入学式 7
「はい、3人ともきれいにとれたわよ」
めぐみさんが、ほだかくんにスマホを返す。
「七川、ありがと。写真は後で送るから、ラインのIDを交換しよっか」
「そうだね」
私とほだかくんがラインのIDを交換した。友だち追加のボタンを押す。
そのとき……
「新入生のみなさーん、こんにちはー! 入学おめでとー!」
活発そうな女の人の声がひびいた。
声がしたほうに目を向ける。
見ると、吹奏楽部の人が中庭にわらわらと出てくるところだった。トランペットにフルート、トロンボーンにユーフォニアム、シンバルにチェロと、いろんな楽器を持った人たちが、列を作っていく。
「吹奏楽部は新入部員を募集してまーす。入部希望の人は私、部長の桃山まで!」
桃山ももか先輩。ものすごく活発で、がんばり屋さんで、みんなをまとめるのが大好きな人。吹奏楽部の部長をしているのも当然だよ。
初等部のころから私の年上の友だちで、すっごく仲よかったんだけど、今はすっかり大人っぽくなった。ザ・先輩って感じ。体もすらっとしていてスタイルいいし。
「今日は中庭をお借りして、楽器の体験会をやります。気になる楽器があったらよっていって、好きなだけ演奏していって!」
いいかも……
私は足が一歩だけ出て、止まった。だめ。私、お母さんから部活を禁止されてるんだから。
「ちょっと、おもしろそう」
ほだかくんが、つぶやいた。
「七川、あいをたのむ」
ほだかくん、にたー、といたずらっぽい目をしている。
「う、うん、いいけど」
「兄さんを見ててね」
あいちゃんも、にたー、といたずらっぽく笑っていた。さすが兄妹。そっくり。
ほだかくんは、桃山先輩のところに走っていく。
「はいはいはい! やります! 楽器やりたかったんです!」
「おっ! 積極的な後輩がきたぞ。見かけない顔だね」
桃山先輩は、目の前に来たほだかくんにぱっと目をかがやかせる。
「この間引っ越してきて、中等部から通うことになったんです」
「? なるほど。で、楽器は?」
「トランペットで」
「おおう、いい楽器。お目が高い。トランペット班、楽器をお願い」
はい、と吹奏楽部の男子部員がトランペットを持ってきて、ほだかくんに手渡す。
「さてと吹きかたを教えなきゃ……」
「大丈夫です。習ったことがあるんで」
「そう? なら、お手なみ拝見といきますか」
試すような桃山先輩に、余裕そうなほだかくん。
ほだかくんはトランペットをかまえた。マウスピースに口をつける。
そして、軽やかで楽しい音楽がかなでられた。音がきれいで、広い中庭でもよく通る音色。桃山先輩もびっくりして、口が漢字の一みたいな形になっている。
「おもちゃの兵隊のマーチだ」
私は曲名をつぶやく。テレビのクッキング番組のときにも流れる有名な曲だ。私も、フルートの楽器教室に通っていたときに演奏したことがある。
りっかちゃんも好きだった曲のひとつだ。
「何だ?」「あの子、トランペットうまくない?」「なんか楽しそー」
中庭にいる新入生たちも、ほだかくんのトランペットに夢中になっていた。
たくさんの人に注目されても、ほだかくんはトランペットの演奏を続ける。緊張するどころか、ピストンを押す指が軽やかだ。
曲が終わる。ほだかくんがマウスピースから口をはなすと、まわりの人たちが拍手した。
私はぼうぜんとしていたけど、あいちゃんがひじをつついてきた。
「どう? 兄さんのトランペット」
「すごいすごい。あんなに上手な子、めったにいないよ。びっくりしちゃった」
「でしょー」
あいちゃん、じまんげに腰に手を当てている。
「どこかで習っていたんですか?」
私はめぐみさんに聞いてみる。
「前の街では楽団にいて、大人たちといっしょに演奏会に出たりしたのよ」
「大人たちといっしょにって、すごいですね」
あんなにうまいのも納得だ。
「それにね……」
あいちゃんが何か言いかけたけど……
「わーーーー! えーーーー! きみがあの鈴森ほだかくん⁉」
桃山先輩のさけぶ声で、私もあいちゃんもびくってなった。
「今朝いきなり入部届を提出した、ウワサの新入部員第1号。でもって、全国管楽器コンクール小学生部門トランペットソロ部門で金賞を受賞した、あの有名な……まさかと思っていたけど、こんなところで会ってしまうとは」
全国管楽器コンクールって、全国から何百人もの子が参加して、厳しい予備審査を受けて、本選に残るだけでも10人いるかいないかっていう、ものすごく狭い門だよね。それを金賞って。
「……あいちゃん、今の話って本当?」
「ホントだよ」
子ねこみたいな見た目がかわいいと思った新入生。明るくて妹思いなのがすてきな、普通の中学生だと思っていたほだかくんが、実はそんな雲の上の人だったなんて。
どうしよう。私、いっしょに写真までとっちゃったよ。
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