第12話 二人きり

「お待たせ」

そう言って彼が部屋に入ってくると、私は我慢できずに抱きついてしまいました。

そんな私を受け止めてくれる彼の優しさが嬉しかったです。

そのまま抱き合っていると、だんだん気分が高揚してきてしまい、つい言ってしまったのです。

「大好きです」

その言葉を聞き、一瞬戸惑った様子を見せた彼でしたが、すぐに笑顔を浮かべてこう返してくれました。

「俺もだよ、大好きだよ」

その瞬間、胸の奥底から熱いものが込み上げてくる感覚に襲われました。

(あぁ、私この人のことが好きなんだなぁ)

そう思うと余計に愛おしさがこみ上げてきます。

その衝動に身を任せるように、私からキスをしていました。

最初は軽い口づけでしたが、次第に深く激しいものに変わっていきました。

舌を入れる度に快感が増していき、もっともっと欲しくなります。

歯止めがきかなくなった私は、彼の膝の上に跨りました。

そのまま抱きつくと、互いの鼓動を感じることができました。

「えへへ、好きっ」

思わず口から出てしまうくらいに気持ちが抑えられなくなっていました。

それを聞いた彼は少し驚いた様子になりましたが、次の瞬間にはまたキスを再開していました。

先程より激しく貪るようなそれに、全身が熱くなるのを感じました。

やがて唇を離すと、唾液でできた糸が伸び、ぷつりと切れてしまいます。

それを見て恥ずかしくなりながらも、幸せな気持ちで満たされていました。

そうして見つめ合っているうちに我慢できなくなって、もう一度キスをしました。

そうすると彼もそれに応えてくれて、何度も繰り返すうちに段々とエスカレートしていってしまいます。

「このへんでやめておこう、それよりも旅行へ来ているんだから、何処か行かないか?」

「あっそうですね、そうしましょう」

私は我に返り、急いで立ち上がると彼の手を取りました。

そうして2人で部屋を出て、温泉街を散策することにしました。

旅館を出ると、外はまだ明るく昼間であることがわかります。

私達はまず土産物屋さんを覗いてみることにしました。

店に入ると中はとても広く、所狭しと商品が置かれています。

その中から目ぼしいものを探しているのですが、どれもこれも魅力的で迷ってしまいます。

そんな時、ふと目に止まったものが一つありました。

それは綺麗な模様の入ったコップでした。

思わず手に取って眺めていると、彼が横から声を掛けてきました。

「気に入ったのか? なら買ってあげるよ」

「えっいいんですか?」

私は驚いて尋ね返すと、彼は微笑みながら答えてくれました。

「もちろん、記念になるだろ?」

そう言ってレジの方へ向かって行きました。

(どうしよう……すごく嬉しい)

そう思いながら後を追いかけていくと、支払いを終えた彼に袋を渡されました。

お礼を言って受け取り、そのまま店を出ました。

それから色んなところを巡り、気がつけば日が暮れかけていました。

そろそろ旅館に戻ろうということになり、バスに乗って戻ることになりました。

途中、眠気が襲ってきたためウトウトとしていると、突然手を握られる感覚がしました。

びっくりして目を開けると、そこには彼の顔がありました。

彼は微笑みながら私に語りかけてきました。

どうやら私が眠っている間に手を握ってくれていたようです。

(あれ?)

そう思った直後、私はハッと目を覚まし、辺りを見渡しました。

(もしかして私、寝てた? やばい、せっかく二人きりなのに)

そう思って慌てていると、彼は優しく微笑み、頭を撫でてくれた。

(良かった、まだ大丈夫だ)

安堵しつつも、これ以上失態を晒すわけにはいかないと思い、気持ちを引き締め直した。

それから暫くすると、バスが停車したので私たちは下車した。

帰り道も行きと同じように会話を交わしたが、正直内容は頭に入ってこなかった。

だって目の前には好きな人がいるんだもの、当然でしょう?

だから相槌を打ちつつも、意識は完全に彼の方を向いていた。

(ああ、もうダメ、耐えられないかも……)

