第28話 冬の大三角形と旅立ち チンコンシャ(鎮魂者)

 夕暮れ時、チトセはユイとの待ち合わせ場所の公園へと向かう。到着すると彼女がブランコの横に立っている。彼は彼女の元へと向かう。


「結?」


「あっ、お兄ちゃんだ」


「星を見に行こうか?」


「まだ夜じゃないからお星様見れないよ?」


「そうだね。でも歩いていたら夜になるよ」


「あっ、そうだ! 結、ブランコに乗ろっ」


「乗ってたんじゃないのかい?」


「結はブランコ上手じゃないから」


「そうなの?」


「ホントだよ。見て」


 そう言うと彼女はブランコをぎ始める。確かに漕ぎ方がぎこちない。けれど、その姿が彼には愛らしく見える。


「下手くそでしょ?」


「んっ、そんなことないよ。漕いであげようか?」


「うんっ!」


 彼はブランコのチェーンを掴み前方へと振る。そして少しずつ反動を大きくし勢いがついてきたところで手を離す。すると彼女は体を使い上手く漕ぎ始める。彼女の表情には真剣さと楽しさが入り混じっている。


「止めて下さい、お兄ちゃん」


「えっ! もういいのかい?」


「結、疲れたです」


「あっ、そうなんだね」


 彼はチェーンを掴むとゆっくりと減速させて止める。すると彼女は飛び降りポーズを決める。その姿がまた愛くるしい。


「チトセ君?」


 その声の主が彼にはすぐ分かった。前方にチアキが立っている。彼女が近づいて来て彼の前で立ち止まる。


「今でもブランコ乗るの? チトセ君」


「いや……懐かしいなと思って見てただけです」


「私、久しぶりに乗ってみようかな」


 そう言うと彼女は乗り漕ぎ始める。しかし、上手く勢いに乗れないでいる。


「あれ? 昔は上手く出来たのにな。手伝ってもらえないかな? チトセ君」


「……あっ、はい」


 彼はチェーンを掴み振ってあげる。チアキは昔のコツを取り戻したのか勢いがつく。そして彼女は水平に両脚を伸ばし大きくブランコを揺らす。


「私も出来るかな?」


 そう言うと彼女はブランコから飛び降り結同様にポーズを決めた。後方に揺れて戻ってきたブランコが彼女に迫る。


 それに気付いたチトセは咄嗟に彼女とブランの間に脚を入れる。その直後、直撃し激痛が走る。


「どうだったかな? チトセ君」


 彼女が振り向こうとしている。彼は痛みと彼女に自分がしたことを知られたくないのでブランコに座る。


「チトセ君も漕ぐの?」


「いや……そうしようかなと思ったけどやめておきます」

 

 そう彼が言うと彼女は隣のブランコに座る。二人は無言のまま時間だけがゆっくりと流れていく。


 チアキは彼の横顔を見ている。チトセは視線を感じているが彼女の方を向くことはない。彼女は沈黙を破ろうと決める。


「今日でブランコは卒業かな」


「あっ、そうですか」


 そう言うと彼は痛みが引いたので立ち上がる。そして彼女の方へと向く。彼の視線は彼女の首から下の方にある。


「そろそろ帰りますね?」


「チトセ君!」


 その声に彼は顔を上げる。目が合うがすぐに彼は視線を逸らす。チアキはブランコから立ち上がり近付くと彼を見上げる。すると再び視線が合う。


「家まで送ってくれないかな? チトセ君!」


「あっ、はい」


「良かったぁ〜。断られるんじゃないかと思ってたよっ」


「じゃ、行きましょうか?」


 そう言うと彼はすぐに背を向けて歩き出す。それはこのままだと彼女の瞳に吸い込まれそうな感覚におちいったからだ。


 彼女は後に続いて歩く。二人の歩幅と歩く速さか違う為、二人の距離は次第に離れていく。彼は先程のことによる極度の緊張から後ろの彼女を気にせず歩いてしまっているのだ。チアキが立ち止まる。


