第25話 最愛の人

「なるほど、そういうことでしたか。わかりました、

私にできることであれば喜んで協力させていただきますよ。

ただ、その前に一つだけ質問させていただきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

そう言うと、目の前の人物はこくりと小さく首を縦に振ってくれたので、遠慮なく尋ねることにする。

まず最初に確認したかったことは、何故自分を選んだのかという点についてだ。

確かに自分は容姿端麗だと自負しているし、性格面においても問題はないはずだと考えている。

しかしながら、だからといって必ず成功するとは限らない以上、リスクを伴う行為でもあるだろう。

だからこそ、あえて尋ねたのである。

果たしてどのような回答が得られるのだろうか。

期待半分不安半分といったところではあるが、

とりあえず聞いてみないことには始まらないということで、大人しく待つことにする。

しばらくすると、ようやく決心がついたらしく、ゆっくりと口を開くのが見えた。

どうやら教えてくれる気になったようだ。

どんな話が飛び出すのかと身構えていたのだが、

「あのね、実は……」

そこで一旦言葉を区切ると、彼女は意を決したように語り始めた。

その表情からは、どこか切羽詰まったような印象を受ける。

よほど深刻な悩みを抱えているのかもしれない。

だとしたら、力になれるかどうかはわからないが、できる限りのことはしてあげたいと思う。

そう思い、続きを促す意味で相槌を打ってみたところ、

返ってきた答えは予想に反して明るいものだった。

なんでも、最近彼氏ができたのだという。

しかも相手は職場の男性社員なのだとか。

これはめでたいニュースだ。

素直に祝福の言葉を述べようとしたのだが、なぜか歯切れが悪い様子なので、

何か問題でもあるのかと尋ねてみることにする。

そうすると、案の定と言うべきか、予想通りというか、やはりそういう展開になったわけだ。

要するに、惚気話をするためにわざわざ呼びつけたということなのだろう。

まったく困ったものだと思いつつも、内心は少しホッとしてもいたりするわけだが、

それを悟られないよう気をつけつつ、適当な相槌を打ちつつ聞き役に徹することにした。

それからしばらくの間、延々と続く自慢話に付き合わされることになったわけだけど、まぁ悪い気はしないかな。

だって、それだけ私のことを信頼してくれている証だと思うから。

そう考えると、多少面倒臭いと感じることがあっても我慢できるような気がするんだ。

それに、なんだかんだ言って楽しんでもいるしね。

そんな感じで過ごしていたせいか、あっという間に時間が過ぎていき、

気づけば日付が変わる直前になっていた。

さすがにこれ以上の長居はできないと思い、別れを告げることにして立ち上がると、

去り際に呼び止められたので振り返ると、何やらモジモジした様子でこちらを見つめていたので、

どうしたのかと尋ねると、恥ずかしそうにしながらも小さな声で呟いた言葉が耳に届くと同時に、

一瞬にして全身が熱を帯びていくのを感じた。

その言葉を聞いた瞬間、まるで雷にでも打たれたかのような衝撃を受けたのだけれども、

同時に納得がいった気がしたんだ。

「そっか、そうだったんだね……ありがとう、教えてくれて」

そう言い残して走り去った後、帰宅してから寝るまでに何度も繰り返し同じ台詞を繰り返し口にしていた気がする。

それほどまでに衝撃的だったのだ。

なぜなら、その言葉こそが、私が求めていた答えそのものだったからだ。

翌日、お仕事へ行く前に立ち寄ったコンビニにて、

いつも通り朝食代わりのパンを買い込み、レジへ向かう途中で目に留まった雑誌コーナーの前で足を止め、

何気なく手に取った一冊のファッション誌の表紙を飾るモデルを見て、思わずドキッとした。

何故なら、そこに写っていたのは私のよく知っている人物だったからだ。

(あれ、この人って確か……)

