第26話 一時の幸せ

指先で頬を撫で、首筋へと滑らせていく。

そして、鎖骨を通り過ぎ、胸の中心、心臓の位置へ辿り着くと、掌を当ててみた。

ドクンドクンという規則的な鼓動を感じながら、改めて実感せずにはいられなかった。

彼女と一緒にいられる喜びを、彼女と過ごす時間の価値を、

彼女への愛情を、それら全てをひっくるめて、ただひたすらに感謝の気持ちを抱くばかりだった。

それと同時に、この気持ちをどうにかして伝えたい衝動に駆られ、

その気持ちを抑えきれずにいる自分もいます。

この想いを伝える術を探している最中ですが、なかなか難しいもので、

今のところ有効な手段を見つけ出せていない状況にあります。

それどころか、どんどん深みにハマっていっているような気がします。

いや、もはや抜け出せないところまで来てしまっていると言っても過言ではないでしょう。

それくらい、今の私にとって、彼女はなくてはならない存在になっています。

もはや、手放すことなど考えられないほど、私の心の中で大きくなってしまっているのでしょう。

そんな彼女との関係性については、今も変わらず続いており、

今では、お互いにとってかけがえのないパートナーとなっていることは間違いないと思います。

それ故に、今後も、これまで以上に深い絆で結ばれているであろうと確信しています。

「ん、ぅう、んんっ、ふぁあ、おはよ、御幸」

そう言いながら、目を覚ますと、いつものように挨拶をしてくれました。

この瞬間が一番幸せを感じて、ずっと続けばいいのに、

そんなことを思ってしまうくらい、今の私にとっては貴重なひとときなのです。

こんな日常が続くことを願いつつも、いつか来るであろう終わりの時を思うと、

どうしようもなく寂しくなってしまいます。

だからこそ、今は精一杯楽しむことに決めました。

たとえ、それが仮初の関係だとしても、この時間だけは本物であってほしい、

そう願わずにはいられないのです。

とはいえ、いつまでも感傷に浸っているわけにはいきません。

そろそろ起きなくてはなりませんね、 そう思い、

重い身体を起こそうとしたところで、不意に名前を呼ばれました。

振り返ると、そこには優しい笑顔を浮かべた彼女の姿がありました。

「おはようございます」

そう言って微笑みかけると、彼女も嬉しそうに微笑み返してくれました。

それがたまらなく嬉しくて、つい頬が緩んでしまうほどでした。

「ねぇ、キスしようよ、いいよね?」

「はい、もちろんです、喜んで受け入れますよ」

私の言葉を受けて、嬉しそうな表情を浮かべたあと、

ゆっくりと顔を近づけてきて、触れるだけの軽い口付けをしてきました。

たったそれだけのことで、私の心は満たされていくようで、

もっともっと欲しくなってしまいました。

そんな欲求に逆らえず、今度は私から唇を奪いに行くことにしました。

最初は軽く触れる程度のキスから始まり、徐々に激しさを増していくにつれて、

お互いの息遣いが激しくなっていくのを感じ、やがて限界を迎えた私たちは、

どちらからともなく離れて、荒い呼吸を繰り返しておりました。

そうやって呼吸を整えている間も、視線を交わすたびに、

まるで磁石のN極とS極が引き合うかのように近づいていき、

吸い寄せられるかのように唇が触れ合い、次の瞬間には互いの舌が絡み合っておりました。

時折漏れる吐息に興奮を覚えながらも、決して止まることなく貪り続け、ついには息が続かず苦しくなってきたところで、一度休憩を入れることになりました。

名残惜しそうな表情を浮かべながらも、一旦離れると、

肩で息をしながら呼吸を整えていました。

その間に、ちらりと視線を上げると、こちらをじっと見つめている彼女と目が合い、

恥ずかしさから顔を背けてしまいました。

そんな様子を見かねてか、クスッと笑われてしまい、ますます恥ずかしくなってしまう始末。

とはいえ、いつまでもこうしているわけにもいかないので、意を決して話しかけることにしました。