「チトセ君!!」


 その声に彼が振り返る。すると、かなり遠くに彼女が立っている。


「このままじゃ、置いてけぼりになっちゃうよ。隣……歩いてもらえないかな?」


「……あっ、はい。すみません」


 そう言うと彼は駆け寄り彼女の隣に立つ。すると彼女が歩き出す。彼も彼女に歩幅と速さを合わせて歩き出す。





 チアキの家の近くまで来た。すると彼女が立ち止まる。彼女に歩調を合わせいた彼は彼女より一歩前に出る。


「チトセ君?」


「あっ、はい」


「星を見に行きませんか?」


「えっ……」


「ダメ……かな? 最近また興味が出てきて……少しの間でいいんだけどぉ」


『行こうよ? お兄ちゃん』


 結が二人の前に立ち見上げている。チトセはチアキが目の前にいるので見れないでいる。すると彼女が彼のスボンを引っ張る。


『結、違う場所でもいいし、少しだけでもいいよ。ねぇ〜、お姉ちゃんと一緒に行こうよ? お兄ちゃん』


 チラッと彼は結を見る。すると彼女は懇願する目で彼を見上げている。彼は小さく頷く。すると彼女目を輝かせる。


「ダメかな? チトセ君」


「あっ、行きましょうか?」


「良かったぁ〜。じゃあ、案内するね」


 そう言うと彼女が歩き出す。その足取りは軽い。彼は早歩きして彼女の横に並ぶ。それからは歩調を合わせる。





 チアキの家から近くの小高い丘の前に着いた。チアキが軽快に登っていく。彼と結も後に続く。そして三人は頂上に着く。


街中まちなかでふと見上げた時に見る星と違って綺麗に見えるね?」


 彼は星でなく彼女の横顔を見つめてしまっている。すぐに我に返る。


「チトセ君?」


「あっ、何でしたっけ?」


「星、綺麗だね」


「綺麗ですよ」


 二人の視線が合う。一瞬、チアキは自分に言われたのかと思う。しかし、そんなことないかと聞き流すことにする。彼女は再び星空を見上げる。今度はチトセもそうする。


「こうしていると小さい時に星にくわしい男の子に会ったの思い出いだすなぁ〜」


 その彼女の言葉にハッとなる。彼も似たような経験をしたからだ。彼が人間だった幼い頃、最愛の人キミと一緒に星を眺めるのが好きだった。それで彼は幼い姿に変えて星を眺めることがある。十年くらい前に女の子に星の名前を教えたことがあるのだ。


 偶然だろうと彼は思う。それと言うのもチアキが15歳になる年まで、彼女が最愛の人キミであると知らなかったからだ。


 本来であれば、教えてもらえるなんて有り得ないことだ。しかし、彼はシンショクシャの捕縛に新人の頃から熟練ホバクシャに匹敵する功績を立てた。


 彼はカントクシャだけでなく、その上の存在のモノからも認められた。そのモノに認められると可能であれば願いを聞き入れてもらうことが出来る。それで最愛の人キミが転魂する度に情報を教えてくれるよう彼は願い出たのだ。


 反転化する恐れを考慮され彼女が15歳になる年から認められたのだ。しかし、彼はこれまで一度も兆候すら見せたことはない。それでカントクシャの判断で上のモノに度々たびたび時期を早めるよう願い出ているが却下されている。教えてもらえるだけで彼は充分だと思っている。


