第3話 vs風呂と隠し
「使い方、分かりますか?」
「・・・一人でいい」
「駄目です。お手伝いします」
「嫌」
「どうしてですか?」
「・・・キモい」
「えっ」
「はい、じゃ」
ガラガラっと勢いよく閉められた戸の前で、精霊は立ちすくんでいた。
例の少女の風呂の手伝いにと、平然と付いてきたのだが、あっさりと追い返されてしまった。
(王都式シャワーの使い方、分かるかな)
彼女の出身である西部地方は、貧困層の
恐らく、彼女の知る風呂となれば、どこかに水を溜めて入るだけのものをいうのではないだろうか。
シャワーという概念を知っているのか以前に、熱いお湯がはられていることを知っているのかすら心配である。
しかし、まぁなんとかするか。と適当に考えを纏めると、精霊は風呂場の前に待機した。
そのまま、王宮の風呂場と言ってしまうと、普通は大浴場のことを指してしまう。
多忙故に泊まり込みの多い王宮魔法使いや、社畜の王宮役員(魔法使いだが、主な仕事は事務など、王宮の運営、王宮魔法使いのサポートが仕事の方々)
らも使用できるもので、非常に広く、洗い場がいくつもあり、常に人も多いような場所だ。
無論、良い場所なのだが、彼女をそんな場所に放り込めるはずもなく、別の王宮魔法使いの部屋に付属している風呂場を借りた。
王宮魔法使いというのは、王宮に仕え、王族直属、国直属で働く魔法使いらの事を指す。
確かに、貴族出身の者が多いことも一概に否定は出来ないが、それ以上に実力が求められる現場だ。
王宮魔法使いには、大賢者、賢者という二段階がある。
フランは大賢者の方で、リーデル王国で五人しかいない最高峰の魔法使いだ。
賢者となると、いわゆるそれのワンランク下。
平均年齢が最早人間のそれではなくなるような大賢者とは違い、こちらには若手もいる。
賢者にも、二十代の女性がおり、快く風呂場を貸してくれたのだ。
さてどうなるか、と風呂場の壁に聞き耳を立てていると、湯が熱くて驚く声、シャワーの水圧を強くやりすぎて驚く声、等、予想通りのリアクションがされている。
シャンプー、トリートメントは事前に伝えたため大丈夫なようだ。
(けど、どうして手伝うことを否定されたのだろう)
知らない場所なら、知っている者の知恵を借りることは何もおかしな事ではない。
大方、彼女のプライドがそれを許さなかっただけとも考えられるが、それにしては拒絶のような態度を取られた。
(あ、あの子。服着たまま入った・・・)
そこでようやくそれに気がついた。
もとより、服というよりは布を身につけて大事なところを隠しただけのようなものだが、それでも着たまま入った。
(体に傷があるのか)
一番可能性が高いのはこれだろう。
が、王宮魔法使いにも、大きな傷を負った者は多いが、彼らはそれを勇敢に戦った結晶と言わんばかりに見せびらかす。
どうやら、彼らのそれとは違うようだ。
そして、あっさりと覗く決断をした精霊は、遠視魔法を発動し、風呂場を覗いた。
それほど劣悪な環境にいたのだろう、泡や流す水が黒く染まっているのは、この際一旦置いておいて、少女の体に視点を変える。
「っ!?」
精霊が思わず息を呑んだその途端、
「殺すぞ」
壁を突き破って、光の矢が飛んできた。
本気の殺意は込められていないようで、精霊のすぐ横を通過した光は、激突した壁を粉砕した。
「殺されたいのか。去れ」
少女は、風呂の中から言い放った。
恐らく、遠視魔法を展開していたことを、探知魔法で探知されたのだ。
ジュナは、魔力を隠すことを、非常に得意としている。
探知魔法に引っかからないことなど、造作もないことだ。
しかし、この少女に通じなかった。
「どっちにしろ見られたくない。去れ」
今度ははっきりと、見られたくない、と口にし、同じく退去を促した。
これ以上いては、死にはしなくても何故か身の危険の感じようが破格であることは精霊にも分かり、素直に脱衣所を出た。
髪と体の汚れを落とし、湯船にも浸かり、少女は脱衣所に出た。
入念に、風呂場から探知魔法を使い、監視は無いと確認してからだ。