「あの、それで、これからどうしますか?」

恐る恐る尋ねてみると、返ってきた答えは意外なものでした。

「そうだね、とりあえず朝ごはん食べようと思うんだけど、どうかな?」

まさか、一緒に食事をしようというお誘いを受けるとは思いませんでした。

まあ、断る理由もありませんし、むしろ嬉しいです。

とはいえ、せっかくの誘いなので、ここはお言葉に甘えることにしましょう。

ということで、 準備を終えた私達は、二人で外へ出ることにしました。

目指す場所は、駅前にあるカフェレストランです。

そこに向かう途中、他愛もない会話を交わしながらも、

どこか落ち着かない様子の私に対して、彼女が問いかけてきました。

「もしかして緊張してる?」

図星だったため、何も答えられませんでした。

その様子を見た彼女は、クスッと笑うと、私の手を掴んで歩き始めました。

そのことに嬉しさを覚えるとともに、少し恥ずかしく思う気持ちもありましたが、

それ以上に嬉しかったことの方が大きかったので、素直に受け入れることができました。

そのまま目的の店に到着するまでの間、ずっと手を繋いだまま歩いていました。

その間、お互いの顔を見れなかったものの、不思議と嫌な感じはせず、

むしろ心地よい雰囲気に包まれていたことを思い出します。

店に入り、席につくまでの間、店員や他の客からの注目を感じたこともありましたが、

それも最初だけで、後は特に気にならなくなりました。

注文を終え、料理が届くまでの間、他愛のない話で盛り上がっていると、

ふいに彼女が口を開きました。

「ねぇ、前から気になってたんだけど、御幸ってさ、好きな人とかいないの?」

唐突に投げかけられた質問に、思わず固まってしまいました。

なぜ、急にそんな話になったのか理解できず、動揺してしまったことは否定できません。

とはいえ、聞かれた以上、何かしら答えないわけにもいかず、仕方なく答えることにしました。

「……いますよ、好きな人」

正直に答えると、それを聞いた彼女は、目を輝かせながら身を乗り出してきました。

それから、根掘り葉掘り聞かれてしまい、最終的に、

どんな人なのか教えて欲しいと言われ、渋々白状することにしました。

とはいえ、名前は明かさず、容姿の特徴だけを話すに留めておいたのですが、

それでも十分だったらしく、満足した様子で頷いていました。

ちなみに、性別に関しては、あえて触れないことにしました。

というのも、あまり深く追及されると困るというのが本音だったので、

話を逸らす意味も込めて、別の話題に切り替えることにしたからです。

食事を終えると、そのまま帰る流れになったのですが、

途中で立ち寄ったお店で、お揃いのものを購入することになりました。

お互いに、相手の好みを把握した上での選択ということもあり、

非常にスムーズに話が進み、短時間で決めることができました。

こうして、無事に目的を果たした私達は、家路につくこととなりました。

帰りの道中、何気なく空を見上げると、雲一つない青空が広がっていました。

それを眺めながら、今日一日の出来事を思い返すと、自然と笑みが溢れてきました。

今日は、本当に充実した一日を過ごすことができたと思っています。

おかげで、明日からの活力を得ることができました。

これでまた明日からも頑張れそうです。

そんなことを考えながら、家に着くと、早速部屋着に着替え、リビングに向かいました。

そこでは既に、彼女がくつろいでいる姿が目に入りました。

「あのね、キスしたい」

「え? な、なんでですか!?」

予想外の言葉に驚いている間に、いつの間にか壁際まで追い詰められていました。

慌てて逃げようとしたのですが、腕を掴まれてしまい、身動きが取れなくなってしまいました。

万事休すといった状態で、諦めて目を閉じると、唇に柔らかい感触が伝わりました。

それはほんの一瞬の出来事でしたが、私にはとても長く感じられたのです。

離れていく気配を感じ取り、ゆっくりと目を開けると、