そう思いながらページを捲っていくうちに、見覚えのある顔写真を見つけた瞬間、確信に至った。

間違いない、この人は以前、一度だけ会った事がある人だ。

どこで出会ったんだっけ……ああ、思い出した。

あれは確か、会社の同僚に誘われて参加した合コンの席だった。

あの時、隣に座っていた女性じゃないか。

名前までは思い出せなかったけど、顔は覚えている。

そうか、あれから随分と時間が経ったんだ。

懐かしいな、あの頃はまだ私も若かったっけ。

そんなことを考えているうちに、いつの間にか読み耽っていたようだ。

気付けば、最後のページに差し掛かろうとしているところだった。

いけない、早く買い物を済ませなければ遅刻してしまうのです。

そう思って、慌てて本を閉じようとした時、表紙に書かれたタイトルが目に入った。

それは、とある有名な小説のタイトルだった。

そういえば、この作者の作品を読んだことがないことを思い出した。

たまには息抜きも必要ですよね、よし、決めた。

今日の帰りに本屋に立ち寄ってみようかしら。

そうと決まれば、善は急げです。

そうして、レジに向かう途中、もう一度だけ振り返ってみると、先程の女性が視界に入った。

相変わらず綺麗な人だなと思いながら、その場を後にした。

家に帰ってくると、早速買ってきたばかりの文庫本を開いた。

最初の数ページを読み進めたところで、ふと思ったことがあった。

この本の内容、どこかで聞いたことがあるような気がしなくもない。

どこだったか思い出せないけれど、とにかく既視感がある。

うーん、気のせいかしらね。

まあいいや、気にせず読んじゃいましょう。

しばらく読んでいるうちに、段々と物語に引き込まれていきました。

気が付けば、あっという間に最終章を迎えており、

エピローグでは主人公の男女二人が結ばれ、幸せな未来を迎える様子が描かれています。

最後はハッピーエンドで終わっていて、とても満足感のある内容でした。

ふぅ、面白かったぁ~。

やっぱり読書っていいものです。

さて、次は何を読もうかなぁ。

あ、そうだ! 久しぶりに映画でも観に行こうかな。

よし、決まり! 明日の仕事終わりに行くことにしようっと。

楽しみが一つ増えちゃいました。

さぁ、明日も早いことだし、そろそろ寝ます。

おやすみなさい、良い夢を見られますように。

翌朝、出社するとすぐに上司である部長のところへ行き、昨日の報告をした。

その後、自分のデスクに戻ると、隣の席に座る後輩の女性社員に話しかけられた。

話を聞くところによると、どうやら先日提出した企画書について話があるらしい。

話を聞いてみると、どうも修正点があるようだったので、言われた通り直していくことにした。

一通り作業が終わったところで、改めて彼女にお礼を言うと、笑顔でこう言われた。

ありがとうございます、助かりました、と。

そう言われて悪い気はしなかったし、むしろ嬉しい気持ちもあった。

その後も何度かやり取りをしている内に、少しずつ打ち解けていったと思う。

そんなある日のこと、会社からの帰り道を歩いている途中、突然声をかけられた。

振り向くと、そこには見知らぬ男性が立っていた。

誰だろうかと思っていると、いきなり手を握られたかと思うと、

そのまま引っ張られるようにしてどこかへ連れて行かれそうになった。

咄嵯の判断で手を振り払い、距離を取ることに成功したものの、

油断できない状況であることに変わりはなかった。

どうしようかと考えを巡らせていると、不意に背後から声が聞こえてきた。

そちらを見ると、一人の男性が立っていることに気づいた。

よく見ると、その人物に見覚えがあった。

そう、その人は紛れもなく、私の恋人、美雪さんだったのである。

なぜ彼女がここにいるのだろう、と考える間もなく、今度は後ろから抱きつかれてしまった。

驚いて振り返ると、そこにはもう一人の人物がいた。

その人物もまた、私の知っている人だった。

そう、その人物こそ、美雪さんの兄、一樹さんだったのだ。

突然の事態に混乱していると、さらに追い打ちをかけるかのように、二人の男が目の前に現れた。

一人は、私の元カレ、健斗くんだ。

もう一人は、美雪さんの浮気相手、隼人くんだった。

彼らは口々にこう言った。

あなたのせいで、僕たちは別れることになったんですよ、と。

その言葉に、頭が真っ白になってしまった。

どういうことなんだ、と問い詰めようとするよりも早く、二人は姿を消してしまった。

残された私は、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。

どうしてこんなことになったんだろう、と自問自答を繰り返す日々が続いた。

