第3話 植物園

 さて、やって参りました、我が職場。職場……というと少し語弊があるな。

 いや、多少なりとも植物園が辺境伯領の農業に貢献しているので、仕事をしているといっても良いか。

 整備していない放置された土地を与えられた形で始まった植物園は、名ばかりの荒地だった。

 辺境伯宮は広大な敷地を誇り、全ての土地が管理されているわけではない。いやいや、貴族って庭園作りに精を出し、他の貴族に自慢するものじゃないの? と思うじゃない。

 ところがどっこい、辺境伯領ではトップの辺境伯始め全て脳筋なので、庭園なんて芸術性のあるものになんぞ興味はないのだ。

 その分、訓練施設は充実している。鍛錬場が五か所もあるからな。屋内にも屋外にもあるし、俺とジャノ以外の自室にはバーベルや縄跳びだけでなく、剣を振るうためのスペースまで確保している。どこまで訓練大好きなんだか、呆れを通り越してすがすがしい。俺には理解できない世界だよ、ほんと。

 ただの荒地だった土地はせっせと耕して、二年かけて植物園の体を整えた。

 最初は薬草を育てるだけだったのだが、今では農業担当の貴族からの相談を受け、一部作物も育てている。

 もっとも作物はほんの片手間なのだけど……。

 土いじりって結構体力を使うんだよね、俺もなんのかんので体力が付いた。一応、二年ほど訓練につきあわされたので、基礎的な体力がついていたので、畑を耕すのも苦にならなかったんだよな。鍛錬や訓練はやるに越したことはないと思っている。だけど、やりすぎなんだよ、辺境伯領の貴族連中は。

 文官でさえ、訓練時間の方が机に向かっている時間の方が長いのだからね。

 おっと、ぐるぐると愚痴が出てしまった。これもヘンリーに会ったからだ。ちくしょう。

 

「ええっと、確か先週植えた薬草はこっちだったな」


 植物園は畑エリアと離れに別れている。離れは俺の執務室になっていて、これまで集め強化した種を全て収納していた。

 新たな種を生み出すのも執務室で行っているんだ。

 畑は4区画あって、種類ではなく植えた時期によって分けている。

 先週植えたばかりの薬草であったが、もう成長し収穫できるまでになっていた。成長力を+++まで強化しただけに一週間で育ちきるようになっているのだ。

 

「イドラ様ー」

「ん?」


 しゃがんで薬草を見ていたら、後ろから声をかけられた。

 この声はシャーリーだな。

 立ち上がって振り返ると、メイド服にエプロン姿の犬耳の少女が息を切らせて俺の近くまでやって来て足を止める。

 白いフサフサの犬耳がペタンとなり、胸も大きく上下させながらも喋ろうとしたのでこちらから声をかけた。


「息を整えてからでいいからね」

「はあはあ……はい」


 胸に手をあて、大きく深呼吸をし息を整えた彼女はふううと最後に大きく息をはく。

 彼女の調子に合わせてか犬耳もピンと立った。

 

「グレナムさまがイドラさまにお会いしたいと見えております」

「グレナム卿が。分かった。すぐに会おう」

「離れにご案内でよろしいでしょうか?」

「うん、紅茶もお願いできるかな」

「もちろんです!」


 グレナムなら息を切らせて走る必要もないのに。彼女は真面目な性格なので、一刻も早く俺に伝えるべく急いだのだろう。

 そもそも、俺の元を訪れる人は彼とジャノくらいのものだ。彼ら以外となると俺にとっては招かねざる客である。

 ヘンリーのような嫌味を言うために訪れるとか、ね。


「また何か困ってるのかな」


 パンパンと手を叩いて土を払い、小屋へ向かおうとした時、のそのそとずんぐりとしたネズミのような顔をした動物がひょっこりと顔を出す。

 薄茶色の毛並みに犬くらいの大きさの彼はマーモットという種族で俺のペットである。

 彼はお尻をフリフリさせながら上機嫌に俺の足もとにすりすりしてきた。


「クルプケ、また種を取ってきてくれたのか」

「もきゅう」


 彼の口の間に挟まった種を取り、頭を撫でる。


「ごめん、お客さんを待たせているんだ。後でまたな」

「もくう」


 グレナムだけじゃなく、シャーリーも待たせてしまう。

 もっとも、彼が訪れたってことは十中八、九、困りごとで、かつ農業のことである。

 彼が離れに入る前に行かなきゃな。足場やに離れに向かう俺であった。

 

 離れはたった二部屋しかない。一つは自室に帰らずこのままここで作業をするための寝室で、もう一つは執務室だ。

 執務室は壁一面に棚が置かれており、棚に木箱が並べられ、中には種が入っている。

 ちょうど席に座ったところで、扉が開きシャーリーに先導され日に焼けたスキンヘッドの中年が顔を出した。

 彼は辺境伯領の貴族らしく、太い首回りにはち切れんばかりの肩回りである。

 一応これでも文官で農業を担当しているんだよね。

 

「イドラ様、何度も申し訳ありません。今年は水不足が懸念されており、お力をお貸しいただきたく」

「乾燥に強い小麦の種を作りたい、でよろしいですか?」

「お願いします!」

「分かりました」

 

 これから種を撒くのだけど、今から種を作って大丈夫なのだろうか?

 水不足が懸念は何を根拠に水不足なのかは分からないけど、きっと川の水量を見てのことなのかな?

 余り深く考えてはいけない。俺はまだ政務に口を出せる立場じゃないのだから。

 ここ数年、深刻な不作もなく来れているのは彼の力があってのこと。

 

「いかほど、かかりますか?」

「明日に取りにきてください。200粒ほど用意いたします」

「ありがとうございます!」

「い、いえ……」


 ああああ。耳がキンキンする。そこまで声を張り上げなくてもよいのに……。

 彼の感謝の強さが声の大きさなので、無碍にはできない。

 種をこれから撒くなら200粒じゃあ全然足りないのだが、良いのかな?

 ん、200粒で十分ってことか。なるほど、なるほど。

 俺の種の力は辺境伯領内で認知されているだけではない。乾燥に強い小麦の種を大量に作ったところで、農家から反発が出るのは必死。

 得体のしれない種に変えろなんてそうそう受け入れられるものじゃあないよな。

 もう一つ理由がある。既に今年撒く分の種が準備済みということだ。

 畑に種を撒くなら、これから種を集めていては間に合わない。俺の強化した種は乾燥が特に酷くなると予想されている地域の一角に撒かれるのじゃないかな。

 そこで俺の種だけがすくすくと成長すれば、食用にせず来年の種とすればいい。

 少なくとも俺の種の威力を見た農家は翌年「是非に」と種を使いたがるだろうから。


「よく考えられていますね」

「そんなことはありませんよ! 明日、お伺いさせていただきます!」


 つい思ったことが口に出てしまった。

 侮れんぞ、あの男。伊達に数年間不作を出していないだけある。

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