黒ずんでいた髪や体は元の色を取り戻し、普段青白い肌は、ほのかな桃色を纏っている。
髪はどうやら金髪だったようで、濡れて肩につく程度のボブ丈だ。
びしょ濡れのまま脱衣所に出てきたため、水が滴りながら、置いてあったタオルを手に取る。
(・・・・・・・・・・・・気持ちよかった・・・・)
温かい湯に浸かるという行為が、これほど気持ちのいいものだとは知らず、少女は感動を押さえ込んでいた。
しかし、悠長にはしていられない。
全てを隠す。
「どうでしたか?」
「悪くなかった」
「それは良かったです」
少女が呼んでくれたため、精霊は脱衣所に入っていた。
先ほど一瞬覗いた風呂場で見たものは、そこにはなかった。
見間違いだと思わざるを得ないようだ。
しかし、それを少女に尋ねては、死ぬ未来しか見えないため、いたって平然と振る舞う。
「こちら、どうぞ着て下さい」
「・・・・・・・・・・・・」
精霊が差し出してきたのは、服だ。
しかし、少女の知っているそれとはほど遠い。
腰で縛り、そこからはふわっとしたスカートがついている。
形自体もそうだし、見るだけでも、明らかに質の良い布で作られたものだと分かる。
貴族連中の装いだ。
「いらない」
即答だ。
そんなものを着るなど、恥を晒すも同然。
「ばっかみたい」
「・・・そうですか」
どうやら少女がそう断ることを想定していたのか、背後から、もう一つの服を取り出した。
「だからいらない」
さっきまで着ていたものを洗濯なりしてくれたらそれでいいのだ。
しかし、今度はしぶとくそれを差し出してくる。
「せめて。目立たないためでもありますよ」
白いワンピースだろうか。
特に装飾も何もない、シンプルなものだ。
あの程度なら、村の中では裕福であった子供が着ていた。
「・・・・・・チッ」
舌打ちしながらそれを受け取った。
精霊は、それに満足したように、少女の髪を乾かしたり、手を貸してきた。
「素敵な金髪ですね」
頭をタオルで拭きながら精霊が言ってきた。
こうして後ろから頭を触って貰ったことはなかった。
僅かに少女の頬が緩むが、その発言の内容に、またすぐ表情が戻る。
「好きじゃない」
「そうなんですか?」
「当たり前」
どうしてなのだろう。
精霊も首を捻った。
髪の色は、人気な色や、生まれつきの品格を表すものすらある。
金髪はリーデルの女性にとって憧れの色だ。
わざわざ染める者も多い。
この少女がわざわざ金髪に染めたとも思えないので、そうなれば遺伝だろうが、貧困層で金髪の家があるのは意外だ。
金というだけあって、貴族に多い髪色だからだ。
髪色すらも身分を見分ける対象になるこの国の思考がおかしいことは確かにそうだが、
(貴族だと思われるのが嫌なのか)
中々ややこしい思考を持った子だ。
自分の貧困な出自を嫌っているようだが、貴族のように扱われることもまた嫌う。
貴族のように裕福に生きたかったとも思わない。
(まぁ思考なんて人それぞれか)
「はい。牢病院の一室にひとまず」
「今すぐ死ぬ、と言われたらどうしようかと思いましたが、そこまででもないようですね」
一旦は落ち着いた状況に、フランとジュナは安堵していた。
王宮医師の元で診察を受けさせたのだが、過度の栄養失調に違いはないが、餓死寸前は言い過ぎとのことだった。
少女は牢病院という、病気を煩ったワケあり犯罪者を収容する病院に預けた。
王宮の近く、リーデル城内に建てられた建物だ。
彼女の身も一時的ながら隠せる。
「フラン大賢者」
不意に、扉の向こうで声がかかった。
ジュナが扉を開けると、そこにいたのは、先ほど少女の診察を任せた王宮医師だった。
「どうしました?」
追加で薬でもあったのだろうかとフランが問うと、医師はフランに近づいて、息を潜めながら口を開いた。
「先ほどのお嬢さんの事で少し、お伝えしておきたいことがありまして」
「「?」」
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