そんな中、ある日を境に、毎日のように夢を見るようになった。

夢の中で、私は誰かと一緒に過ごしているようだった。

だが、顔が見えないため、誰なのか分からなかった。

それでも、一緒にいる間は幸せを感じていたことだけは覚えていた。

目が覚めるたびに、いつも涙を流していた。

そんな私を心配して、友人達が声をかけてくれることもあった。

そのたびに、何でもないと答えるしかなかった。

そんなある日、また夢を見た。

今度も同じ人物が出てきた。

今回は、少しだけ顔が見えた気がした。

その顔は、何故か懐かしさを感じるものだった。

その瞬間、脳裏に浮かんだ光景があった。

それは、私と誰かが手を繋いで歩いている姿だった。

その光景を見た瞬間、胸が締め付けられるような痛みを感じた。

それと同時に、涙が溢れ出てきた。

その日以来、毎晩のように同じ夢を見るようになった。

朝起きる度に、泣いていた。

自分でも、どうして泣いているのか分からなかった。

ただ、無性に悲しかった。

仕事中も、ふとした瞬間に思い出してしまい、その度に泣きそうになる自分がいた。

このままではいけないと思って、思い切って彼に電話してみた。

幸い、すぐに繋がった。

開口一番、謝罪の言葉を述べると、彼は優しく受け入れてくれた。

それだけで、心が軽くなった気がした。

その後は他愛もない会話をしながら、楽しい時間を過ごした。

電話を切った後も、しばらくは余韻に浸っていた。

こんなにも満たされた気持ちになるのは初めての経験だった。

今まで感じたことのない幸福感に包まれていた。

その夜、再びあの夢を見た。

昨日よりも鮮明に見えるようになっていた。

夢の中の人物の顔がはっきりと分かるくらいに。

その顔を見た瞬間、心臓が大きく跳ね上がった。

驚きのあまり、声が出なかった。

信じられなかった。

いや、信じたくなかったと言った方が正しいかもしれない。

なぜなら、今、目の前に広がる光景が全て現実のものとは思えなかったからだ。

薄暗い部屋の中、ベッドの上に横たわる彼女の姿が目に入った瞬間、

全身から血の気が引いていくような感覚に襲われた。

恐怖心に支配されながらも、恐る恐る近づいてみると、

そこには変わり果てた姿の彼女が横たわっていた。

その姿を見た瞬間、頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなった。

ただただ呆然と立ち尽くすことしかできず、その場から動くことができなかった。

どれくらいの時間が経過した頃だろうか、

我に返ると、真っ先に頭に浮かんだのは、彼女の安否を確認することだった。

震える手で脈を取り、呼吸を確認し、心臓の音を確認した。

生きている、そう思った瞬間、安堵と共に涙が溢れ出してきた。

良かった、本当に良かった、生きていてくれた、それだけで十分だ、

そう思っていたはずなのに、胸の奥底から湧き上がってくる感情を抑えることができなかった。

気がつくと、彼女を強く抱きしめていた。

もう二度と離さない、離したくない、その一心で強く抱きしめた。

しばらくして、落ち着きを取り戻すことができた時には、既に夜が明けようとしていた。

腕の中で眠る彼女の顔を見つめながら、考える。

これから先、どうすれば良いのか、何が正しい選択なのか、そんなことは分からない、

でも、これだけは言える、私は絶対に諦めない、どんなことがあっても、

必ず守り抜く、何があっても、絶対に、だから、覚悟しておいてください。

そう呟きながら、そっと唇を重ね合わせた。

「う、んん……」

朝陽が差し込む部屋の中、目を覚ました私は、ぼんやりとした意識のまま、ゆっくりと身体を起こした。

まだ眠たい目をこすりながら、枕元に置いたスマホを手に取り、

時刻を確認すると、時刻は午前7時30分を示していた。

アラームが鳴る前に目が覚めてしまったようだ。

二度寝しようにも、完全に目が冴えてしまっていて無理そうだし、

何より、こうしてベッドの上で横になっているだけでも、

十分に心地良い感覚に包まれることができるので、

このまま二度寝をするのも悪くないと思っていた時だった。

ふと、隣に目を向けると、そこには気持ちよさそうに寝息を

立てている最愛の人の姿があって、思わず頬が緩んでしまった。

あぁ、なんて可愛い寝顔なんだろう、なんて思いながら眺めているだけで、

自然と笑みが溢れてくるのだから不思議なものだ。

そんなことを考えているうちに、段々と愛おしさがこみ上げてきて、

気がつけば、無意識のうちに手を伸ばしていました。

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