第2話 彼の事が忘れられない
「えっと、今キスしましたよね?」
慌てて確認を取ると、彼は照れたような笑みを浮かべた。
そして、再び唇を重ねてくる。
今度は舌まで入ってきたため、頭が真っ白になった。
そのまましばらくの間、濃厚な時間を過ごした後、
ようやく解放された時には息も絶え絶えになっていたが、不思議と不快感はなかった。
むしろ心地良いくらいである。
それからしばらく余韻に浸っていたのだが、
不意に我に返ると恥ずかしさが込み上げてきたので、逃げるようにその場を後にしたのだった。
その後、私は帰宅してからもずっと上の空で過ごし続けた。
理由は言わずもがなである。
あの男のことで頭がいっぱいになって何も手につかないのだ。
気がつけば彼のことばかり考えている始末である。
そんな自分が嫌になるのだが、どうすることもできないのであった。
翌日になっても気持ちは変わらず、憂鬱な気分が続いていたある日のこと、
彼から電話がかかってきたことで目が覚めたのだった。
一瞬無視しようかとも考えたのだが、昨日の件を思い出してしまったため仕方なく出ることにすると、
いきなり謝罪されてしまったので面食らってしまった。
一体何の話だろうと思いながらも話を聞いていると、
どうやら先日の出来事について謝っているようだということが分かった。
(なるほどそういうことね)
納得してはみたものの、別に怒っていたわけではなかったのであまり意味は
なかったかもしれないと思ったが、一応許しておくことにした。
それからしばらくの間世間話をしていたのだが、やがて話題が尽きてしまったため、
沈黙が流れるようになった。
しかし、それは決して気まずいものではなく、むしろ心地よい静寂のようなものだった。
そんなことを考えていると、不意に彼が口を開いた。
「あのさ、実は昨日から考えていたことがあるんだけど聞いてもらえるかな?」
私は小さく頷くことで答えると、彼は続けて話し始めた。
「今から会ってデート出来ませんか?」
「デート、ですか?」
私が聞き返すと、彼は恥ずかしそうに頷いた。
その様子を見て、私は思わず笑ってしまいそうになったが何とか堪えることに成功した。
そして、返事をするべく口を開いたのだが、上手く言葉にならなかったため、
代わりに首を縦に振ることで肯定の意思を伝えることにした。
それからすぐに準備に取り掛かり、待ち合わせ場所へと向かったのだった。
到着した時には既に彼が待っていたので声を掛けると、嬉しそうに微笑んでくれた。
その後は二人で街を散策することにしたのだが、歩いているうちに段々と
楽しくなってきたようで自然と足取りも軽くなっていたように思う。
そうしてしばらく歩き続けた後、休憩も兼ねて喫茶店に入ることにした私達は
窓際の席へと座るとメニュー表を開いて注文する品を選び始めたのである。
先に注文が決まったのは私の方だったらしく、彼に確認を取ってから店員さんを呼ぶと、
アイスティーを2つ注文した。
待っている間、他愛もない会話をしていたが、
ふと会話が途切れたタイミングで彼が唐突に聞いてきた。
「俺と付き合いませんか?」
その言葉を聞いた瞬間、私は固まってしまった。
頭の中が真っ白になり何も考えられなくなるほどに動揺していたのだが、
なんとか平静を装って答えることに成功する。
そして、少し間を置いてから返事をすることにした。
「はい、よろしくお願いします」
私が答えると、彼は安堵の表情を浮かべた後、嬉しそうな声で返事をしてくれたのだった。
その後は楽しく会話を続けながら食事を終え店を出たところで解散することになったのだが、
別れ際になって再び彼の方から声を掛けられた。
今度は何だろうと思い首を傾げると、いきなり抱きしめられる形に
なったため驚いてしまうことになったが、不思議と嫌な感じはしなかったので
抵抗せずにいると、耳元で囁かれたのだ。
「俺はあなたのことを愛しています」
その一言を聞いた瞬間、胸が高鳴るような感覚に襲われたのだが、
同時に不安にもなったため思わず聞き返してしまった。
そうすると彼は真剣な眼差しで見つめてきた後、再び口を開いたのだった。
「本当です。あなたはとても素敵な女性だと思いますし、
何よりも気が合うと思ったんです。キスして下さい」
「えっ、あの、それはちょっと……」
突然の申し出に戸惑いながらも断ろうとしたのだが、結局押し切られる形になってしまった。
そして、そのまま唇を重ねられてしまうことになったのだ。
キスはとても甘くて幸せな気分になったが、同時に恥ずかしさもあって複雑な気持ちだったことを覚えている。
その後、彼と別れた後もしばらくはドキドキしっぱなしでまともに顔を見ることすらできなかったほどだ。
そんな調子で日々を過ごしていたのだが、ある日のこと突然彼から連絡が入ったので
電話に出てみると意外なことを言われたのである。
なんとデートの誘いだったのである。
しかも行き先は遊園地だという。
これには驚いたものの断る理由もなかったので快諾することにしたのだった。