そんなことを考えていると、突然彼が私の手を掴んできた。

驚く暇もなく、そのまま手を引かれ、歩いていく。

突然のことで混乱していたが、すぐに冷静さを取り戻し、状況を整理することに成功した。

「どうしたんですか?」

恐る恐る聞いてみると、彼はこちらを向いて言った。

「あのさ、大事な話があるんだけど聞いてくれないかな?」

真剣な表情だったので、私も真剣に聞くことにする。

ドキドキしながら待っていると、彼はゆっくりと口を開いた。

「俺、君のことが好きだ」

その言葉に胸が高鳴るのを感じた。

だが、同時に疑問が浮かぶ。なぜ今なのか、どうしてこのタイミングだったのか、

様々な思いが頭をよぎっていくが、そんなことはどうでもいい。

とにかく今は自分の気持ちを伝えるべきだろうと思った。

なので素直に返事をすることにした。

「私もあなたが好きです」

それから、私たちは互いに歩み寄り、抱きしめ合った。

彼の温もりを感じることができて私はとても幸せだった。

こうして彼と結ばれたことが嬉しくてたまらなかった。

そして、しばらくの間、二人だけの時間を楽しんでいたのだった。

次の日、目を覚ますと隣に彼が眠っていた。

昨晩のことを思い出して顔が赤くなるのを感じたが、それと同時に喜びを感じていた。

「おはよう」

と言って微笑む彼を見て、私も同じように笑い返した。

その後は一緒に朝食を食べて、支度を済ませてから部屋を出た。

駅まで送ってくれるとのことだったので、二人で並んで歩いていた。

その間、私はずっと考えていたことを口に出した。

昨日から今日までに起きた出来事を思い出し、本当に幸せな時間だったなと思うと同時に、

これからも彼と一緒にいたいという思いが強くなっていったのだ。

だから、意を決して言うことにした。

「あの、お願いがあるんですけど……」

私が言いかけたところで、彼はこちらを向き、真剣な眼差しを向けてきたので、

最後まで言うことはできなくなってしまった。

それでも、何とか言葉を続けようとするのだが、上手く声が出せずに困ってしまった。

そんな様子を見かねたのか、彼が助け舟を出してくれた。

そして私は勇気を振り絞り、ようやく伝えることができたのである。

「私の家へ来てくれませんか?」

「それってどういう……?」

困惑する彼に私は続けた。

「その、つまりですね、えっと、私たちって恋人同士になったじゃないですか、

でも同棲とかしてないじゃないですか」

「ああ、うん、そうだな」

「だからね、もう少しお互いのことを知ってもいいと思うんです」

自分でも何を言っているかわからないまま喋っていたため、変な日本語になっていた気がするが、

気にする余裕もなかった。それほどまでに必死だったのだ。

対する彼も、何かを察したらしく、神妙な面持ちでこちらを見つめているだけだった。

沈黙が続き、気まずさを感じ始めた頃になって、彼が口を開いた。

「確かに、その通りだと思うよ」

そう言って頷いているのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。

しかし、これで終わりではなかった。

彼は続けて言ったのだ。

「……よし、じゃあ今から行こう!」

いきなりそんなことを言い出したので面食らってしまったが、

冷静に考えてみると断る理由もないことに気づいた。

むしろ好都合だと思い、快諾したのである。

こうして私たちはタクシーに乗り込み、行き先を告げることになった。

行先はもちろん自宅である。

道中、運転手に聞こえないよう小声で話をしたりして、

緊張を紛らわせようとしていたが、やはり不安を完全に拭い去ることはできなかったという自覚はある。

何しろ、これから家族や友人と会うことになるのだから当然のことだろう。

到着までの間、頭の中で何度もイメージトレーニングを繰り返していたものの、

果たしてうまくいくだろうかと考えてしまう自分がいた。

そんな心境を知ってか知らずか、彼はそっと手を握ってきた。

その感触だけで安心感に包まれるような気がしてしまうほど、私は単純だったのだろう。

そう思うとなんだか可笑しくて笑ってしまった。

それを見た彼もまた微笑んでくれて、ますます幸せな気分になっていったのである。

そうこうしているうちに、目的地に到着したようで運転手さんが到着を告げてきた。

そこで私たちは降りることにした。

その際、さりげなく手を繋いでいたので驚いたけど嬉しかったなぁ……などと思い返していると

頬が緩んでくるのがわかった。

「大丈夫?」

心配そうに聞いてくる彼に、笑顔で応えつつ玄関へと向かうのだった。

「ここが私の家です、まぁ、一人暮らししているので」

そう言って扉を開けると、彼が後ろから付いて入ってくる。

靴を脱いで部屋へと案内すると、きょろきょろと周囲を見回しているようだった。

その様子を微笑ましく思いながら、私は台所へ向かうと、お茶を淹れるためにお湯を沸かし始めた。

その間にお茶菓子を用意しようと思ったのだが、あいにく切らしていたようだった。

仕方なく冷蔵庫の中を漁ると、貰い物の羊羹が見つかったので、それを出すことにした。

お皿に載せてお盆の上に置くと、それを持って部屋に戻った。

テーブルの前に座って待っている彼に、羊羹を切り分けて渡すと、嬉しそうに受け取って食べ始めたようだ。

その様子を見ながら、私も自分用の羊羹を一口食べた。

甘さ控えめで、とても美味しかったので、あっという間に平らげてしまった。

それからお茶を飲んで一息ついていると、不意に声をかけられた。

振り向くとそこには、彼が立っていた。

どうやら喉が渇いていたらしく、おかわりを要求しに来たらしい。

それを聞いて立ち上がろうとしたが、彼に制止された。

代わりに取ってきてくれると言うのだ。

申し訳ないと思いつつも、ここは甘えることにして、お願いすることにした。

数分後、戻ってきた彼から湯呑みを受け取ると、早速口をつけることにした。

熱い液体を流し込むと、身体が温まっていくのを感じることができた。

ふうっと息を吐き出すと、全身の力が抜けていくような気がした。

しばらくボーッとしていると、急に頭を撫でられたので、驚いて顔を上げると、そこには笑顔があった。

どうやら心配してくれているらしい。

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