第17話 私の彼は?

早速、準備に取りかかることにしました。

彼の部屋に入るなり、さっそく催眠術をかけ始めます。

最初は半信半疑という感じでしたが、徐々に力が抜けていくのが分かると、

彼は完全に身を委ねてくれました。

そして、私はゆっくりと暗示をかけていきます。

まずは、彼が今一番求めているものについて聞き出します。

そうすると、彼はこう答えました。

「愛してほしい」

というのです。

その一言だけで胸がキュンとなるのを感じましたが、同時に切なくもありました。

なぜなら、それは私が彼にしてあげられないことだったからです。

それでも、せめてもの思いで、精一杯愛情を込めて接していきましたが、

やはり限界があるようで、結局最後まで満たされることはなかったようです。

それからというもの、彼は毎日のように私に電話やメールを送ってくるようになりました。

その内容は様々ですが、どれも私の気を引こうとするものばかりです。

そんな日々が続きましたが、ある日を境にパッタリと連絡が来なくなりました。

心配になってこちらから連絡を取ってみると返事はありませんでしたし、

電話も出てもらえませんでした。

それでも諦めずに何度かチャレンジしてみたのですが、いずれも駄目でした。

そこで、彼の会社へと足を運ぶことにしました。

事前にアポは取っておらず、受付で担当者の名前を告げて呼び出してもらったところ、

応対してくれた女性に会議室のような場所へと案内されました。

そこでしばらく待っていると、しばらくして担当の方が姿を現しました。

彼はどこか難しい顔をしているようでした。

その後、お互い無言のまま向かい合って座り続けていましたが、先に沈黙を破ったのは彼の方でした。

まず彼が口にしたのは謝罪の言葉であり、私は驚きを隠せませんでした。

その次に続けられた話によると、彼には長期出張の予定が入っており、

それに向けての準備に追われていたことから連絡を取ることができてなかったということでした。

(なるほど)と思いはしたものの、正直言って腑に落ちないところはありました。

でもこれ以上彼を困らせるわけにもいかなかったので、ひとまず納得することにしました。

彼から差し出された手を握ることで応えようとしましたが、どうも上手くいかなくて迷いが出てしまいました。

それでもなんとか堪え、彼に抱きつくと、彼も優しく抱き返してくれました。

私にとって久しぶりの温もりはとても心地良いものでした。

そのまましばらくの間抱きしめられていたのですが、

彼は私からゆっくりと体を離すと、今度は私の顔をジッと見つめてきました。

どうしたのだろうと思った次の瞬間、唇に柔らかいものが触れました。

驚いて目を見開く私を他所に、彼の舌が私の口の中に侵入してきました。

最初は驚きのあまり体が硬直してしまいましたが、すぐに力が抜けていき、

彼を受け入れる準備が整ったようです。

抵抗することなく口を開き、むしろ自分から求めるように舌を動かしていました。

そんな私の様子を不審に思ったのか、彼が尋ねてきたので私は正直に答えることにしました。

「私は御幸くんのことをずっと愛していましたから」

そう言って微笑えむと、今度は強く抱き締められ再びキスをされました。

舌が絡まり合い唾液を交換し合っていくうちに頭の中は真っ白になり

何も考えられなくなる程の快感に酔いしれていました。

しばらくして、ようやく解放された時にはもうすっかり骨抜きにされていました。

しかしそれでもまだ満たされなかったのか、その後も何度もキスを

重ねてくる彼の行為は止まるどころかエスカレートする一方でした。

私はただされるがままに身を任せることしかできませんでした。

やがて彼の手が私のシャツへと伸びてくると、私は覚悟を決め目を閉じました。

そしてその瞬間── スマホの着信音が鳴り響き、彼は我に帰ると慌てて私から距離を置きました。

どうやら会社から電話があったようですが、それどころではなくなってしまったようです。

残念そうな表情を浮かべる彼を見て、私も少し残念な気持ちになったものの、

仕事ならば仕方がないと思い直し、彼に別れを告げてその場を後にしました。

それからというもの、彼からの連絡はパッタリ途絶えてしまいました。

きっと仕事が忙しいせいだと自分に言い聞かせるものの不安な気持ちばかりが募っていきます。

そんな日々が続いたある日、再び彼からメールが入ったのです。

その内容は驚くべきものでした。

なんと、彼は仕事を辞めてしまったというのです。

これにはさすがに驚きを隠せませんでしたが、

幸いにも行き先は教えてくれたので会いに行くことに決めました。

待ち合わせ場所にやってきたのは紛れもなく彼本人であり、

なぜそんなことを言ったのか尋ねると、自分へのご褒美に旅行に来たということらしいです。

確かに、彼の服装はとてもお洒落で、まるでモデルのようにカッコよく見えましたし、

とても充実した日々を送っているように感じ取れました。

私はそんな彼の姿に見惚れながらも、同時に寂しさを感じてしまっていました。

なぜなら、今の彼は私が知っている御幸一也ではないような気がしたからです。

それでも私は彼に精一杯の愛情を込めて接していきました。

少しずつでも彼が元気になってくれることを願って……。

しかし、そんな私の願いとは裏腹に、彼は日に日に弱っていきました。

食事もあまり取らず、顔色も悪くなっていますし、目の下には隈ができています。

心配になり病院に行くことを進めてみても、一向に聞く耳を持ちません。

それどころか、私に八つ当たりしてくることまでありました。

さすがにこれはおかしいと思った私は、お医者様のところに連れて行きました。

そうすると、脳梗塞という病気が原因だとわかりました。

幸いにも命に別状はないとのことだったので、少しホッとしましたが、

今後も注意が必要と言われてしまいました。

それからというもの、なるべくそばにいてあげるように心掛けることにしたのです。

初めは煩わしそうにしていた彼も、次第に諦めたようで大人しく従うようになりました。

その姿を見ているとまるで子供のようであり、可愛らしく思えるほどでした。

しかし、それも長くは続かなかったようです。

段々と症状が悪化していき、今ではほとんど会話ができる状態ではなくなってしまいました。

ただベッドの上で横たわっているだけの日々が続きましたが、

ある日を境に変わった様子を見せるようになったのです。

なんと自分から話しかけるようになったのです。

これには驚きを隠せませんでしたが、同時に嬉しくも思いました。

もしかすると少しずつ良くなってきているのではないかという希望を持ちましたので尚更でした。

だけど次の日、その考えが間違いだったことがわかりました。

だって目の前には変わり果てた姿があったからです。

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