吹奏楽部のほだかくん 1

 朝、私は起きて、1階のリビングに下りる。お母さんは、とっくにスーツ姿になっていた。「音美、おはよう。朝ごはんは作っておいたから、食べてお皿も洗うのよ」

 お母さんはバッグの中身を確認しながら、私に言いつけてくる。

 リビングのテーブルには、私の朝ごはんがならんでいた。トーストに目玉焼きとサラダだ。

「う、うん」

 うなずいている私をよそに、お母さんは棚の上にかざられているお父さんとりっかちゃんの写真のところに向かう。

「いってきます」

 お母さんは、写真のふたりに言う。

まだ朝の6時半なんだけどな。

「音美も、カギはよろしくね」

「うん、いってらっしゃい」

「あと、学校が終わったらちゃんと塾に行くように」

 お母さんが出ていくと、家の中がうんと静かになる。

 お母さん、働きすぎじゃないかな。夜だって、私が寝る時間になっても帰らないなんてしょっちゅうだし。

 無理しているみたい。

 私はひとりで朝ごはんを食べて、お皿を洗って片づけた。ニュース番組で今日の天気をチェックすると、髪の寝ぐせを直し、制服に着替える。学校に行く時間になると、私はリビングの棚の上にかざられたお父さんとりっかちゃんの写真のところに向かった。

「じゃあ、いってきます」

 私もいつもどおりのあいさつをして、出発した。家のカギもちゃんとかける。

「おっす」

 通学路に出たところで、ほだかくんの声が聞こえてきた。

「鈴森くん、おはよう。……って、あいちゃん、今日は三つ編みなんだ」

 いっしょにいるあいちゃんの髪型に、私の目がくぎづけになった。昨日のツインテールもかわいかったけど、今日の三つ編みも似合っている。

「おはよう。いつも兄さんに結ってもらうんだ」

 あいちゃんは言いながら、自分の三つ編みのおさげにさわった。

 ということは、昨日のツインテールもほだかくんがしたものか。

「鈴森くん、上手だね。昨日もだけど、きれいだよ」

すごい。こんなふうに妹の髪をきれいに整えてあげられるなんて。全国のコンクールで金賞をとったことといい、ほだかくんって、多才だな。

「いつものことだから。じゃ、学校行こうか」

「そ、そうだね」

あいちゃんといっしょは楽しい。でもほだかくんのそばだと緊張してしまう。

「音美姉さん、どうしたの? 元気ない?」

 あちゃー、あいちゃんに心配されちゃった。

「ううん、元気だよ。でも、私なんかがいっしょでいいのかなって……」

「どうして? 私といっしょがいや?」

 やば、あいちゃんを悲しませてしまう。

「ぜんぜん! いっしょにいて楽しいよ。でも」

 ほだかくんを見つめる。栗色の瞳と目が合った。

「オレがどうかしたの?」

「鈴森くん、全国のコンクールで金賞とったんでしょ。私なんか、普通の中学生だし」

「それ、なんか関係ある?」

 どうでもよさそうに、ほだかくんは言ってのけた。

「オレ言ったよな。あいと仲良くしてくれる人は大歓迎だって。だからいいんだよ。気にしない気にしない」

 トランペットで金賞をとったからって、えらそうにしないのもいいな。

 だから、あいちゃんもほだかくんのことが好きなのかな。

「あとオレのことは、下の名前で呼んでいいよ」

 ってことは、ほだかくんって口に出して呼べってこと?

「どうして? ちょっと、呼びづらいかも」

 男の子を下の名前で呼ぶなんて、初等部の4年生くらいでやめたのに。

「鈴森って呼ばれたら、オレのことだかあいのことだかわかんないし、ややこしいんだよ」

「ややこしいかな……」

「言っておくけど、あいといっしょのときだけだぞ。クラスメイトの前では絶対に禁止な」

 あわてたように言いつけてくるほだかくん、かわいいって思ってしまった。

「ふふ」

「どうしたんだよ、急に笑って」

「鈴森く……じゃなかった、ほだかくんって、実は普通の中学生なんだなって」

 雲の上の人だと思ったけど、ぜんぜんそんなことない。

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