第31話 彼しか考えられない

それからというもの、私は彼のことばかり考えるようになっていた。

仕事中も、食事中も、お風呂に入っている時も、

寝る前も、夢の中でさえも、いつも彼のことを考えている自分がいた。

こんなことは初めての経験で、どうしたらいいのかわからない。

それでも、不思議と嫌ではなかった。

むしろ、心地良ささえ感じていた。

そんな日々を過ごすうちに、いつの間にか、彼のことばかり考えてしまっていた。

彼のことを考えると、胸の奥底から、温かいものが溢れ出してくるような感覚に陥った。

それと同時に、鼓動が激しくなり、息が苦しくなることもあった。

これは一体何なのだろう、病気か何かかもしれない、

そう思った私は、思い切って病院へ行くことにした。

診察の結果、特に異常はないと診断されたものの、

医師からは、恋煩いのようなものではないかと言われた。

まさか、自分がそんなことになるなんて思わなかった。

家に帰る間、悶々としながら考えていた。

私は、彼のことが異性として好きなのかもしれない、

そう思った瞬間、顔が熱くなるのを感じた。

だけど、まだ確信はなかった。

だから、もう少し時間が欲しかった、自分の気持ちを確かめたかった、

そう思ったから、一旦保留することにした。

家に帰ってからも、その気持ちが消えることはなかった。

それどころか、日に日に強くなっていくばかりだった。

このままではいけない、そう思って、自分の気持ちを整理してみることにした。

まず、一番最初に思い浮かんだ感情は、嫌悪感だった。

次に感じたのは、恐怖心。

最後に、好意を感じた。その対象はもちろん、あの人だった。

あの人と一緒にいて、安らぎを感じている自分に気がついた時、確信した。

私は、あの人のことが好きなのだと、認めざるを得なかった。

それと同時に、不安にもなった。

何故なら、あの人は私のことをどう思っているのか、分からなかったからだ。

嫌われてはいないはずだ、多分、好かれてもいるだろう、とは思うものの、確証は無い。

もしかすると、ただの同居人としか思われていないかもしれない、そう思うと、胸が苦しくなった。

悩んだ末、勇気を出して、直接聞いてみることにした。

その日、いつものように、夕飯の準備をしていると、声をかけられた。

振り向くと、そこには、あの人が立っていた。

話があると言われて、リビングに行くと、向かい合って座る形になり、

緊張した様子でこちらを見つめている姿に、鼓動が激しくなるのを感じた。

一体、何の話だろうと身構えていると、意を決したように口を

開いた彼の口から飛び出した言葉は、意外なものだった。

その内容とは、私の気持ちを確かめるため、

自分のことをどう思っているのか、教えてほしいというものだった。

予想していなかった質問だったので、戸惑いながらも、

正直に答えようと思ったものの、いざとなると恥ずかしくて、言葉が出てこなかった。

どうしよう、と考えている間に、沈黙が流れる。

そんな中、不意に視線を感じて顔を上げると、じっとこちらを見ている彼と目があった。

その瞬間、胸の奥底から、熱いものが込み上げてきて、何も考えられなくなった。

気がつくと、口を開いていた。

好きです、と伝えると、彼は驚いたような表情を見せた後、嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあキスしようか」

「え? なんでですか?」

突然の申し出に戸惑う私に、彼は言った。

「いや、なんとなく?」

そう言って首を傾げる彼を前に、私は何も言えなくなってしまう。

そして、そのまま唇を重ねられた。

軽く触れ合わせるだけの優しい口づけだったけど、

私の心を満たすには十分すぎるくらいだった。

唇が離れると、名残惜しそうに見つめてしまう。

それに気付いたのか、また顔を寄せられ、今度は深く長い口づけを交わした。

舌同士が絡み合い、互いの唾液を交換する。

頭がボーッとして、何も考えられなくなりそうだ。

やっと解放された頃には、完全に骨抜きになっていた。

そんな私の様子を楽しむかのように、ニヤリと笑みを浮かべる彼。

その表情を見て、ゾクリとした感覚に襲われた。

まるで獲物を狙う肉食獣のような目つきだと思ったからだ。

怖いはずなのに、何故か目が離せなかった。

きっと、この先の展開への期待もあるんだと思う。

「何もしないよ」

「本当に?」

疑うような視線を向ければ、苦笑されてしまう。

確かに、今の状態では何もできないだろうけど、だからと言って安心できるわけじゃない。

現に、未だに抱きしめられたままなのだ。

早く離れた方がいいんじゃないかと思うけど、体が言うことを聞いてくれない。

このまま、この腕の中に居たいとすら思ってしまう。

ダメだ、このままじゃ流されてしまいそうになる。

何とかして、この状況から逃れないと……。

頭の中で警鐘が鳴り響いているのに、上手く思考が働かない。

どうすれば良いのか分からずにいると、急に体を離された。

ホッとした反面、少しだけ寂しさを覚えてしまう自分に呆れるしかない。

とりあえず、距離を取ろうと後退った瞬間、腕を掴まれた。

振り払おうとしても、力が強くて離れない。

そのまま引き寄せられ、抱きすくめられてしまう。

抵抗する間もなく、首筋に顔を埋められる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る