入学式 6
「写真、どうもありがとう。じゃあ私はここで」
ひととおり写真をとってもらったところで、お母さんは言い出した。
「えっ、もう帰るんですか?」
ほだかくん、やっぱりびっくりするよね。
「仕事があるから。じゃあ音美、学校から帰ったら留守番よろしく」
お母さんは校門のほうへと向かっていく。
「仕事、がんばってね」
私はお母さんの背中に向かって言う。
お母さんは片方の手を上げた。
「七川の親も、いそがしいんだな」
「うん、今日は無理して午前だけ仕事休んだみたい。でも、私のお母さんもって?」
「オレの親もいそがしくてさ、帰りが遅いんだよ」
「そうなんだ」
「あいは放課後児童クラブに入ってもらうし」
「児童クラブ? この学校にある?」
初等部の校庭のかたすみにある、星川学園の校舎をアパートくらいの大きさにした建物。それがこの学校の児童クラブだ。
「そうだよ」
「私も入っていたの」
お父さんとりっかちゃんの事故があってからだ。お母さんの帰りが仕事で遅くなるから、私は放課後、あそこですごすようになった。
「へえ、七川もか。どんなとこ?」
「いいところだよ。そこの人たちにたくさん遊んでもらったし」
「よかった」
そのときだった。
「兄さん!」
小さい子が、ぼすっとほだかくんに飛びついた。
「おっと」
ほだかくんはちょっとよろめくけど、その子を受け止める。
「入学おめでと。かっこよかった」
「あい、ありがと」
ほだかくんは笑って、あいちゃんの髪をなでている。甘えてくるのをいやがったりしていなかった。
「母さんは?」
「近くにいるよ」
あいちゃんが言ったとおり、教室で見たほだかくんのお母さんが追いかけてきた。
「もう、あいったら、急に走り出すから。あら、あなたはC組にいた……」
ほだかくんのお母さんと目が合って、私は頭を下げる。
「七川音美です。よろしくお願いします」
「鈴森めぐみです。七川さんって、朝ふたりを学校まで案内してもらった……?」
「うん、やさしいお姉さんなんだよ」
やさしい、ってあいちゃんに言われた。へへ。
「ありがとう。私が学校まで連れていくべきだったんだけど、朝ばたばたして」
「ただ案内しただけですから。あっ、写真、とりますよ。あの桜の木の下とか、どうですか?」
私もほだかくんに写真をとってもらったんだ。これくらいはしないと。
「サンキュー、じゃあ、オレのスマホでお願い」
ほだかくんは、ポケットからスマホを取り出した。私に渡してくる。
ほだかくんたち3人は、桜の木の下にならんだ。私はスマホの画面ごしに、3人を眺める。
りっかちゃんの入学式を思い出した。私も新しい制服を着たりっかちゃんと並んで、この桜の木の下で写真をとったな。
「じゃあ、いきます」
私はシャッターのボタンを押した。
「音美姉さんもいっしょにとろうよ」
あいちゃんが言い出した。
「私も?」
私なんかがいっしょになって、ほだかくん、いいのかな。
「あいが言うなら、しょうがないな。こっち来てくれるか?」
ほだかくん、あいちゃんに甘すぎ。でも……。
「うん」
私も、あいちゃんといっしょの写真を残したい。
「私がとるから、七川さんはこっちに」
めぐみがこっちに来る。私はスマホを渡して、ふたりといっしょに桜の木の下に向かった。
私とほだかくんの間に、あいちゃんが立つ。
「じゃあ、とるわよ。3、2、1……」
めぐみさんがシャッターを押す、その瞬間に……。
ぎゅっ。
私の手が、小さい手ににぎられた。
「えっ……」
カシャ。写真がとられる。
あいちゃんは、私の手をにぎったままだ。小さくてやわらかくて、温かい。
「もう1枚とるわ」
めぐみさんは、もう一度シャッターを押す。1枚目は驚いた顔になったけど、今度はうまく笑えた。いい写真になったよね。
――なんだか、りっかちゃんがもどってきたみたい。
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