第8話 彼女からの謝罪

待ち合わせ場所に着くと既に彼女は待っており、

私を見つけるなり駆け寄ってくると頭を下げられたのです。

突然の事に驚いていると、彼女は謝罪の言葉を述べ始めたのですが、

どうも要領を得ず、何を言っているのか分からない状態でした。

とりあえず落ち着いてもらう為に場所を変える事にしたのですが、

その間もずっと謝り続けているばかりで、話が進まないのでどうしたものかと

考えているうちにカフェに到着していたのです。

「それで、話というのは何でしょうか?」

そこでようやく切り出すことができたのですが、彼女は俯いてしまい黙り込んでしまったのです。

その様子を見て、ますます困惑してしまった私は思わず溜息を漏らしてしまいましたが、

それでも何も語ろうとしない彼女を見かねて、こちらから話しかけることにしました。

「あの、黙っていても分からないんですけど……」

そうすると彼女はビクッと肩を震わせたかと思うと、恐る恐るといった感じで顔を上げたのです。

その表情からは怯えのようなものが感じられたので、それ以上は何も言えなくなってしまいました。

暫くの間沈黙が続いた後、不意に彼女が口を開きました。

「ごめんなさい、実はこれを渡したかっただけなの」

そう言って手渡されたのは一枚の紙切れでした。

見ると住所らしき物が書かれているのが分かったのですが、

何処を指しているのかまでは分かりませんでした。

ですが、それが彼女の住んでいる所だという事は察しがついたので、

一応礼を言っておいたのですが、どうしても腑に落ちない点があったので尋ねてみる事にしたのです。

どうしてこのような事をしたのかと尋ねると、意外な答えが返ってきました。

曰く、私ともっと親密になりたいと思っていたものの、中々勇気が出せず悩んでいたところ、

今回の出来事が起こったという事です。

それを聞いた私は驚きを隠せなかったのですが、同時に納得できた部分もあったのです。

「つまり、私の事が好きだから、襲ってしまったということですよね?」

そう尋ねると、恥ずかしそうにしながらも頷いてくれたのでホッと胸を撫で下ろしました。

「でもね、私にはお付き合いしている人がいるの」

「えっ!?」

驚くのも無理はないでしょう、今までそんな素振りを見せたことがなかったのですから。

しかし、本当のことなので仕方ありません。

正直に打ち明けることにしたのです。

「嘘じゃないですよ? ほら、見て下さい!」

スマホを取り出してSNSアプリを開くと、彼氏さんとのツーショット写真を見せてあげました。

そこには、仲睦まじく寄り添う姿が映っています。

とてもお似合いのカップルだと思いました。

それからというもの、毎日のように電話やメールのやり取りをしています。

今ではすっかり仲良しになってしまい、休日にデートに行くこともありました。

そんな様子を見て、周りの人たちからは羨ましがられることも多いです。

でも、私たちはこれでいいと思っています。

お互いを大切に思い合える関係が一番だと思うからです。

それに、私は彼と一緒にいられるだけで幸せなんです。

だから、これ以上のことは望みません。

「ふふ、可愛いでしょ」

私は自慢げに胸を張って見せます。

そうすると、先輩が私を睨みつけてきました。

その視線はとても鋭く、まるで獲物を狙う肉食獣のように思えました。

恐怖を感じた私は思わず後退りしてしまい、そのまま壁際まで追い詰められてしまいました。

逃げ場を失った私は、震えながら先輩の様子を伺うことしかできませんでした。

先輩は無言のまま、ゆっくりと手を伸ばしてきます。

その手は私の頬に触れると、優しく撫で回し始めたのです。

くすぐったい感覚に身を捩っていると、今度は首筋の方に手が伸びてきたので、

驚いて悲鳴を上げてしまいました。

しかし、そんなことはお構いなしといった様子で、執拗に触れてくるのです。

次第に息が荒くなっていき、息遣いが聞こえてくるほどでした。

そして、遂には服の中に手を入れられそうになったところで、

我に返った先輩が慌てて離れていきました。

その後、暫くの間気まずい空気が流れていましたが、気を取り直したように立ち上がると、

そそくさと去っていってしまったのでした。

一人残された私は、ただ呆然としていました。

(どうしてこうなったんだろう……)

そう思いながらも、どうにか気持ちを切り替えて、帰路する事にしたのです。

次の日、出勤すると先輩の姿はありませんでした。

不思議に思った私は、近くにいた同僚に尋ねてみたところ、

彼女は昨日の事件が原因で会社を辞めてしまったという事を知ったのです。

ショックを受けつつも、仕事に打ち込む事で気を紛らわせようと考え、

いつも以上に熱心に取り組みました。

おかげで仕事は順調に進み、定時を少し過ぎた頃に終える事ができたのです。

帰りにスーパーへ立ち寄り、食材を買い込んだ後、家に帰り着きました。

食事を済ませた後、入浴を済ませてベッドに入り、眠りにつきました。

翌朝、目が覚めると頭が痛く吐き気に襲われました。

体温計を手に取り測ってみると、37°Cを超えており、完全に風邪を引いてしまったようです。

(参ったな、これじゃ仕事に行けないよ)

そう思うと同時に溜息が出てしまいます。

仕方なく休む旨の連絡を入れようとしたところ、タイミング良くスマホが鳴り響きました。

画面を確認すると、そこには桜谷涼花の名前がありました。

嫌な予感を覚えつつ電話に出ると、開口一番に怒鳴られました。

どうやら彼女も休みのようだけど、そんな事よりも私が休んでいる事が気に入らないようでした。

その後も散々文句を言われた挙句、通話を切ってしまいました。

(まったく、酷い言われようだわ)

心の中で愚痴りながらも、大人しく寝ることにしました。

ところが、数時間後にまた彼女から電話がかかってきました。

無視しようかと思ったのですが、あまりにしつこいので出る事にしました。

「ちょっと、いつまで寝てるのよ! 早く出てきなさいよ!」

相変わらず不機嫌な様子ですが、今日は一段と怒っているように感じられました。

その理由はすぐに分かりました。

何と、一緒に映画を見に行く約束をしていたのを忘れていたというのです。

(はぁ!?  何言ってるのこの人?  信じられないんだけど!)

怒りを通り越して呆れてしまいましたが、取り敢えず謝っておきます。

しかし、そう簡単に許す気はないようで、ぶつぶつ言いながらも許してくれたのでほっとしました。

そして、その後は何事もなく一日を終えることができたのです。

翌日になってようやく体調が回復した私は、早速職場に向かうことにしたのですが、

道中で気になるものを見つけました。

それは小さな祠のようなものでした。

近づいてよく見てみると、お地蔵さんが祀られているではありませんか。

こんな街中にあるなんて珍しいと思い、ついつい見入ってしまいます。

しばらく眺めていた後、そろそろ行かなきゃと思って踵を返した瞬間、

背後に気配を感じて振り返ると、そこには一人の男性が立っていました。

スーツ姿の男性で年齢は30代半ばといったところでしょうか、

眼鏡を掛けた真面目そうな印象を受けます。

彼は笑顔で話しかけてきました。

どうやら道を聞きたいようです。

目的地を聞いてその場所を知っていると答えた途端、嬉しそうな顔をしていました。

案内して欲しいと言われましたが、流石に見知らぬ男性についていくわけにはいきませんので、断りました。

残念そうな顔をしながらも諦めて去っていく彼の背中を見つめながら、私も再び歩き始めたのです。

それから数分後、ようやく職場に到着することができました。

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