第4話 種の図書館
「よっし、んじゃさっそくやるとしますか」
「紅茶でよろしかったでしょうか?」
「ありがとう。ミルクをたっぷりで頼むよ」
「畏まりました!」
グレナムが去った後、机に置かれた小麦の種が入った袋へ目をやる。
この小麦の種は先ほど彼が「領内で最も栽培されている品種」と置いていったものだ。この種を元に強化して欲しいとこと。
目を瞑り心の中で念じる。
『開け、種の図書館』
目を開き、小麦の種に触れた。
すると、視界にゲームのようなステータスウィンドウが出現する。
『小麦の種:収穫量+、病気耐性+』
3年前に俺が強化した種の形質を受け継いでいるようだな。いつのまにやら俺の作った種が最も栽培された種になっていたとは……少しビックリした。
『小麦の種の強化ツリーを表示』
心の中で念じる。
すると、この小麦の種の強化方向がツリー状に表示される。
『収穫量→収穫量++
病気耐性+→病気耐性++
なし→乾燥耐性+
なし→貧栄養+
なし→変質+
などなど…………』
乾燥耐性+を追加しよう。
『強化:乾燥耐性+には魔力が必要です』
稀に魔力以外のものが必要になったりするが、小麦なら全て魔力のみでいける……と思う。小麦から突然変異を狙う「変質」を選んだことがないので、確実とは言えないのだけど。
「今回は大雑把でいいか。少なくとも乾燥耐性+は付与できる」
袋に入った種を全て手の平に乗せ、魔力を込めた。
ぼんやりと種全体が光り、強化が完了する。
念のために種を鑑定しておくか。
再び種の図書館のウィンドウを見てみると、振れた種のステータスが表示されていた。
『小麦の種:収穫量+、病気耐性+、乾燥耐性+』
「うっし、これで大丈夫だな」
預かった種のうち収穫量+や病気耐性+が付与されていないものがあるかもしれないけど、全て乾燥耐性+は付与できている。
一応、依頼の条件は満たしているという形だ。
「イドラさま、お待たせしました」
「ありがとう」
シャーリーの淹れてくれた紅茶に鼻を近づけ、香りを楽しんでから口をつける。
休憩をしたら、薬草を見に行こう。
◇◇◇
あれから一週間が経過した。
今日も今日とて俺は植物園で種を植え、植物を育てている。
ヘルムジという薬草は疲労回復に良い。この種の成長力と薬効を強化できるだけ強化してみた。
他にも数種の薬草を育てているのだけど、全て少しでも早く回収するために成長力を強化できるだけ強化している。
土いじりもすっかり慣れたものだ。土を鑑定する能力を持ってはいないが、毎日触れていると何となく土の状態が分かるようになってくるから不思議なものだよな。
新芽の様子を確かめていたら、土がもこもこっとあがりネズミのような顔をしたもふもふが顔を出す。
「もきゅー」
「そんなところに埋まっていたのか」
のそのそと土の中から顔を出したのはマーモットのクルプケであった。
お出かけしているのかと思いきや、穴を掘っていたとは驚いたよ。
そのまま近寄って来ようとしたので、どうどうと両手を出して押しとどめ水桶に手を伸ばす。
ばしゃーっとクルプケに水をかけたら、ぶるぶると体を震わせて泥水が飛んできた。
結局汚れてしまったよ……。
落ち込んでいる姿を間が悪いことにシャーリーに見られてしまったようで、血相を変えた彼女がパタパタと駆けてくる。
「ど、どうされたんですか?」
「あ、いや。足もとが少し汚れただけだよ。元々土いじりをしていたし、この後着替えようかなって」
「もぎゅ」
ぶるぶるして綺麗になったクルプケは尻尾をフリフリしながら、籠の方へ向かっていった。
籠には彼の好物の新芽や薬草、芋類がこれでもかと乗せてある。
籠に潜り込み、もしゃもしゃやり始めたクルプケは大満足といった様子。
この日もいつもの通りの暮らしだった。この日までは……。
事件は翌日に起こる。
もうすぐ朝日が登ろうという時間に近衞騎士が植物園を訪れた。
昨日は自室に帰らずここで寝泊まりしたのだよね。
ってそうじゃなく、俺を近衞騎士が訪ねてくるなんて年に一度あるかどうかくらいのものだ。「常に最前線たれ」とする近衞騎士は辺境伯領の中でも特に脳筋意識が強い。
そんな彼らと俺は相性が悪く、必要がない限り会話をすることもなかった。
「辺境伯様がお呼びです」
近衞騎士はそれだけを告げて去って行く。
父からこの時間に呼び出しとはただ事じゃないぞ。上着だけを羽織って大広間に向かう。
……が彼はいなかったので寝室へ移動する。
「入れ」
入口を護る近衞騎士に来たことを告げると野太い声が帰ってきた。
よくよく見るとこの近衞騎士……さっき植物園に来た奴じゃないかよ。父が寝室にいるならいると教えてくれよ、なんて思ったが普段お互いにコミュニケーションを取らない間柄なので致し方なしか。
父の寝室に入るとカウチに腰掛けた彼が鎮痛な面持ちでワインを傾けていた。
「イドラ、朝からすまんな」
「いえ、危急のことかと思い」
彼は俺の言葉に対し頷くも、心ここにあらずといった様子。グラスに残ったワインを一気に飲み干すと、うつむいて弱々しい声で俺に告げる。
「パオラが明け方に亡くなった」
「か、母様が……」
言葉が出ない。昨日もいつものように薬草を煎じ、飲んでもらったというのに。
母の体調は悪化の一途を辿っていた。薬草の種を強化し、彼女が回復できるようにと連日努力をしていたが……。
ダメだった。
俺は今回も敗れたのだ。
病魔には勝てない。生老病死は人として生まれれば避けることはできないと、信じてもいないどこかの神に嘲笑られているようだ。
母が亡くなった、本当に? など疑う余地はない。父の様子を見れば明らかだから。
悲しみと同じくらい悔しさも込み上げてくる。その場に崩れ落ち、自然と涙が溢れた。
彼はそんな俺にこれ以上何も言わず、ワインを煽る。
そのまま30分ほど経過し、父から母に会いに行くように言われた。
辺境伯の身内が亡くなった場合、不可能でなければ必ず検死が行われる。陰謀で暗殺された可能性もあるからだ。検死が終わるまでは遺体に近づくことはできないのだけど、もう終わったのだろうか。俺なら検死の邪魔をすることはないと父が計らってくれたのかは分からないし、どちらでもいい。
母に会える、その事実だけで。
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