捨てられた姫と『嘘』を語る真実の鏡

@nizinopapa

捨てられた姫と『嘘』を語る真実の鏡

 ――むかしむかし、魔界と呼ばれる場所に真実のみを語る魔法の鏡がありました。


 鏡に知らないことはなく、持ち主である魔王様の問い全てに正直に答えていました。


 ある日、魔王様は鏡に聞きました。



「――私以上に強大な魔王はいるのか」



 鏡は答えるのを迷いました。ですが真実を語ることを誇りに思っていたので、正直に答えました。



「います。隣国の魔王と、またその隣国の魔王です」



 その答えに魔王様は激怒し、鏡をバデスミゴ島という場所に捨ててしまいました。


 鏡はたくさん泣きました。正直に答えたのに捨てられるなんて。自分は真実を語る鏡なのに、と。長い長い年月、泣き続けました。



 それから数百年経ち、鏡は泣き止みました。やはり自分は間違っていない。嘘吐きにならなくてよかったと、誇りを取り戻していました。


 ある日、鏡の前に女の子が降り立ちました。白くて幼い女の子でした。


 女の子は泣いていました。


「パパはどうして私を捨てたの? 私はいらない子なの?」とたくさん泣いていました。


 その女の子のことを、鏡は知っていました。なんでも知っている鏡に、知らないことはありませんでした。


 鏡を捨てた魔王様の子供――お姫様でした。お姫様はとても優しい心と、命を分け与える力を持っていました。


 しかし、強さのみを求めた魔王様はお姫様を捨ててしまったのです。鏡と同じバデスミゴ島に魔法で送ったのです。


 お姫様は何日も泣き続けました。鏡は何も言わずそれを見ていました。


 しかしある時、お姫様は鏡があることに気が付きました。汚れていた鏡を綺麗に拭き「綺麗になったね」と涙ながらに言いました。


 その涙を見た鏡は、思わず喋ってしまいました。



「もう泣かないでお姫様」



 お姫様はとても驚きました。そして涙を拭い「泣いてないもん」と返事をしました。そして鏡さんは何者かと尋ねました。


 鏡は答えました。僕は魔法の鏡です。この世界の全てを知っています、と。



「鏡さん。なんでも知ってるなら教えて。お父様はどうして私を捨てたの?」



 鏡は迷いました。真実を告げたら、またお姫様が泣いてしまうと分かったのです。そして、自分の誇りを捨てました。



「魔王様はこれから隣国の魔王と戦うのです。しかし隣国の魔王は強く、お姫様に危険が及ぶかもしれません。だからこの島に隠したのです。お姫様のことが大切だからです」



 それを聞いたお姫様はピタリと泣き止みました。また驚いた顔をして鏡に聞きました。



「それは本当なの? お父様は無事なの? お父様は私を愛してくれてるの?」



 鏡は答えました。



「僕は真実のみを語る鏡です。全て本当です。魔王様はとても強い魔王なので心配ありません。もちろんお姫様のことを愛してらっしゃいます」



 お姫様は花のような笑顔を咲かせました。



「じゃあ私はここでお父様を待つね。どれだけ待つことになっても、鏡さんと一緒なら怖くないもん」



 初めて吐いた嘘は、鏡をとても温かい気持ちにさせました。


 お姫様は鏡に触れると言いました。



「ありがとう鏡さん。お礼に私の命を分けてあげる」



 鏡は光に包まれました。そして気が付きました。それまでただそこに立つだけだった自分が、自由に動けるようになっていたことに。お姫様と同じ、人の形をしていることに。


 鏡は自由な体を手に入れました。


 それからは大変でした。島中に捨てられた物を集め、二人の家を造りました。家の造り方は知っていましたが、自分達の手で作るのはすごく大変でした。


 お姫様は次々に、色々なものに命を与えました。椅子、テーブル、鎧、暖炉、ありとあらゆるものに少しづつ命を分け与えました。



 寂しさも、悲しさも、どこかにいなくなりました。



 それから数十年経ち、お姫様は鏡に聞きました。戦いはまだ続いているの。お父様は無事なの、と。


 鏡は答えました。魔王様が優勢です。もちろん無事ですと。


 お姫様は良かったと嬉しそうに笑いました。




 ――全て嘘でした。


 魔王様は既に死んでいました。お姫様が生まれた国は、もうどこにもありませんでした。


 そうして鏡の嘘により守られた、幸せな暮らしを続けていたある日、魔界全体に異変が起き始めました。


 人間が、資源を求め魔界に攻めてきたのです。


 彼らは銃や爆弾など、魔族が初めて見る武器を持っていました。そんな人間が何千人もまとめて攻めてきたのです。