当日までの間、ワクワクしながら過ごす日々が続いたのだが当日になると
緊張のあまり心臓がバクバクしていたのを覚えている。
待ち合わせ場所に到着すると既に彼が待っていたため慌てて駆け寄ることにした私だったが、彼は笑顔で出迎えてくれた。
それから二人で遊園地を巡りながら楽しい時間を過ごしたのだが、
やはり一番印象に残っているのは観覧車に乗った時のことである。
頂上付近まで登ったところで彼が突然キスをしてきたのである。
最初は驚きのあまり固まってしまったが、次第に受け入れていくようになり
最終的には自分からも積極的に求めるようになっていったのだった。
その後も色々なアトラクションを楽しんだ後、最後に訪れたのは夜景が見える展望台だった。
「綺麗だね」
私が呟くように言うと、彼も同意してくれた。
そして、そのまま二人で寄り添いながら夜景を眺めることになったのだが、
そこで彼が再びキスを求めてきたのでそれを受け入れることにした。
最初は触れる程度の軽いものだったが次第に深いものに変わっていき、
最終的には舌を絡めるような濃厚なものになっていった。
お互いの唾液を交換し合うような激しい口づけだったが不思議と不快感はなくむしろ心地良いくらいだった。
しばらく続けた後、ゆっくりと唇を離すと銀色の糸を引いたのが見えたため恥ずかしくなったものの、
それ以上に幸福感に包まれていたように思う。
その後は手を繋いだまましばらく無言のまま寄り添っていたのだが、
不意に彼から話しかけられたことで現実に引き戻されたような気分になったのだった。
「もう一度、キスしませんか?」
「えっ、あっ、はい」
突然の申し出に動揺しながらも承諾すると再び唇を重ね合わせた。
今度は先程よりも長く濃厚なものだったため息が苦しくなってきたが、それでも止めることはできなかった。
むしろもっとして欲しいと思うくらいだった。
それからしばらくの間キスを続けた後、ようやく満足したのか解放してくれた時にはすっかり蕩けてしまっていたように思う。
そんな私を優しく抱きしめてくれる彼に対して愛おしさを感じずにはいられなかったのだが、
それと同時に安心感を覚えてもいたのである。
「今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ楽しかったですよ」
「そう言っていただけると助かります。それではまた」
別れ際にそう言葉を交わしてから私は自宅に戻ったのだった。
その夜はなかなか寝付けなかったこともあり、
翌日になってから改めて思い返してみたところ羞恥心に苛まれることとなったのは言うまでもありませんでした。
そうして、今日は勤務日です。
いつも通り出社して仕事をこなしていたのですが、どうにも集中できません。
原因は明らかでした。
昨日の出来事が頭から離れないのです。
彼のことを思うと胸が高鳴りますし、気がつくと彼の顔を思い浮かべてしまいます。
これは完全に恋してしまったということなのでしょう。
そんなことを考えているうちに昼休みの時間がやってきたので昼食を取るために食堂へ向かいました。
メニューの中からカレーライスを選ぶことにしました。
食券を買ってカウンター越しに渡すとしばらくして、料理が出てくるというシステムになっています。
しばらくすると目の前にカレーライスが置かれました。
早速食べ始めることにするのですが、スプーンを口に運んだ瞬間に違和感を感じてしまいました。
なんというか味が違うような気がしたからです。
具体的にはスパイスの香りが弱く、コクがないように感じられたのです。
どうやら市販されているルーを使ったのではなく、自分でブレンドしたカレー粉を使っているようです。
ですが、それで美味しいと思える味わいではありましたので、気にせず完食することができました。
午後からは営業先へと向かう予定になっているため、早めに仕事を切り上げると会社を出ることにしました。
最寄り駅に到着し電車に乗ってからも私は考え込んでいました。
果たして彼に恋心を抱いてしまってもいいのだろうか? という葛藤の中で揺れ動いています。
そんな悩みを抱えてはいたが、心のどこかで喜んでいる自分がいることを認めざるを得なかったのです。
(やっぱり好きなんだろうなぁ)
と内心で呟くと同時に顔が熱を帯びていくような感覚に陥りながらも、
(でも、今は仕事を頑張らないといけない時期だから迷惑にならないよう節度を保つことを考えよう)
と決意を新たにするのでした。
(よし! 頑張ろう! そう決めたんだ!)
私は自分に言い聞かせるように心の中で呟いた後、電車を降りる支度を始めたのです。
駅に到着してから少し歩いた先に営業先があります。
そこは大手企業ですから、ここでの実績があれば、今後の営業に大いにプラスになりますから気合十分でした。
特に今日の相手はかなり強敵ですから、気を引き締めなければならないと考え、
気合いを入れてからインターホンを鳴らすことでした。
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