「その男の子の名前だったかなぁ〜?」


「何て名前ですっ!?」


「えぇっとぉ〜…………忘れちゃったな」


「あっ…………そうですかぁ」


「うんっ。気になるの?」


「……いえ」


「思い出したら教えようか? チトセ君」


「いや……」


「そうだよね。別に知らなくてもいいことだもんね」


「まぁっ……そうですかね、はい」


「そうだ! チトセ君って星に詳しいの?」


「ん〜っ、どうなんですかね? 詳しい方だとは思いますけどね」


「ふぅ〜ん、そうなんだね。私は星の名前一つだけは知ってるよ。さっき言った男の子にいくつか教えてもらったんだけどね。その中で一つだけしか覚えられなかったんだ」


「あぁ〜っ、そうなんですね」


「ねぇ、チトセ君?」


「あっ、はい」


「冬の大三角形ってどれなのかな?」


「えぇっとですね」


「あっ、そうだ! チトセ君?」


「どっ、どうしましたか?」


「座って見ようよ?」


「あっ、はい」


 そう彼が答えると彼女は座った。彼は横目で彼女を見て少し距離を置いて座る。そうすると結が彼の脚の上にちょこんと座る。


「話をさえぎってごめんね。お願いできるかな?」


「あっ、はい。ちっょとお待ち頂けると」


 そう彼は言うとスマホを手に取る。そして、文字を打ち込む。それを結の顔の前に持ってくる。結が見る。ひらがな『いっしょに、みよう』と表示されている。結が大きく頷く。


「あっ、すみません。メッセージが来てたので返信しました」


「全然大丈夫だよ」


「あっ!」


「どうしたの? チトセ君」


「親御さんが心配してるんじゃ! この間のこともありますし」


「それは大丈夫だよ。少し遅くなるって連絡したから。それに家近いし」


「あっ、はい」


「教えてもらってもいいかな? 冬の大三角形」


「あっ、分かりました」


 そう言うと彼は下を見る。結が彼を見上げている、そして彼女は頷く。


「どうしたのかな? チトセ君」


「あっ、すみません。説明しても?」


「うん、お願いします」


「ええっとぉ〜、私が指さしている方向に赤く輝く星が見えますか?」


「うん、見えるよ」


「あれが、オリオン座のベテルギウスです」


「ベテルギウスね。二つ目はどれなのかな?」


「ええっ、ベテルギウスの左下辺りに青白く輝く星が見えますか?」


「う〜ん、どれだろう?」


 そう言うと彼女はチトセが指差す方向を追う。すると彼女の頬が彼の腕に触れる。チトセの鼓動が速くなる。そんな中、彼は彼女と肩を寄せ合い未来を誓い合った過去を思い出す。


「あっ、探せたよ」


「……あっ、あれが、おおいぬ座のシウリスです」


「んっ?……もう一度聞いてもいいかな?」


「シウリスです」


「あっ……シウリスなんだね。最後の三つ目はどれなのかな?」


『お兄ちゃん、お星様の写真撮りたいです。魔法かけて下さい』


 そう結が言うが説明中で星を指差してるので、どうしようかと迷う。すると結が彼の左手の指先にスマホを触れさせる。そして彼は精魂を込める。


「シウリスから左上に薄黄色に輝く星が見えますか?」


「……あっ、見つけたよ」

 

「あれが、こいぬ座のプロキオンです」


「プロキオンね。分かった」


「以上ですね、はい」


「ありがとう、チトセ君」


「いえ」


 そう言った彼の鼓動は更に速くなっていっている。それいうのも彼女の頬だけでなく体も彼に触れているのだ。なので彼女の方を見るなんてとても出来ない。


 そんな彼はまぶしさを感じている。きっと緊張でおかしくなっているのだと彼は思う。


「チトセ君?」


 呼ばれても向くことが出来ない。もう一度呼ばれるがやはり無理である。


「チトセ君、こっち向いてもらえないのかな?」


 さすがにマズイと思い彼は決心する。彼は視線が合わないように視線を上にしようと思う。これ以上、鼓動が速くなると気を失いかねないと思ったからだ。最初は視線を下にしようかと思ったが流石にそれは失礼だと思ったのだ。


 彼はゆっくりと彼女の方へと向く。すると目の前が光った。それによる眩しさで目がおかしくなっている。しばらくすると目が慣れてきて見えてくる。すると彼女が申し訳なさそうに彼を見つめてる。


「目、大丈夫?」


「あっ、はい」


「記念に星の写真を取ろうとしたら内カメにしてたみたい。ごめんね」


「いえ」


「本当にごめんね」


「お気になさらずに、はい」


 ふと彼は気付く。結がチアキの上に座っていることに。彼は首を横に振ってダメだよと合図する。すると彼女も首を横に振る。彼がもう一度すると彼女も仕返す。


「チトセ君?」


「あっ……はい」


「ずっと星空を見上げてたから首を痛めたの?」


「いえ…………クセで」


「そうなんだね。一度も見たことない気がするけど……あっ、何でもないよ」


「あっ、はい」


「そろそろ、帰ろっか?」


「そっ、そうですね」


 そう彼が言うと結が立ち上がる。チアキが立ち上がろうとし、彼から彼女の感触が徐々に消えていく。 


 彼も立ち上がる。しかし、チアキが触れていた為か感覚がおかしい。なので、ふらついてしまう。するとチアキが彼の腕を両手で掴み支える。


「あっ、すみません」


「あっ……うん。行こっか?」


「あっ、はい」


 そして、三人は丘を下りる。そしてチアキの家へと向かう。並んで歩くチトセのチアキの間には距離がある。すると、結が間に入ってきてチトセの手を握る。彼は握り返す。


 歩き続けていると彼は結の反対側の手が目に入る。彼女は腕を大きく前後に振っているのだ。それに合わせるかの様にチアキ腕も前後に動いている。  


 二人の手元を見るとしっかり握り合ってるように見えた。彼は偶然そう見えたのだろうと前を向く。





 チアキの家の前に着いた。すると結はチトセから手を離す。そして、顔を見上げ手を振っている。その先には星空しかない。彼は星がよほど気に入って挨拶しているのだろうと思う。そして思わず頬が緩む。


