第6話 kissは蕩ける

「えっと、一つだけお願いしても宜しいですか?」

そうすると彼は優しい笑顔で頷いてくれたので、思い切って口に出した言葉は、

「好きです、私を愛して下さい!」

というものでした。

それを言った後の恥ずかしさは半端なものでは無かったのですが、

勇気を出して伝えましたので後悔はありません。

寧ろスッキリしています。

そうすると彼は嬉しそうに微笑み、私にキスをしてくれました。

(良かった)

それで満足してしまった私は彼の胸に頭を擦り付けるように甘えていましたが、

次第に瞼が閉じていき、夢の世界へと旅立つのでした。

目が覚めると夕方になっておりました。

「あれ、私、いつの間に寝てたの?」

不思議に思いながらも起き上がってみると、

机の上にメモ用紙が置いてありました。

そこにはこう書かれていました。

「ゆっくり休んでね」

と書かれておりましたので、どうやら彼が書き置きを残してくれたようです。

その優しさに感謝しつつ、改めて彼のことを好きになってしまったことを自覚したのでした。

それから暫くの間、ボーッとしていましたが流石にお腹が空いてきたためキッチンへ

向かい冷蔵庫を開けてみましたところ、中には美味しそうな料理の数々が入っておりましたので早速頂くことにしました。

どれもこれも美味しくて箸が進みますし、何よりも愛情が込められていることが伝わってくるような気がしました。

(ありがとうございます)

心の中で感謝しながら完食させて頂きましたので食器を洗って片付けた後は、再びベッドへと潜り込み眠りにつきました。

翌日目が覚めると時刻は朝の8時でした。

「遅刻しちゃう!」

と慌てて飛び起き、急いで支度を始めることにしました。

まずはシャワーを浴びるために浴室へ向かいます。

「あれ?  シャンプーが無い!」

と気づき、浴室から出て確認してみますがやはりありません。

仕方なくタオルを体に巻いてから急いで着替えてから玄関へ向かい、 靴を履いて家を飛び出します。

そうすると彼が家の前で待っておりました。

(まさか朝から会えるなんて嬉しい!)

と思い、駆け寄りたい衝動に駆られましたが、我慢しなければなりませんでした。

「おはようございます、今日も良い天気ですね」

と挨拶を交わします。

それから二人で並んで歩き出します。

「昨日はよく眠れた?」

と聞かれ、 私は満面の笑みで答えます。

「はい、お陰様でぐっすりでした」

そう答えた後、彼の腕に抱きつきました。

彼は一瞬驚いたような表情を見せましたが直ぐに笑顔になり、私の頭を撫でてくれました。

それがとても心地よくて幸せな気分になりました。

(ああもう! 幸せすぎるよぉ〜)

心の中で叫びつつも顔は緩みっぱなしです。

それから暫くの間彼と会話を交わしながら歩いていましたが、

途中で彼が立ち止まりましたので私も足を止めると、

彼は私に向き直りましたので私も姿勢を正し、彼を見つめ返します。

そして次の瞬間にはキスをされましたので驚きながらも受け入れていましたが、

次第に激しくなっていき最終的には舌を絡め合わせるような濃厚なものへと変わっていきました。

「んっ、ふぁっ、ふぅ」

息が続かなくなり苦しくなってきたところでようやく解放されましたので慌てて呼吸を整えます。

そんな私に対して彼は、優しい笑顔で微笑んでくれていました。

(ああもう!  なんなのこれ!?)

