第18話

「そうでしたね。用があるのはエラーの方ではなく、宗次郎の娘、裏道ミチルあなたでした」


 ミチルに視線を移したミッシェルは、信じられない内容を平然と言ってのけた。


「あなたのダッド、宗次郎はここにはいません。しかし、あなた宛のメッセージを預かっています。勿論、内容はあなたが知りたがっている宗次郎殺害に関するものです」

「は?」


 耳を疑う言葉に、奏多の口からは奇妙な声音が漏れた。


 ――こいつ、今なんて言った? ……殺害? 一体何のことだよ!? 裏道さんのお父さんの死因は心筋梗塞か薬物の過剰摂取だってノブが……。


 動揺でまばたきが多くなる。奏多の心拍数が急激に上昇。


「その様子では、どうやら彼女の目的を聞かされていなかったようですね」


 程なく、冷笑を浮かべたミッシェルの顔がぐにゃぐにゃと歪みはじめる。


「彼女の目的は父を殺害した犯人を見つけ出して報復することなんですよ。なにも知らないあなたは彼女の復讐劇の駒として都合よく使われたに過ぎません」


 嫌味なほどに落ち着き払った声音が頭蓋の奥で鳴り響く。クラスメイトの父親が殺害されたという事実を受け入れたくなかったのか、それとも、彼女に騙されていたという現実が受け入れ難かったのか、少年の顔色は急に歳をとってしまったかのように、ひどく濁る。


 わずかに残った気力だけを頼りに、何かの間違いだよなと少女の横顔に視線を送るも、少女は少年に見向きもせずに平然と話を続けた。


「無駄話は終わり。それより父からの伝言を聞かせてもらえるかしら」


 刹那、内臓が震えるほどの激しい怒りに、少年はどうにかなってしまいそうだった。


「復讐なんてくだらないことをするために僕を騙したのかッ!」


 これ程までに不愉快な気分になったのは生まれてはじめてだった。興奮が抑えられず怒りで震える少年は、少女を怒鳴りつけた。


「騙す……? 私がいつ天道くんを騙したのかしら? それに言ったはずよ、私はジュリエットが嫌いだと。同じ悲劇でもハムレットの方がまだマシね」

「僕は裏道さんが幸せになると思ったから協力したんだ、復讐の手助けをするなんて知っていたら、僕は裏道さんをこんな所に連れて来なかった!」

「そう。連れてきてくれたことに関しては素直に感謝しているわ。ありがとう、天道くん」

「よくもそんなことが言えたもんだな!」

「はぁ……天道くん、案内人というものわね、黙って案内すればいいの。ただ、それだけでいいのよ。ごめんなさい、ミッシェルだったわね。気にせず話を続けてもらえるかしら?」

「なっ!?」

「宗次郎を殺害したのはあなたの叔父、裏道京太郎とその部下、間宮浩二という男です。宗次郎はあなたに仇を打ってほしいと言っていましたよ。それと【人類永久計画】ですが、あれは破棄してくれのことです。そのための鍵は母親の墓石に隠したと言っていました。あなたはそれを使ってトリック製薬をぶち壊しちゃってください」


 少年を無視して話を進める二人に、少年の堪忍袋の緒が切れる。


「――なっ、なんだっ!?」


 立ち上がり少女へと手を伸ばしたそのとき、けたたましいサイレンが宇宙に鳴り響いた。


「――――!?」


 宇宙空間が騒然たる色に染め上がっていく。目が眩むほどの回転灯が視界を遮った。次いで部屋の至るところにディスプレイが浮かび上がると、【緊急事態】の四文字が宙に刻まれる。


