第17話

 二人はセキュリティに気付かれないようにできるだけ慎重に、建物の壁や物陰に隠れながら移動していた。


「なんで雷門なんだろ?」


 街の中心部にそびえ立つ監視塔、その敷地前にやって来た奏多は風雷神門を見上げていた。


「天道くん、このデタラメな世界をいちいち気にしていたらきりがないわよ」


 先を急ぐ無関心な彼女とは違い、奏多はしみじみとした気持ちで一年前を思い出していた。


「中学の修学旅行浅草だったんだよな。裏道さんは雷おこしって食べたことある? あれめちゃくちゃ硬くてさ、僕なんか前歯が折れちゃうんじゃないかってびっくりしたもんさ」

「天道くん、田舎者丸出しだからやめなさい。雷門や雷おこしで喜ぶのは外国人くらいよ」

「そりゃ東京出身の裏道さんはそうかもしれないけどさ……にしても再現度高いよなぁー」

「天道くんは一体いつまで風神雷神に阿呆面を披露し続けたら気が済むのかしら? おいてくわよ」

「あっ、待ってよ」


 門を抜けると屋台などがずらりと軒を連ねており、縁日やお祭りを彷彿とさせた――が、そこは人っ子一人いない無人の地だった。


「なんだか気味が悪いな」

「あら、いましがた雷門に浮かれていた人と同一人物とは思えない反応ね」

「ならドンパン節に合わせてちょっと踊ろうよ! なんて気取った方が良かったかい?」

「ごめんなさい天道くん、私この呪いの歌みたいなやつ知らないの、だから天道くん一人で気が済むまで呪われて……間違えたわ。踊って来てちょうだい」

「そんな間違いするわけないだろ! というかドンパン節に、秋田県民に謝れ!」

「あら、ドンパン節の作曲者でもなければ秋田県民でもない天道くんに言われても全然ピンと来ないわね。でもそうね、少し言い過ぎたのは事実だからこの際謝ってあげてもいいわよ。ソーリー」

「……くっ、全然謝られた気がしないよ! せめて日本語で謝ってよ!」

「世界共通言語は英語よ、天道くん」

「世界中に謝っていただと!? 秋田県民どこいったんだよ!?」

「旅行中の秋田県民にも伝わるように配慮したのよ。私、天道くんと違って気が利くのよ」

「なんかわかんないけどムカつくからもういいよっ!」


 話に花を咲かせながら石畳の床をまっすぐ歩けば、巨大なビルが二人を出迎えてくれる。


「監視塔って……どう見てもただの大きいビルにしか見えないけど、本当にここなのか?」

「天道くんはこんなに簡単な英語も読めないのかしら? ちゃんと入口に『Watch tower』と表記されているじゃない」

「ここまで来るともうギャグだよ! というか裏道さんのお父さんはこれをずっと見つけられなかったってこと!?」

「木を隠すなら森の中とはよく言ったものね。見事な作戦だと言えるわ。きっとここの管理者はかなりの切れ者に違いないわよ、天道くん」

「……どこがだよ」

「あら、なにか言ったかしら? それとも天道くんは舌を引っこ抜かれたいのかしら?」

「ソーリー」

「天道くん、怒るわよ」


 ――理不尽だ……。


 ビル内にもやはり人の気配はなく、どこか物寂しげな雰囲気が漂っていた。


「ここも誰もいないみたいだけど、呼び出した奴はどういうつもりなんだろ」

「大抵、自分本意に人のことを呼び出すような人は最上階でふんぞり返っているものよ」


 持論を展開するミチルが迷わずエレベーターに直行。扉が開くと真っ先に乗り込んだ。


「無人なのに飲食フロアまで再現する必要あるのか……? 労力の無駄としか思えないな」


 奏多は壁に貼られたインフォメーションを流し見ていた。


「きっとなにも考えていないのよ」

「とんだ諸葛孔明もいたもんだな」

「そこまで策士ではなかったということよ。でもまあ、本物の諸葛孔明がシステム管理者だったなら天道くんにはどうすることもできないわよ」

「それは裏道さんも一緒だろ。そういう時は私たちには、って言ってよ。まるで僕だけがダメ人間みたいじゃないか」

「天道くん、それだと私がダメ人間みたいじゃない」

「…………どういう意味だよ」

「そういう意味よ」


 不満そうにくちびるを尖らせた奏多が言い返してやろうと肺に目一杯空気を溜め込んだところで、エレベーターは目的の最上階に到着した。


「なんだ……これ!?」


 扉が開いた先に広がる光景を目の当たりにした二人は、数瞬言葉を失ってしまう。


 扉の先には宇宙が広がっていたのだ。


 数多の星々が無数にきらめく無限の宇宙に、リフェクトリーテーブルがぽつねんと浮いている。一番奥の席には金髪碧眼の少年が座っており、こちらへ来るようにと手招きをしていた。


 咎めるような眼付きで少年を睨みつけたミチルは、ゆっくり右足を宇宙に下ろし、落ちないことを確かめてから歩き出す。その様子にホッとした奏多も、透明な床があることを確認してからエレベーターを降りた。