 魔界は大混乱に陥りました。人間の武器に、数に、いくら魔王達でも太刀打ちできなかったのです。


 鏡は全てを知っていました。


 このままでは魔界は滅びる。この島もいずれ人間に見つかり、お姫様も殺されてしまうと。


 鏡は決意しました。生き残っている魔王の国を巡り、魔界を守るために力を合わせるよう呼びかけようと。


 お姫様は行かないでと言いました。鏡に何かあったら私は耐えられないと。


 しかし鏡は言いました。お姫様には既にたくさんの家族がいると。人間達を追い返したら、必ずお姫様の元に帰ると。


 涙を流すお姫様を抱きしめ、鏡は旅に出ました。


 旅は険しいものになりました。魔物に襲われ、人間に見つかることもありました。しかし鏡は旅をやめませんでした。


 全ては魔界を、お姫様を守る為でした。


 生き残った魔王達に会い、魔界を守るため力を合わせよう。いくら魔王達でもバラバラに戦っては勝てない。鏡は生き残った魔王達にそう言って歩き続けました。


 鏡を追い払う魔王もいましたが、鏡は諦めず何度も交渉しました。


 その努力が身を結び、ついに魔王達は手を取ることを選びました。


 それを見た鏡はお姫様の元に帰ることにしました。これならきっと大丈夫だと。


 しかし気付いてしまいました。お姫様のいる島に、人間達が攻める準備をしていることに。


 鏡は魔王の一人に頼みました。空を飛べる魔物を貸してくれと。


 魔王は引き受けてくれました。魔界でも一番早く飛べるドラゴンを鏡に与えてくれました。


 空を飛びながら、鏡は不安で泣きました。お姫様の様子を見ようと思っても、視界がぼやけて何も見えませんでした。



 ――鏡が到着すると、家はぐちゃぐちゃに壊されていました。お姫様が命を与えた家族はみんな壊され、何も喋りませんでした。


 家の残骸を必死にどかし、お姫様を見つけました。


 かつて雪のように白かったお姫様は、全身から真っ赤な血を流していました。


 お姫様は辛うじて生きていました。だけどすぐに死んでしまうと鏡は悟りました。



「おかえりなさい鏡さん。帰ってきてくれると信じてた。貴方は嘘を吐かないって知ってた」



 そう言って、お姫様は動かなくなりました。鏡がいくら呼んでも眉一つ動きませんでした。


 鏡は声を上げて泣きました。必死に考えました。どうしたらお姫様を助けられるかと。お姫様の命はどこかに残ってないかと。


 ――そして気が付きました。自分こそ、お姫様の命の欠片だと。これを返せば、自分の全てを捧げたら、お姫様は助かると。



 迷いはありませんでした。それをしたら、自分は消えてしまうと分かっていました。迷いは欠片もありませんでした。



「僕はきっといなくなるけど泣かないで。僕は世界のどこかで君を見守ってるから、たくさん笑った顔を見せて」



 動かなくなったお姫様を抱き寄せ、キスをしました。自分の命を、これまでの全てをお姫様に注ぎ込みました。




 ――――そして、鏡という意識は消えてしまいました。




 平和な世界がありました。人間は滅びてしまいましたが、魔界は一人の魔王様によって平和な、優しい人達で溢れていました。


 魔王様はとても優しく、美しい少女でした。


 困っている人を見つけたら手を差し伸べ、怪我をしている人がいたら優しい力で癒しました。


 そんな魔王様に、多くの魔族が結婚を申し込みました。しかし魔王様がそれを受けることは決してありませんでした。


 魔王様の部屋には、美しい鏡がありました。


 魔王様は毎晩鏡に話しかけ、自分の命を与え続けました。しかしその鏡は決して喋りませんでした。


 ある日の晩、魔王様がいつものように鏡に話しかけていました。しかしその日は違いました。今まで笑顔で話しかけていた魔王様は、ついに泣いてしまいました。


 涙が溢れ、大声で泣きました。


 帰ってきて。私を一人にしないで、と子供のように泣きじゃくりました。


 泣き疲れた魔王様は、眠るように鏡に寄り掛かりました。そしてその指が、鏡に触れました。


 その瞬間、鏡が眩しく光りました。かつてあの島で、初めて魔王様が触れた時のように。


 魔王様は誰かに抱きしめられていました。懐かしい、忘れるはずのない温もりに包まれました。




「――もう泣かないでお姫様」



 その声に、その言葉に、お姫様はまた泣いてしまいました。


 そして何度も涙を拭いながら言いました。



「泣いて、ないもん」

 



 Fin

 



 

 

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