#18 断末魔

 森の《最深部》《メガディープ》にて。


 一人の冒険者が、必死に森の中を走り回っていた。

 まるで、から追われているかのように。


 また、その男は走りながら、どこに届くわけでもない不満を垂れ流していた。


 男の名は、「ハイド・クラウス」

 例の、《最深地》へと足を踏み入れてしまった冒険者の一人だ。








 事の始まりは、あんな規則があったからだ。

 ……いや、あいつらのせいか。


 俺は、まだ「Ⅰ」エーンだ。

 レベルも低く、まともに戦えるのは「E」級の魔物ディスターバーまで。

 それ以上の魔物とは、酷い結果になるだろう。

 それだけは、自信を持って言える。


 だから、安全に経験値稼ぎをしようとこの森に入った。


 スライムなどの比較的狩りやすい魔物たち。

 それに加えて、周りには自分よりかは実力のある冒険者たち。


 一人で狩りをしている際は、何度か命の危険を感じることもあったが、ここにいる人数は少なく見積もっても25人はいるだろう。


 5人ほどは、中級者と言っても過言ではない実力を持っている。

 階級が「Ⅱ」トゥウェー以上の人間がいるのなら、とこの森に入ることを選んだ。





 しかし、俺は選択を間違えた。





 森に入ると、「Ⅱ」以上の階級の奴らの態度が急変。

 進路の決定までもがあいつらによって行われた。

 初心者の俺たちに、決定権などあるわけもなく、行動をともにすることを余儀なく決定された。

 一番ひどかったのは、あいつらの経験値稼ぎの駒となることを強制された点だ。


「Ⅲ」ドゥリーの人間が俺たちに出した指示は、「魔物を見つけたら、倒さずに俺たちに報告する」ということ。


 簡単に言えば、俺たちはその時点でこの森にいる理由はなくなった。

 なぜなら、もう俺たちが魔物を狩る機会は訪れないからだ。


 結局逆らえるわけもなく、魔物を発見してはあいつらに倒させるという、いわば茶番が行われた。



 ある程度の魔物を狩り終わると、森の入口付近の魔物はほぼいなくなり、「《最深地》に行く」と言い出した。


 あいつらからすれば、魔物探しは自分たちでやらなくて済む上、ここらへんよりも強い魔物が「スポーン」するため経験値も稼ぎやすい。


 行かない理由のほうが少なかった。









 賢い人間たちは、おそらくもう森を出たのだろう。

《最深地》に行く前に集合した際は8人ほど減っていた。


 俺もそうしておけばよかったとつくづく思う。









《最深地》につくとすぐに異変は起きた。


 前を歩いていたあいつらが、一瞬にして殺された。

 ある者は魔法で顔が吹き飛ばされ、またある者は爪によって切り裂かれていた。


 一番強かったであろう「Ⅲ」の人間も胴と足が泣き別れになっていた。

 それでも即死ではなかったらしく、もがき苦しんでいた。


 そして、そいつの声が聞こえなくなったときに俺らの運命は決定した。


「Ⅲ」のやつが瞬殺されたのに、俺らに何ができる?

 このまま惨殺されるのだろう。

 誰もがそう思っていた。


 その場に座り込んでいるものもいれば、涙している者もいる。

 一言で言うならば「絶望」だ。

 全員が、その場から動くことができなくなっていた。





 しかし、俺はその「絶望」に支配されなかった。

 すぐに森の出口に向かって走り出したのだ。


 後ろからは、肉がえぐれるような音が聞こえてくる。

 先程まで時間を共にした仲間の断末魔のようなものも。












 あれからどれくらい走っただろうか。

 来た道を戻っているはずなのだが、一向に出口が見つからない。


 しかも、まだ《最深地》から出られずにいる。

《最深地》は濃厚な魔力に覆われているため、感覚でわかる。


 いまだに、体を刺す溢れんばかりの魔力。

 それもどこか殺気のようなものを含んでいるようにも感じる。



 せっかくあの場から逃げたというのに、出られないなんて嫌だ。

 死にたくない。



 俺は頭を抱えて座り込んだ。






 その時だった。

 後ろから、月のような形をした斬撃が飛んできた。

 

 先程立っていたときの頭の位置に。


 斬撃の発生源の方に顔を向けると、化け物がいた。


 あいつだ、みんなを殺したのは。



 狐とも狼とも言えない容姿をした魔物。

 大きさは、10メートルほどだろうか。

 その圧倒的なオーラは、まるで災害と対面しているようだ。


 心臓の鼓動が早くなり、呼吸が乱れる。

 全身に鳥肌がたち、手足は震えている。



 ……勝てるわけがない。



 先程の攻撃は、間違いなく俺の命を一撃で奪うものだった。


 運良く一回目の攻撃が当たらなかったこと、今生きていることを実感し、俺はここから生存する手立てを必死に探していた。


 しかし、答えなど一つしかなかった。


「逃げる」これしか今の俺にできることはない。



 唯一持っている【スキル】の『俊足』を使い、俺はあの化け物に背を向け走り出す。


『俊足』を使えばあいつからも逃げ切れるかもしれない。

 ………そう思ったのもつかの間だった。




 右足に、あの斬撃が飛んできた。


 あいつに背を向けているため、攻撃の軌道など目視することなんてできない。

 避ける術などなかった。


 右足に激痛が走り、ボトリと地面に落ちる自分の膝から下を目視した。



「うわああああああああっうぐっ、ハァハァ、あああああああああああああああ」



 自分の喉から発せられたものとは思えない奇声をあげ、俺はその場にうずくまってしまった。


 痛みを堪え、上を見上げるとそこには鋭利な爪。






 どこか宝石のように輝いている爪が、こちらに向かって振り下ろされた。







 俺は、この世のものとは思えない激痛を味わった。

 拷問のような、永遠にも感じられるあの長い苦痛を。

 あえて、殺さないように小さく体を刻まれた。



 アイツは楽しんでいた。









 そして、声を上げることすら叶わず、俺の人生は幕を閉じた。


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