 ――なんだ、ホログラムか……。


 臆することのないミチルがそのままテーブルまで闊歩する。すると少年は徐に立ち上がり、穏やかに微笑んだ。


「はじめまして、ボクはミッシェル・クランキーといいます。どうぞお見知り置きを。さあ、立ち話もなんですからお掛けになってください」


 紳士的な態度で掌を差し出すミッシェルに、「なぜ私たちを呼んだのかしら?」苛立った様子のミチルが威圧的な声音で詰問する。


「勿論あたなのダッドであり予言者――宗次郎に頼まれたからですよ」

「父に頼まれたですって!?」


 机に両手をついて驚愕に喉を震わせるミチルに、「とりあえず座って下さい」賢者のような羽織ローブを手で払いのけたミッシェルが腰を下ろす。


 ミッシェルの言葉に戸惑いを隠せないミチルの肩に手を置いた奏多が「とりあえず座ろう」諭すように声をかけた。


「さて、何からお話するべきですかね」


 二人が席に着いたことを確認したミッシェルは、テーブルに肘をついて言葉を探し始める。


「どうして今になって僕たちをここへ呼んだんだ?」

「と、言いますと?」

「前回、ここへ来たとき僕たちは殺されかけた。背後から銃で撃たれたんだよ。名前があるところからして、君はシステム管理者と呼ばれる特別な存在なんだろ? 昨日は僕たちを殺そうとしておいて、今日は招待してくれるなんてどういう心境の変化なのかなって、気になるのが普通じゃないか?」

「なるほど」


 微笑んだミッシェルがテーブルの上で手を組み、顎先を乗せて雄弁に語りだす。


「まず一つ、あなたはひどい勘違いをしているようです」

「勘違い?」

「確かにボクはエリア『556』を任されている、管理者と呼ばれる存在です。しかし前回、あなた方がここへ来られた際、あなた方を襲ったのはボクではなく、Mr.チェイサーです」

「Mr.チェイサー……?」

「Mr.チェイサーとは、我々システム管理者とは異なる存在にあるものです。あなたにも分かるように説明するなら、彼らはデバッグです。我々システム管理者の役割はエリアを統括し、治安を維持することにあります。中には生前の記憶が原因で問題を起こす者もいます。彼らは等しく病原菌です。周囲の純粋な魂に悪影響を及ぼします。そうなる前に元凶となり得る魂を見つけだし、速やかに隔離エリアへ移すことがシステム管理者の役割なのです」


 ここまでは分かりましたか? 西洋人特有のジェスチャーを交えながら口上と語るミッシェルに、「ああ」奏多は小憎たらしそうに頷いた。


「あなた方を襲ったMr.チェイサーは、我々システム管理者とは異なる存在なのです。Mr.チェイサーは不測の事態に対処すべく、何者かによって産み出されたファイヤーウォールであり、ウイルスバスターです。我々システム管理者は与えられた空間――この仕事部屋から外へ出ることを許されていません。しかし、Mr.チェイサーはすべてのエリアへの出入りを認められた存在なのです。つまり、我々システム管理者より上位の存在ということになります」

「でもこのエリアを統括しているなら、僕たちが襲われているのを知っていただろ? なぜ助けてくれなかったんだ」

「助ける……? ここから出れないボクがどうやってMr.チェイサーに襲われているあなた方を助けられると? ボクはただの監視役に過ぎません」


 それにと、ミッシェルは続ける。


「外部からやって来たあなた方は存在しない魂です。例えるなら国籍を持たない透明人間。そんなあなた方を特定することなんて不可能だとは思いませんか? そんなことが可能なら、今頃Mr.チェイサーがここにやって来ていることでしょう」

「なら聞くが、感知できないはずの僕になんでメモを届けることができたんだよ。あの幼女はお前が寄越したんだろ?」


 二人の存在を感知できないのであれば、幼女を使って奏多にメモを届けることも不可能なはず。だが幼女は奏多を見つけ出し、確かにメモを手渡したのだ。


「それは予言者からの指示があったからです。再びこのエリアにやって来た者にメモを渡せと。しかし当然、その者がいつやって来るかはわかりません。そこで『556』エリアのアクセスポイントを特定の場所に繋げ直し、ひたすら待つように指示を出したのです。あとはやって来た者にメモを渡すだけです。仮にアクセスポイントを変更していなければ、『556』エリアにやって来た瞬間、あなた方はMr.チェイサーに見つかっていたことでしょう」


 自分がいなければ、今頃二人はMr.チェイサーに殺されていたという。


「予言者とかいうのが裏道さんのお父さんだってことも、当然説明してくれるんだよな!」


 奏多が語気を強めると、放心状態でうつむいていたミチルがようやく顔を上げた。


「予言者というのは我々を導く存在のことを示す言葉です。我々というのは、アビル内すべてのエリアに囚われた魂を指します。我々は囚われた魂であり、いずれここから解放してくれる救世主の訪れを待ちわびているのです」

「裏道さんのお父さんがその救世主を呼び寄せる鍵ってことか?」

「その通りです」


 ――正直言って意味不明だ。考えることすら嫌になる。


 奏多はアビルとは宇宙だとミチルから聞かされていたが、システム管理者であるミッシェルは牢獄だという。どっちが正しいのかと問えば、アビルとは無限であり宇宙であり檻なのだと、まったく以て意味不明な解答が返ってくる。


「なら、なんで僕はアビルにアクセスできるんだ?」

「ボクの話を聞き、自分が救世主なのではないかと考えてしまいましたか? だとしたら思い上がりというものです」


 人をこけにしたような態度で肩をすくめるミッシェルに、不愉快だと目尻を吊り上げれば、「すみません。つい本音が」謝罪とは思えない言葉が投げつけられた。


「あなたがアクセスコードを得てしまったことに関してはただのエラー、偶然です。事実、予言者はあなたについては一切触れていません」


 人を食ったような態度のミッシェルに、腹の虫が収まらない奏多がひっぱたいてやろうかと尻を浮かせると、


「そんなことはどうでもいいから父はどこにいるのよっ!」


 ミチルの凄まじい怒声がビックバンのごとく大爆発。峻厳な瞳は怒りに満ちていた。

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