第30話 私は彼が大好き

どのくらいの時間、そうしていたのだろうか、 先に口を開いたのは、彼の方からだった。

名前を呼ばれ、返事をすると、顔を上げた彼と目が合う。

その瞳には、熱が籠っているように見えた。

吸い寄せられるように、顔を近づけていくと、自然と目を閉じた。

唇に感じる、柔らかな感触、何度も繰り返される口付け、

その度に、頭の中が真っ白になっていくような気がした。

どれぐらい、そうしていたのか、わからない、

ただ、すごく長い時間、そうしていたことだけは覚えている。

ようやく、解放された時には、すっかり力が抜けてしまって、

一人で立つこともままならない状態だった。

そんな私を、彼は軽々と抱き上げ、お姫様抱っこすると、

自宅へ向かって歩き出す。

道中、何度もキスをされた。

そのたびに、身体の奥底から、何か熱いものが湧き上がってくるような感覚に襲われる。

結局、家に着くまで、一度も下ろすことなく、ひたすら愛の言葉を囁き続けられた。

ようやく、家に辿り着くと、玄関の鍵を施錠する時間も惜しむように、

荒々しく扉を開き、中へ入っていった。

靴を脱ぐことすら煩わしく感じ、脱ぎ捨てるようにして、部屋の中へ入る。

寝室に向かうと、ベッドの上に下ろされ、押し倒される形となった。

見上げると、熱を帯びた瞳で見つめられ、ドキリとする。

その視線から逃れるように、目を逸らすと、顎を掴まれ、正面に戻された。

そのまま、強引に唇を奪われる。

最初は触れるだけの軽いキスだったが、徐々に深いものに変わっていき、最後には舌を絡め合うほどになっていた。

息継ぎのために、口を離すと、銀色の糸を引く。

それが切れないうちに、再び口付けられた。

何度も角度を変え、貪るように求められたことで、酸欠状態に陥り、意識が朦朧としてくる。

だが、不思議と嫌な気分ではなかった。

むしろ、もっとして欲しいと思ってしまうほどだった。

やがて、満足したのか、ようやく解放してくれた。

「はぁ……はぁ……」

息を整えながら、酸素を取り込む。

「大丈夫か?」

「うん、なんとか……」

心配そうな表情を浮かべる彼に、笑顔で答えた。

だが、正直、全然大丈夫じゃない、今も心臓バクバクだし、呼吸だって乱れてる。

それでも、精一杯強がってみせた。

これ以上、彼に心配をかけたくないという気持ちもあったし、

何より、私自身、もっとしたいと思っていたからだ。

だから、平気だよ、という意味を込めて、両手を広げ、ハグを求める仕草をした。

そうすると、彼は優しく微笑んで、抱きしめてくれた。

その温もりを感じるだけで、幸せな気持ちになることができた。

しばらく、お互い無言のまま、抱き合っていたが、不意に、彼から話しかけられた。

何を言われるのか、ドキドキしながら待っていると、予想外の言葉が出てきた。

それは、とても嬉しい言葉だった。

思わず、涙が出そうになったけど、ぐっと堪えた。

ここで泣いてしまったら、せっかくの雰囲気が台無しになってしまうと思ったからだ。

それに、せっかく想いを伝え合えたのだから、最後まで笑って終わりたい。

だから、泣くのはまだ早い、そう思って、必死に我慢した。

そうして、涙を堪えながら、彼に微笑みかけた。

そうすると、彼も微笑み返してくれた。

その笑顔を見た瞬間、胸がキュンとした。

ああ、やっぱり好きだなぁ、って思うと同時に、この人に出会えて良かったって思った。

そう思いながら、もう一度、キスをした。

今度は、さっきよりも長く、濃厚なものだった。

お互いの舌を絡ませ合い、唾液を交換し合う。

乾いた音が部屋中に響き渡る。

その音を聞く度に、興奮していく自分がいた。

もう、我慢できないと思った瞬間、突然、唇を離されてしまった。

「どうして止めちゃうんですか?」

物足りなさを感じつつ、抗議するように聞くと、彼は困ったように笑った。

「続きは、ベッドでしようよ」

その言葉に、期待が高まるのを感じた。

そうして、私と彼は愛し合いました。

朝目覚めると、隣で眠っていたはずの彼の姿が見当たらなかった。

どこに行ってしまったのだろうと思っていると、キッチンの方から音が聞こえてきた。

そちらに行ってみると、エプロン姿の彼が料理を作っているところだった。

おはようございます、と声をかけると、振り返って微笑む彼。

その笑顔はとても優しくて、見ているだけで心が癒されるようだった。

彼が用意してくれた朝食を食べ終え、片付けを済ませてから出かける準備をする。

玄関まで見送りに来た彼に行ってきますのキスをして、外へ出る。

こうして一緒に住み始めてから、毎日同じような日常を

繰り返しているような気がするけれど、それでも楽しいと思える日々が続いている。

これからもずっと一緒にいたいと思う人が隣にいるということ、

それだけでこんなにも違うものなのだということを、実感することができた。

そんなある日、家に帰った時に見慣れない花が飾られていることに気がついた。

なんだろうと思って近づいてみると、なんとそれは、私が好きな花だった。

一体どこで手に入れたのかと尋ねると、なんと自分で作ったのだという。

びっくりして、すごいですね、と言うと、照れたように笑う彼。

その顔を見た瞬間、胸が高鳴るのを感じた。

もっと知りたい、もっともっと、彼のことを、そう思うようになった。

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