と心の中で叫びつつも顔は緩みっぱなしです。

「それよりも仕事は平気かい? 早くしないと遅刻しないか?」

「あっ、本当だ!  急がないと!」

私は慌てて走り出すと彼も一緒についてきてくれました。

「あの、ありがとうございます」

お礼を言うと彼は笑顔で応えてくれます。

そんな彼の優しさにまた惹かれてしまいそうになりますが、

今はそれどころではありませんので何とか堪えます。

「では、失礼しますね」

と告げ、走り出しますが直ぐに息切れを起こしてしまいました。

(やばい、間に合わないかも……)

と思いながらも懸命に走り続けていると前方にバス停が見えてきましたので

そちらへ向かって全力疾走することにしました。

幸いな事にまだバスが停まっていた為、間に合いそうです。

ホッと胸を撫で下ろしつつバスに乗り込むと空いている席に座りました。

そして息を整えながら窓の外を眺めていますと、次第に落ち着きを取り戻してきたのですが、

ふと我に帰ると今の自分の状況を思い出し、顔が熱くなっていきます。

周りを見渡してみても特に変わった様子はありませんので安心していましたが、ここで一つ問題が浮上してきました。

それは、この状態で職場に行くのかどうかという事です。

正直言って今の格好では人目を引くことは間違いありませんし、何よりも恥ずかしいのです。

しかし、今更引き返せるわけもありませんし、そもそも戻る時間もないと思われますので、

覚悟を決めることにしました。

バスから降りた私は足早に会社へ向かい、エントランスを抜けたところで見知った顔の人と鉢合わせてしまいました。

その人は、会社の同僚で何度か会話を交わしたこともある方なのですが、

何故かこちらを凝視しており、心なしか目が血走っているような気がしてなりません。

(なんか怖いなぁ)

と思っていると、突然腕を掴まれました。

その瞬間、ゾワッとした感覚に襲われたのですが、相手はそんなことなどお構いなしといった様子で話し掛けてきました。

彼女は同じ部署に所属する後輩で、名前を小枝愛子と言います。

年齢は20歳で、背が低く小柄で童顔な容姿をしており、小動物のような可愛らしさがあるため社内でも人気が高い女性だ。

そんな彼女の様子がおかしいと感じた私は、それとなく話を聞いてみることにした。

話を要約すると、最近彼氏と上手くいっていないということだった。

それもそのはず、彼氏の浮気が発覚したため、別れるかどうか迷っているのだという。

そのため相談に乗ってほしいと言われたのだが、正直なところ面倒だったので断ろうと思っていたのだが、

あまりにも必死にお願いしてくるものだから断り切れず、渋々承諾してしまったのだった。

それからというもの、毎日のように電話やメールが来るようになり、

辟易としていたある日のこと、事件は起こった。

なんと彼女が家に押しかけてきたのだ。

突然のことで動揺していると、いきなり抱きついてきてキスされてしまったのである。

「なっ、何をしてるの!?」

咄嗟に引き剥がそうとするがびくともしないどころか更に強く抱きしめてくる始末だった。

なんとか逃れようとするものの、がっちりとホールドされているせいで身動きが取れなくなってしまったため、

諦めてされるがままになっているしかなかったのだが、しばらくすると満足したのか解放してくれたので

ほっと胸を撫で下ろすことができた。

「ご、ごめんなさい、変な事をして」

「いや、別にいいけどさ……それより、どうしてここに?」

恐る恐る尋ねると、返ってきた答えは意外なものだった。

どうやら私と話がしたかったらしいのだそうだ。

確かにここ最近は仕事が忙しくて碌に話せていなかった気がするし、

彼女も話したいことがあったのかもしれないと思い、部屋に上げてやる事にした。

そうしてリビングに移動した私達はソファーに腰掛けると早速話し始めたのだが、

なぜか妙に距離が近いというか密着しているような気がする。

おまけにやたらとボディタッチが多いような気もするのだが気のせいだろうか?

「あの、ちょっとくっつきすぎじゃない?」

と言うと、不思議そうな顔で見つめ返されたのでこちらが間違っているのかと錯覚してしまうほどだった。

だが、やはりおかしいと思うものは仕方がないので指摘することにした。

そう言うと今度は悲しそうな表情になり俯いてしまった。

そんな彼女を見ているとなんだか申し訳ない気持ちになってきたが、

このままでは話が進まないと思ったので思い切って聞いてみることにした。

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