「チトセ君、送ってくれてありがとう」


「あっ、いえ」


「星空観賞楽しかったね?」


「あっ、はい。とても」


「星の名前覚えたよ」


「そうですか」


「ベテルギウスでしょ? それとプロキオン? 後は……そうっ、シウリス? 三つとも合ってよね? 間違ってないよね?」


「えぇっ、合ってますよ」


「良かったぁ。じゃあ中入るね?」


「はい」


 そう彼が言うと彼女は両手を振る。片方は腰の辺りで振っている。それには彼は気付いてない。彼は胸元まで手を上げ、すぐに引っ込めてしまう。彼女は背を向け門を開け入っていく。彼は玄関の扉を開け彼女が中に入るまで見送る。


 彼は横を見る。結がいない。振り向くと彼女はカコの家の前でイチョウの木を見上げている。彼は異変に気付く。それで彼女の元へ駆け寄る。そして彼は地面に手をつけ精魂を込める。そして二人を゙囲む立方体の空間を作る。それは人間から彼の姿と声を遮断する為だ。


「結?」


 そう言うと屈んた体勢の彼は彼女の両肩に手を置く。彼女の両腕で星座図鑑を抱きしめるように持っている。


「何? お兄ちゃん?」 


「ランドセルは? 今まであったのにどうしたんだい?」


「もういらないの、お兄ちゃん。結がもういらないって思ったから消えちゃたんだよ」


「どうしてっ!? あんなに大切にしていたのにっ!!」


「結、帰るんだよ?」


「ちょっとお話してから帰ろう?」


「お兄ちゃんのお家じゃないよ」


「えっ……お兄ちゃんのお家が嫌になったのかい?」


「違うよ、お兄ちゃん」


「じゃあ、何でお兄ちゃんのお家に帰りたくないんだい?」


「結は帰るんだよって言ったよ」


「じゃあ、このお家に帰りたいってことかい?」


「ううん。違うよ」


「えっ? じゃあ、どこに?」


「結は死んじゃったんでしょ?」


「…………」


「そうなんでしょ? お兄ちゃん」


「違う!」


「お兄ちゃん?」


「……なっ、なんだい?」


「お兄ちゃんと初めて会った日覚えてますか?」


「もちろんだよ! 結」


「その前に友達サチちゃんのお母さんを見たの。そしたらサチちゃんの名前を呼んだの。呼ばれてきた人は知らない大人の人だったの。結、歩きながら不思議でずっと考えてたんだ。そして思ったの。あれは大きくなったサチちゃんじゃないかって。そしたらユイは死んじゃったんだなって気付いたの。でも、お家はどうしても探したかったんだ、結」


