊する用の施設があるが、他となると馬小屋に毛が生えたくらいのあばら小屋しかないらしい。
補給部隊用の宿舎をしばらく使わせてくれるようにお願いしたところ、「申し訳ありません」と謝罪しつつも快く許可を出してくれた。
補給部隊の宿泊施設は大人数を迎え入れることができるようになっているため、馬車を停める用のスペースも広い。
スペースといっても木が生えていないだけの広場で雑草が伸び放題になっていた。枯れた大地というわりに草木がそれなりに生育しているんだよな。
どうしてここが「枯れた」と言われているのかイマイチピンと来ない。
気になった俺はすぐに確認したくてたまらなくなった。そのため、大変申し訳なかったのだが、御者のみなさんとシャーリーの馬車の荷物を任せ、村の畑を探すことにしたんだ。
畑だったのだろう場所はあるものの、整備されておらず硬くなった茶色の土が見えるばかり。不思議と余り雑草が生えてなかった。
「うーん、何かしらの呪いの類いなのか?」
前世日本と異なり、この世界には不思議な力がある。自分自身が「種の図書館」という前世で言うところの超常的な力を持っているのだから、疑う余地がない。
ジャノは魔法を使うことができるし、俺も魔力を持っている。
魔力だとかスキルだとか謎パワーがあるので、作物だけ何としても成長させないぞなんていう呪いがあってもおかしくないだろ?
お。
村外れの柵……の残骸の向こうに整備された畑と民家が見えた。
これまでは放置されていた畑だけだったが、今まさに世話をしている作物がどうなっているか確認できるぞ。
これまでの畑を鑑みるに過去に何度も作物を作ろうとして、諦めて放置されたように思えた。
しかし、まだ挑戦しようという人がここにいる。「枯れた大地」で作物を育てるとどうなるのか貴重なケースをこの目で見ることができるぞ。
自然と駆け足になり、ぱっと周囲を見たところ誰もいなかったので勝手に畑を観察させてもらうことにした。
さすがに畑に手を振れることはしないけどね。つぶさに観察できる距離まで近寄ったというところだ。
ふうむ。良く耕され、悪くない畑の状態だと思う。土の様子も空気を多分に含み柔らそうに見える。肥料はどうだ? さすがに見ただけじゃ何も分からないな……。
雑草は一切生えておらず、畑の様子から察するに種を撒いたばかりか?
というのは一面が茶色だから。種を撒くとすぐ小さな緑が見えるのだが、それもない。収穫した後なら畑がここまで綺麗な茶色ではない。
「なんじゃ、何と言われようとも儂はやめんぞ」
「え、ええと」
「ん。見ない顔だの。旅人……には見えんな。なら行商人か何かか? こんな辺鄙な村で行商をしても儲からんだろうて」
「あ、いや。畑を見させてもらっていただけなんです」
突然声をかけられてドキリとした。勝手に畑を見ていたから、人を見かけたら挨拶をするつもりだったんだよ。
それが、畑に集中し過ぎてまるで気が付かなかった。
声をかけてきたのは首に布を巻きつけ、簡素な長袖のシャツに手袋、長靴姿のずんぐりとした男だった。こげ茶色の髭を伸ばし、耳の先が少し尖っている。
背丈は俺の肩より少し低いくらいで、だいたい140-150の間ってところか。見た目の特徴から彼の種族が分かった。
はち切れんばかりの肩回り、太い首、エネルギーがギュッと詰まったような力強さを感じさせる肉体。
彼はドワーフで間違いない。年の頃はドワーフだと分からないんだよな。人間にすると40歳前後に見えるのだけど、ドワーフって人間より長生きだし、若くても目の前にいる彼と同じくらいの年頃に見えてしまう。
ドワーフは気難しそうで偏屈な人が多いと聞く。辺境伯領でドワーフはもてはやされている。
ドワーフは伝統的に武器作りに長けており、筋骨隆々な見た目もあいまって脳筋辺境伯領では人気なのだ。武器を振るうためには鍛冶職人が必要だし、彼らは武器を振りたいのであって作りたいわけじゃないからな……。辺境伯領は他領に比べ鍛冶職人に対する待遇も良い。
それなら鍛冶職人になったらいいんじゃ……と思うのだが、多くの人は兵士に憧れるのだから不思議だ。もちろん全く職人が全くいないわけじゃないので悪しからず……。
そんな前情報があり、更に自分が許可も取らずに畑を見ていたという後ろめたさも相まって内心ヒヤヒヤだった。
のだが、ドワーフの男は「畑を見せて」と聞いたとたんへの字の口が緩む。
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