第13話 彼とのデート

「あ、ありがとうございます……大丈夫ですよ」

そう言って笑いかけると、ホッとしたような表情を浮かべたのが見えた。

それが妙に可愛らしく見えて、つい笑みが溢れてしまう。

そんなやり取りをしている間もずっと手は繋がれたままだったけれど、

もう恥ずかしさはなかったし、むしろ心地よいとさえ思えたほどだった。

きっとこれが恋人同士の距離なんだと思ったら嬉しくなったし、

心が満たされるような感じもあったように思う。

このまま時間が止まってしまえばいいのにと思ってしまうくらい幸せな気持ちに包まれていた。

しかし、そういうわけにもいかないので、名残惜しい気持ちではあったけれど、ゆっくりと手を解いていく。

そうすると、彼の手もまた離れてしまい、寂しさを感じた。

だけど仕方がないことだと割り切って、立ち上がった私は彼に別れを告げた。

それから玄関へ向かい、ドアを開けようとしたところで、背後から呼び止められた。

振り返ると、彼がこちらに近づいてくるのが見えた。

なんだろうと思っているうちに目の前までやってきたかと思うと、唐突に抱きしめられたのだ。

何が起こったのかわからず、混乱していたが、耳元で囁かれたことで我に返ることができた。

「また会えるよね?  必ずだよ?」

その言葉に胸が高鳴るのを感じたが、何とか平静を装って答えることができたと思う。

だが、心臓の音がうるさく聞こえてくるせいで、うまく喋れていたかどうかはわからなかった。

それでも彼は満足したようで、私を解放すると帰っていったのだった。

一人残された私は、まだ温もりが残っている自分の手のひらを見つめながら、

胸のドキドキを抑えきれないでいた。

そして、この感情の正体に気づくと同時に愕然とするのだった。

(そっか、私、あの人のことが好きなんだ)

その瞬間、胸の奥が締め付けられるような痛みを感じたが、不思議と嫌な気分ではなかった。

むしろ心地良さすら感じていたくらいだ。

ただ、それと同時に、これからどう接すればいいのか分からず、

悶々とする日々が続くことになった。

そんなある日のこと、私は偶然街中で彼を見つけたのだ。

(えっ!?  なんでこんなところに!?)

思わず叫びそうになったがなんとか堪えて、そのまま尾行することにした。

(どこに行くつもりだろう……?)

そう思いながら後を追っていくと、やがて人気のない路地裏へと入っていった。

そこで立ち止まった彼は周囲を警戒している様子だったが、

しばらくすると建物の中に入っていってしまったので、慌てて追いかけることにした。

そこは古びたアパートだった。

錆びついた階段を上っていく彼の姿が見えたので、気づかれないように慎重に進んでいったのだが、

ふと足元を見るとガラスの破片が散らばっているのに気づいた。

危ないと思った時にはもう遅く、それに足を引っ掛けてしまった私はバランスを崩してしまい、

その場に倒れ込んでしまったのである。

その音を聞きつけたのだろう、彼が振り返ったのがわかった。

目が合った瞬間、心臓が止まりそうになるほど驚いたが、

ここで諦めるわけにはいかなかったので、必死になってその場から逃げ出したのだった。

幸いにも追いつかれることはなく、無事に逃げおおせたわけだが、

もう二度と会うことはないだろうと思うと悲しくなってしまった。

そしてそれ以来、私の頭の中は彼のことでいっぱいになってしまったのだ。

(ああ、会いたいなぁ……でもどうすれば良いんだろう?)

そんなことを考えながら日々を過ごしていると、ある日突然、

神様からのプレゼントがやってきた。

なんと彼が訪ねてきてくれたの。

嬉しくて舞い上がりそうだったが、冷静を装って対応することに成功した自分を褒めてあげたい気分だった。

その後も何度か会って話す機会があったが、その度に心が躍ったものだ。

ああ、幸せだなぁと思う反面、どこか物足りなさを感じている自分もいて、

複雑な心境だったが、それでも幸せであることに変わりはなかったわけで、

しばらくはこれで満足しておこうと思っていたのだった。

しかし、いつまでも現状維持というわけにはいかないだろうと思い始めていた頃、ついにその時が来たのだった。

きっかけは些細なことだったと思う。

いつものように二人で食事をしていた時のことだ。

彼が唐突に切り出したのだ。

「そういえば、君ってどんな下着色が好きだ?」

「え……?」

(どうしてそんなことを聞くんだろう?)

そんな疑問を抱きつつも正直に答えることにした。

「……黒、かな」

それを聞いた彼はニヤリと笑うとこう続けた。

「やっぱりそうか! 俺もなんだよな!」

と興奮した様子で捲し立ててくるので困惑してしまった。

一体何だというのだろうか?

そんな私の様子に気づいたのか、我に返ったらしく咳払いをしてからこう続けた。

「実はさ、今度の休みなんだけど予定空いてるか?」

そう言われて記憶を辿りながら考えてみたものの思い当たる節がないことに気づき首を横に振った。

それを見た彼は残念そうに肩を落としていたが、何か閃いたらしく目を輝かせながら言った。

「だったらデートしよう!」

「えっ?」

突然の申し出に驚き戸惑う私を他所に話は進んでいくのだった。

その後、あれよあれよという間に話がまとまり、

気がつけば待ち合わせ場所と時間を決められてしまった後で、今更断るわけにもいかなくなってしまったのである。

そうして迎えた当日、緊張しながら待っていると約束の時間よりも早く彼がやって来たので、

ますます動揺してしまうことになったのだった。

しかも服装を見るなり褒められてしまい赤面することになってしまったのだが、

それすらも楽しんでいるように見えたため怒るに怒れずにいると、手を引かれて歩き始めることになった。

その後は色々な場所を巡って楽しい時間を過ごしたのであるが、

帰り際に立ち寄った公園で二人きりになると、急に真剣な表情になって見つめられたため、

ドキドキしながらも見つめ返すことしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る