そこには幸せそうに微笑む彼女の姿があった。

私もつられて笑顔になると、再度口付けされました。

今度は先程よりも長い時間をかけて、何度も繰り返され、

最後には舌を絡め合うまでに至ってしまいました。

ようやく解放された頃には、すっかり息が上がってしまい、その場に座り込んでしまいました。

そんな姿を見て、申し訳なさそうな表情をする彼女を見て、慌てて首を振りながら、

気にしないで欲しいと伝えました。

むしろ、もっとして欲しいという気持ちが強かったため、こちらから求めるような態度を取ってしまいました。

「ごめんね、大丈夫?」

心配そうに顔を覗き込む彼女に対して、笑顔を見せることで応えました。

その後、しばらく休むことで体力を回復させた後、

立ち上がると、今度はこちらから仕掛けることにしました。

不意打ちとも言えるタイミングで、唇を重ね合わせると、

そのまま舌を差し入れました。

最初は驚いた様子だったものの、すぐに受け入れてくれ、

逆にこちらの動きに合わせるように、舌を動かし始めたではありませんか。

それに応えるべく、さらに激しく攻め立てると、

息継ぎのために口を離す合間に、甘い吐息を漏らしているのが聞こえてきます。

そこで、一旦動きを止め、息を整えるために深呼吸を繰り返すと、再び口づけを交わしました。

今度は、先程とは違い、ゆっくりと味わうようにして、

丁寧に愛撫していくことで、より一層快感を得られるよう心掛け、

同時に安心感を与えるように意識することで、より深い繋がりを求めていきます。

「んっ、ちゅぱ、れろ、あむ、はぁ、ちゅぷ、ちゅぱ」

最初は戸惑っていた彼女も、少しずつ慣れてきたのか、

自ら求めてくれるようになってきて、嬉しく思いました。

そして、いつしか、私の方からも積極的に動かざるを得なくなるほどの激しいものに変わっていきました。

その結果、息苦しさを覚えたため、一度離れることとなりました。

そうすると、物足りなさそうな表情を浮かべる彼女に見つめられ、ドキッとしてしまいました。

その表情はまるで、続きを促しているかのような印象を受けましたが、

あくまで気のせいだと思い込むことにしました。

何故なら、これ以上続けると、歯止めが効かなくなってしまう恐れがありますし、

何よりも、これ以上進むと、後戻りできなくなってしまう可能性があると感じたからです。

そのため、何とか自制心を保ちつつ、次の行動に移る必要があります。

そこで考えた結果、まずはシャワーを浴びるため、その場を離れることにしました。

その間に、心を落ち着かせることができれば、少しは冷静になれるだろうと考えたからです。

脱衣所に入ると、着ている服を全て脱ぎ捨て、浴室へと入って行きました。

シャワーを出して、頭から浴びることで、汗を流し、身体の汚れを落とすと同時に、冷静さを取り戻していきます。

(ふぅ、危ないところだったわね)

一息ついたところで、先程のことを思い出し、改めて自分の軽率さに呆れてしまいます。

いくら恋人同士とは言え、節度というものを考えなければなりません。

それに、私自身、初めてではないとしても、経験豊富なわけではありません。

それなのに、あそこまで夢中になってしまうとは、我ながら情けない限りです。

とはいえ、これも相手が彼女であるからこそ、という理由もあるのでしょうけど、

それにしてもやり過ぎた感が否めません。

けれど、今更後悔しても遅いですし、 これからのことを前向きに考えていかなければいけません。

その為にも、今はまず落ち着ける場所に行かなければなりません。

そこで、真っ先に思いついたのが、自宅ではなく、ホテルの一室を借りるという選択肢でした。

そうと決まれば、早速行動するのみです。

幸い、財布の中には十分な額が入っておりますので、ここで使わなければ勿体ないというものでしょう。

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