「これは失礼、誤って通報ボタンを押してしまいました」


 見せつけるようにテーブルの隠しボタンに視線を落としたミッシェルが、にんまりほくそ笑む。


「何考えてんだよお前っ! それじゃあMr.チェイサーとかいう黒スーツが来ちまうじゃないか! ……ってまさか、はじめからそのつもりで」


 とんでもないと否定するミッシェルが懐に手を忍ばせる。そこから何かを取り出した。


「これを耳に当てれば特殊な周波数が発生し、魂は肉体に強制送還されます。予言者たる宗次郎が開発した装置ですよ」


 通信機器のような機械を少女に手渡すミッシェル。


「さぁ、あなたの役目を果たしに行くのです。何より宗次郎がそれを望んでいます」


 強制送還装置に視線を落とした少女が、少年を一瞥。


「天道くんはどうなるのかしら?」

「ご心配には及びません。監視塔周辺には普段よけいな魂が迷い込まないよう、特殊な周波数が発せられています。従ってこの場所では彼の能力も発動しません」

「なんだとっ!?」


 少年は慌てて能力を発動させるが、何も起こらない。何度心で念じても、意識が吸い寄せられるあの奇妙な感覚がやってこないのだ。


 還れない、そう思った途端、極度の不安が少年に襲いかかる。指先はあっという間に氷のように冷たくなっていた。


「さぁ、お行きなさい。あなたの使命を果たすのです」


 管理者は案内人を置き去りに、一人で還るよう少女に声をかけた。


「裏道さん……」


 少年はすがるような思いで少女を見た。

 されど、少年を見つめる少女の瞳からは、本来の美しい輝きが消えていた。


「ごめんなさい、天道くん」

「ごめんて……なんだよ?」

「………」

「……嘘だろ? ねぇ、冗談なんだよね? ツンしかない裏道さんでも、さすがにそんなことしないよね? ねぇ……何か言ってよ」

「……ごめんなさい」

「こんな時に素直に謝ってんじゃねぇよ! そこはソーリーだろ! ソーリーって言ってギャグにして笑いにして一緒に還るところだろ! なに普通に謝ってんだよ! つーか謝って済むわけないだろ!」

「ええ、そうね。……だけど、あなたなら問題ないわ」

「は……? なんだよそれ? ふざけんじゃねぇよ! 僕はスーパーマンじゃないんだよ!」


 張り裂けんばかりに怒鳴り散らす少年の叫びを最後まで聞くことなく、少女は黒い機械を耳に押し当てた。


「――――」


 それは一瞬のできごとだった。神隠しにでも遭ったかのように、少年の前から少女が消えた。


「そんな……うそだろ………こんなのって………」


 膝から崩れ落ちた少年の眼前には、今しがた少女が使った機械だけが転がっている、無意識に拾い上げた少年は、先程の少女を真似するように機械を耳に押し当てた。


「無駄ですよ。一回分のエネルギーしかありませんから。それはもうガラクタです」

「……」


 放心状態の少年は管理者の少年と目が合う。

 わずかな静寂の後、少年は烈火の如く吠えた。


「この野郎ぉおおおおおおおおおおおお!」


 立ち上がると同時に駆け出した少年は、眼前の少年を殴り飛ばしてやろうと突っ込んだ。


 しかし、少年の行動などお見通しだというように、あっけなく躱されてしまう。

 固く握りしめた拳に力を込めた少年が三度噛みついた。


「お前は裏道さんに、彼女のお父さんからの伝言だと言ったな。でも、あれは嘘だ!」

「うそ……? なぜ、そう思うのですか?」

「親が子供に人殺しなんてさせたいわけないだろうがッ!」

「ぷっ、何かと思えばくだらない。ではお尋ねしますが、彼女の復讐に手を貸して、ボクにどのようなメリットがあると……?」

「トリック製薬の連中はアビルゲートを使用し、自在にこちらの世界に来ることが可能だ。それは言ってしまえばハッキング行為。お前やMr.チェイサーはゲートの破壊を考えたが、ここから出られないお前たちでは当然それは不可能。だから第三者を利用して、お前たちはアビルゲートを破壊しようと企てたんだ!」

「ぷっ、あははははは――」


 傑作だと哄笑するミッシェルに、「何がおかしい!」激しい口調でたたきつけた。


「だってあなた妄想力が豊か過ぎますよ。でも、まぁ……そうですね。アビルゲートを破壊したいことは事実です。よくお気づきになりましたね。そこだけは褒めてあげますよ」


 いちいち癪に障る言い方をするミッシェルを、奏多は一発だけでもぶん殴ってやりたいと思っていた。


「ボクを殴ってやりたいとお考えかも知れませんが、そんな悠長にことを構えていて大丈夫なんですか?」


 ミッシェルは浮かび上がった映像を観ろと言わんばかりに手を差し出す。そこには雷門を通り、石畳を歩く黒スーツ――Mr.チェイサーの姿が映し出されていた。


「……っ」

「門を抜けた先に人がいなかったのは、ここが特別な場所だからです。つまりあの門より内と外では周波数が異なるということ。あなたが助かる方法は一つだけ、あの門を超えることです」

「なんでそれを僕に教える?」

「相手はMr.チェイサーですからね、どうせ教えたところで超えられません。なにより早々にあきらめてあっけなくデリートされたらつまらないじゃないですか。ここには娯楽なんてものはありませんから」


 ――要は僕が娯楽ってことかよ、舐めやがってっ……。


「お前の思い通りになんてなってたまるか! 僕は何があってもここを生き延び、お前の悪巧みも、裏道さんも全部止めてやる! その時に吠え面をかくなよ!」

「無理だと思いますよ? あなたはここでMr.チェイサーにデリートされる運命なので」

「一生言ってろっ!」


 急いで来た道を引き返した奏多は、開いていたエレベーターに飛び乗る。


 ――ゴンッ!


 閉まる寸前、「せいぜい面白いムービーショーにしてくださいね」不愉快な声音に拳を振り抜いた。



「今に見てろよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る