第29話 Kiss
「キスでもしようか」
それに対して、私が答えるよりも早く、再び唇を塞がれた。
今度は先程よりも深く、長い口づけだった。
互いの唾液を交換し合い、飲み込むたびに、体が熱くなっていくのを感じた。
もっと欲しい、もっと味わいたいと、無意識のうちに求めてしまっていた。
それに応えるように、彼もまた、より激しく責め立ててきた。
息苦しさを感じたところで、一度離され、呼吸を整える暇もなく、再び塞がれた。
何度も何度も繰り返され、ついに限界を迎えた私は、意識を失ってしまった。
目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
隣に視線を向けると、そこには素肌のまま眠る彼の姿があり、
昨晩の出来事を思い出し、羞恥心を覚えた。
それと同時に、幸福感に包まれたような気持ちになった。
そっと手を伸ばして、頬に触れてみると、温かく、柔らかい感触が伝わってきた。
いつまでもこうしていたいと思ったが、そういうわけにもいかないので、仕方なく起きることにした。
ベッドから降りようとした時、後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこには笑顔の彼の姿があった。
おはよう、と言って、手を差し出してきた。
その手を握り締めると、引っ張られるようにして、抱き寄せられた。
そのまま、ギュッと抱きしめられてしまい、身動きが取れなくなってしまった。
どうにか抜け出そうと試みるものの、なかなか離れられなかった。
そんな私の様子を見て、彼はクスクス笑っていた。
なんだか悔しかったので、仕返しとばかりに、こちらも抱きしめてやった。
そうすると、一瞬だけ驚いた様子を見せたが、すぐに嬉しそうな表情を浮かべた。
しばらくの間、お互いに抱き合っていたのだが、
さすがに恥ずかしくなってきたので、離れてもらった。
その後、朝食を食べ終えて、身支度を整えると、家を出た。
駅まで歩いて行くと、電車に乗り込む。
座席に座ると、疲れが出たのか、ウトウトし始めた。
ウトウトしている最中、夢を見た。
内容は、私と彼がデートをしている夢だった。
手を繋いで、街を歩き、食事をしたり、映画を見たり、
買い物をしたり、様々なことをした。
どのシーンを切り取っても、幸せそうだった。
そんな夢を見終わったあと、目が覚めて、自分が泣いていることに気づいた。
理由は分からない、でも、なぜか涙が止まらなかった。
拭っても、拭っても、溢れ出す涙を止めることができなかった。
その時、隣に座っていたサラリーマン風の男性が、心配そうに声をかけてきた。
大丈夫ですか、どこか具合が悪いんですか、と聞かれたので、
私は、いいえ、大丈夫です、と答えた。
男性は、そうですか、と言ったきり、それ以上追及してくることはなかった。
そのことにホッとしながらも、同時に罪悪感を覚えた。
もし、あの時、本当のことを言っていたら、どうなっていただろう、
そう考えると、怖くて仕方がなかった。
もしも、信じてもらえなかったら、もし、嫌われてしまったら、
そう思うと、怖くて仕方がないのだ。
そんなことを考えながら、窓の外を見ていると、あっという間に目的の駅に着いた。
改札を出て、駅前に出ると、見慣れた顔が待っていた。
その人物は、私の恋人である彼だ。
今日は、二人でデートをすることになっている。
待ち合わせ場所に着くと、すでに到着していたらしく、
こちらに手を振っているのが見えた。
手を振り返すと、駆け寄って行った。
こんにちは、と言うと、彼も挨拶を返してくれた。
今日の彼は、いつもよりオシャレをしていた。
服装だけではなく、髪型にも気を遣っているようだ。
普段はあまり見ないオールバック風にセットされている。
似合ってますよ、と言うと、ありがとう、と言われた。
照れているのか、頬が赤くなっているように見える。
可愛いな、と思いながら見つめていると、
視線に気づいたのか、顔を背けられてしまった。
残念、と思いつつ、気を取り直して、行きましょうか、と声をかける。
そうすると、こちらを向いて、笑顔を見せてくれた。
その笑顔を見て、ますます愛おしさが増した気がした。
映画館に着くと、事前に予約しておいたチケットを受け取り、
上映時間を確認して、指定されたスクリーンへと向かう。
中に入ると、ちょうど良いタイミングで、アナウンスが流れ、照明が落ちた。
映画が始まるまでの間、小声で話をしながら待つことにした。
話題はもちろん、これから観る映画の感想についてだ。
どんな内容なのか、誰が出演しているのか、など、気になることはたくさんある。
お互いに意見を出し合いながら、盛り上がっていると、いよいよ本編が始まった。
映画の内容は、主人公の女性が、仕事終わりに、友人と食事をしている最中に、
ふとしたことから、ある男性と出会うことから始まるラブストーリーだ。
初めは、ただの友達だと思っていた二人だったが、
次第に惹かれ合っていき、最終的には恋人同士になるという内容だった。
映画が終わり、劇場内が明るくなった後、私たちは余韻に浸っていた。
そうすると、彼が手を握ってきた。
驚いて、彼の顔を見ると、頬を赤らめ、恥ずかしそうに俯いていた。
その姿を見た瞬間、胸が高鳴るのを感じた。
あぁ、好きだな、と思いながら、手を握り返した。
映画館を出ると、近くのカフェに入った。
そこで、感想を言い合ったり、次のデートの予定を立てたりした。
その間、ずっと手は繋いだままだった。
店を出ようとすると、店員さんに呼び止められた。
会計がまだ済んでいないと言われ、慌てて財布を取り出すと、横からお金を差し出される。
見ると、彼が代わりに支払ってくれたようだ。
お礼を言うと、どういたしまして、と言って微笑んでくれた。
店を出ると、再び手を繋いで歩き出した。
しばらく歩くと、公園を見つけたので、そこに立ち寄ることにした。
ベンチに腰掛けると、空を見上げる。雲一つない青空が広がっている。
そうすると、隣に座っていた彼が、肩に頭を預けてきた。
甘えてきているのだろうと思い、頭を撫でてあげると、気持ちよさそうな表情を浮かべる。
しばらく、そのままの状態が続いた後、ゆっくりと立ち上がり、歩き始めた。
その後ろをついていくようにして、歩いていく。
しばらく歩いたところで、彼が立ち止まった。
どうしたんだろうと思って、声をかけようとした瞬間、振り向いた彼と目が合う。
次の瞬間、唇を奪われた。
「んっ……」
突然のことに驚きつつも、抵抗はしなかった。
むしろ、受け入れている自分がいた。
それどころか、自分からも求めてしまっていることに気づいて、少し恥ずかしくなった。
しばらくして、解放されると、思わず吐息が漏れる。
それを見た彼は、クスリと笑った後、耳元で囁いてきた。
「好きだよ、君のことが、大好きだ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥底から熱いものが込み上げてくるのを感じた。
視界がぼやけ、頬に何かが伝う感触がある。
どうやら、私は泣いているらしい。
自分でもなぜ泣いているのか分からない。
ただ、一つだけ確かなことがあるとすれば、
それは、今この瞬間、私は幸せだということだ。
好きな人に、好きだと言ってもらえたことが、何よりも嬉しかった。
気づけば、彼を抱きしめていた。
彼もそれに応えてくれるように、強く抱きしめてくれる。
しばらくの間、お互いに無言で抱き合っていた。
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