「………………」


「お目々が赤いよ。涙が出そうですか?」


「ちっ、違うよ。目にゴミが入ったんだよ」


「ふぅ〜ふぅ~してあげよっか? 病気になる前はお母さんがよくしてくれたよ」


「……そっかぁ。ありがとう。でも大丈夫だよ、お兄ちゃんは」


「もし涙が出そうな時は、お空を見るといいですよ、お兄ちゃん。お空を見ると涙が出るのを忘れるです。これまでユイはそうしてきたですよ? お兄ちゃん」


「……あっ、そうだね。お兄ちゃんもそうだったよ」


「結と一緒だったんだね? お兄ちゃんも」


 そう言った彼女の目から大粒の涙が溢れ出る。


「ユイはお空じゃなくてお兄ちゃんを見てたから涙が出ちゃった」


 チトセは彼女の涙を親指で拭う。しかし彼女のつぶらな瞳から止めどなく溢れ出てくる。


「お兄ちゃんに会いたいから、忘れたふりしてたんだ。死んじゃったことを。嘘ついてて、ごめんね」  


「嘘付いてたのはお兄ちゃんだよ」


「違うよ。だって結はお兄ちゃんに合う前から死んじゃったって知ってたもん。だから、お兄ちゃんは嘘つきじゃないよ」


「いや、お兄ちゃんは嘘つきなんだよ!」


「もしかして結のお母さんのことですか?」


「えっ…………」


「結が怒った日のこと覚えてますか? お兄ちゃん」


「……覚えてるよ」


「結、お母さんが言ってたことを思い出したの」


「……なっ、何をだい?」


「絶対に病気に行くから待っててねって」


「………………」


「だから前の日まで何日もずっと病院の前で待っていたんだ。でも来なかったよ」


「………………」


「それで結は分かったんだ。お母さんも死んじゃったんだって」


「………………」


「どうしたらいいか分からなくて怒っちゃったんだ。お兄ちゃんしかお話し出来るのいなかったから。ごめんね、お兄ちゃん」 


「…………ゆっ、結は謝る必要なんてないよ。悪いのはお兄ちゃんだよ」


「あの時、お兄ちゃんは知ってましたか?」


「あの時は知らなかったよ。後で知ったんだ。でも言えなかった……ごめん、結」


「お兄ちゃんは知らないから、どこかにいるよって言ってくれたんでしょ? だから嘘じゃないですよ?」


「…………」


「ユイが初めて会った時に言ったことを覚えてるですか?」


「…………名前のことかい?」


「うぅ〜ん、ちょっと違うです。もういいです。結も忘れたです。お兄ちゃん?」


「……何かな?」


「結の帰る所はどこですか?」


「………」


「お兄ちゃんは魔法使いだから知っているよね?」


「…………」


「知ってるでしょ?」


「…………あぁっ、知ってるよ」


「どこなの?」


「…………結?」


「なに? お兄ちゃん?」


「……ほっ、本当にいいのかい?」


「うん」


「…………分かった」


 彼は立ち上がるとカコの家の門の前へと進む。そして彼はそれへ向けて手をかざす。すると境界門が出現し扉が開く。


 結がゆっくりと境界門へと進む。そして彼女は彼へと向き直る。


「お兄ちゃん?」


「……何だい? 結」


「お母さんに会えるかな?」


「………………それは」


「……やっぱり聞かない、結。楽しみに取っとくねっ、お兄ちゃん」


「…………………………」


「お兄ちゃん?」


「…………ああっ……結」


「お兄ちゃんに買ってもらったお星様の図鑑持っていくね?」


「ああっ、もちろんだよ。持っておいで、結」


「うんっ!!!!! 大切にするねっ」


 そう彼女が言うとイチョウの葉がゆらりと彼女の頭へと舞い落ちる。彼は一歩前へ進むと屈む。


「結、頭に葉っぱが付いてるよ。とってあげるね」


「取らないで、お兄ちゃん」


「えっ……」


「チョウチョの髪飾りにするです、お兄ちゃん。魔法かけて下さい」


「あっ、分かった」


 そう言うと彼はイチョウの葉に触れ精魂を込める。そして、指で四角を描く。すると彼女の顔の前に鏡が出現した。彼女はそれを覗き込む。


「わぁっ! キレイ。光ってるね、お兄ちゃん」


「そうだね、結」


「結、行くね」


「……………………ああっ」


「嘘つきのユイと一緒にいてくれて、ありがとう、お兄ちゃん」


「……ゆっ、結は嘘つきなんかじゃないよ」


「お兄ちゃん?」


「なんだい? ユイ」 


「もう一回聞くね、結が初めて会った日に言ったこと覚えてますか?」


「ゔぐっ…………」


「覚えてないのかぁ。そっかぁ」


 彼は胸が締め付けられ言葉が上手く出せないのだ。ユイが彼に背を向け歩き出し境界門をくぐる。そして、その中で彼の方へと向き直る。


「結っ!!!」


「なに? お兄ちゃん!」


「『ユイを忘れないでね、絶対だよ』だったね? 結。そういう意味だったんだね? 名前だけじゃなかったんだ。あぁっ、お兄ちゃんは絶対に結を忘れないよっ!!!」


「覚えててくれたんだね。ありがとう、魔法使いのチトセお兄ちゃん。大好きだよっ。結を絶対に忘れないでね。だからサヨナラはしないよっ」


「あぁっ……そうだね、結」


 そう彼が言うと扉が動き出し境界門が閉まる。そして、ゆっくりと消えていく。しばらく彼は立ち尽くす。ずっとこらえていたが彼の目から涙があふれそうだ。彼は空を見上げる。その瞬間、上空で星が流れた。


 チアキが二階の部屋から彼の横顔を見ている。彼の頬には一筋ひとすじの線が光っている。うるんでいた彼女の瞳から涙があふれ両頬をつたっていく。

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