第18話 前向きな私

その日から、毎日やってくる私に心を開いてくれていた彼も、

次第に心を閉ざすようになり、今では私のことを無視してばかりでした。

さすがにこれはショックだったので、どうすれば良いかわからなくなりましたが、

ある日思い立ったのです。

せめて私ができることとして、彼と一緒にいる時間を大切にしようと思ったのです。

病院での生活はとても窮屈そうだった彼をエスコートするようにお散歩に連れ出すと、

久しぶりの外の空気に触れた彼はとても穏やかな表情を見せてくれました。

そしてその後は気分転換にショッピングなどをしたのですが、

その間に少しずつ話をするようになってきました。

何より嬉しかったことは、私の名前を覚えてくれたことです。

それが本当に嬉しくてたまりません。

それからというものの、私は毎日のように彼のところに通いました。

最初は嫌がられていたけれど、徐々に受け入れてくれるようになったのです。

そんなある日のことでしたが、彼が突然こんなことを言い出したんです。

それは私にとっては信じられないことでしたけど、でも確かにそう聞こえたので間違いありません。

彼はこう言ったんです。

私のことが好きだと……。

その言葉を聞いた瞬間、私は思わず涙を流してしまいそうになりました。

だって、ずっと待ち望んでいた言葉だったからです。

でも、まだ信じられないという気持ちもありました。

だから、もう一度聞き返してしまったんです。

そうすると、彼は再び同じ言葉を繰り返してくれました。

それが本当に嬉しくて、私は彼に抱きつきました。

彼もそれに応えて抱きしめてくれたのです。

そして、しばらくの間私たちは抱き合っていたのですが、

お互いに疲れてしまい、休憩を取ることにしました。

その後で、二人でベッドの上に横になってからも彼の手は

私の手を離さないように握られたままでした。

私もそれに応えて握り返しました。

そうすると、彼は幸せそうな笑みを浮かべるのです。

その姿を見た瞬間に私の心は大きく揺れ動いたような気分になりました。

もしかしたら本当にこのままでもいいのではないかと思ったほどだったからです。

それくらい彼は魅力的な表情でしたし、私に対して愛情を持って

接してくれようとしているのが伝わってきますので、なおさらです。

だけど、やっぱりこのままでは駄目なんですよね?

だから私は決断しました。

彼のために何ができるか考えなければならないと思いました。

でも、今はとりあえず彼を安心させてあげることが先決だと思い、

彼に寄り添って眠りにつくことにしました。

それから数日後のことですが……。

いつものようにお見舞いに来た私に彼が言ったんです。

「もう来なくていいよ」

一瞬何を言っているのか理解できませんでしたが、すぐにその意味を理解してしまいました。

つまり、彼は私にもうここに来ないでと言っているんだと思い知りました。

ショックだったと同時に怒りを覚えました。

こんなにも苦しんでるのは誰のせいだと思ってるの?

そんなのあんまりじゃないですか!

しかし、そんなことは口が裂けても言えないので黙って俯いていると、彼が続けてこう言ってきました。

「今まで、君に付き合わせてすまなかった。

だから、これからは自分のために生きなさい」

と、真顔で言われたのです。

私は正直言って頭に来ましたが、それ以上に胸が苦しくなって涙が溢れ出てきました。

もしかして、彼は私が迷惑だったからこう言うのではないかと思っちゃいました。

本当は迷惑だったのかも知れませんが、私にとってはとても楽しい時間でしたし、

彼も私のことを憎からず思っていたように見えたので、辞めたくなかったんです。

でも、今になって急に掌を返すような態度を取られることに納得がいきません。

私はただただ悔しい思いが募りました……だけど、

ここでもう一度また拒絶をされたらもう立ち直れないかもしれません。

なのでここはグッと我慢して悲しむそぶりすら見せまいと言い聞かせました。

そう思いながらも涙だけは止められませんでしたが、何とか笑顔を作って答えます。

すると彼は少し驚いたような表情を見せた後でこう言いました。

そして最後に一言だけ付け加えてくれました。

それは私にはとても嬉しい言葉でしたが、同時に悲しいものでもありました。

それでも、私はその言葉を胸に刻み込んで生きていこうと思います。

だってそれが彼の最後の言葉であり、私に託してくれた願いでもあるのですから……そう心に誓いました。

その後、私は彼に別れを告げて病室を後にします。

帰り際、振り向いた時に見えた彼の笑顔が目に焼きついて離れませんでした。

最後まで私のことを見ていてくれたなと思うと、

急に心が満たされる感覚と共に悲しみが込み上げてきて思わず泣いちゃいました。

だって仕方がないですよね、好きだったんだから別れが悲しいのは当然のことだもん……

そう思いながらも頑張って自分の家に帰るために歩き出します。

一歩一歩踏み出すたびに寂しさと切なさだけが募ります。

それでも私は進んで行きます。

歩いて行くと、自然と懐かしいものを見た気分になってしまい涙が出ちゃいますが、

挫けるわけにはいかないんです!

そう心に誓いましたから。

だから今はただ前に進むしかないんだと思いました。

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独女は温泉巡りしていると御曹司と出会い、溺愛に包まれる 一ノ瀬 彩音 @takutaku2019

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