第10話 「結婚!?」

「っ!?」


 突然、ナルは僕へ覆いかぶさるように抱きついてきた。


「………えっ、ちょっと、ナル!? 待って、何してるの!?」


「――っ、もう我慢できないっ! マリウス! 私と結婚してっ!」


「ぐええええええええぇぇぇぇぇぇ!? ちょっ………苦し……っ、苦しいよ、ナル! やめ………っ」


 今度こそ、ナルの言う事は訳が分からなかった。

 っていうか、苦しい。

 ナルの抱きしめる力が強すぎて、息ができない。


「やめないよ! キミが頷いてくれるまでずーっとこうしてるから!」


「いや、待っ………! 本当に………待っ……て………」


 必死にやめるよう訴えかけても、ナルは逆に強く抱きしめてくる。

 本当にまずい。次第に意識が保てなくなってきた。


 なんなら、お花畑が見えてきた………っ。


「だ、誰か……助け………っ」


「きゃーっ!?」


「「っ!?」」


 が、すんでのところで、悲鳴が上がった。

 ナルはそれに驚いたのか、慌てて僕から離れた。 

 声がした方を見ると、女の子が口に手を当てたまま硬直していた。


「あ………あ……っ。ご、ごめんなさい! わたし……そんなつもりじゃなくて……! ドアが開いてたから………偶然見ちゃったっていうか………。ごっ、ごめんなさい!」


「あ………っ、ちょっと待って! こ、これは誤解だから!」


 そして少女は、おもむろに赤面しながらそそくさと離れていった。


「誤解じゃないからねーっ! これは私たちの愛の誓いだからー!」


 そこで、追い討ちをかけるようにナルは少女に向かってそう叫んだ。


「いや待って!? 本当に変な誤解生むからやめて!?」


 だから僕は急いで止めたけど、ナルはまるで聞く耳を持たなかった。


「何言ってるの? 真実でしょ?」


「捏造だよ!?」


 と、まるで幻術でも見せられているかのように、前提をすり替えてくるのだ。


 まあ、確かに魔族の……なんなら、自称であれ魔王の娘と結婚できるのなら、こちらとしても願ったりだ。


 だって、ナルの言う『魔王の娘』が本当なら、お父さんである魔王に心を開いてもらう事もできるかもしれない。


 そして、荒っぽく突飛な考え方だけど、それが上手くいけば僕が次期魔王となって人間界を侵攻して――ガラドシアを納める、だなんて事もできる。

 ………でも。

 

 そういう立場だけを目当てに婚姻を結ぶのは、違う気がする。

 少なくとも僕は、そういった婚約には反対だ。


 まだ本当にナルが魔族なのかも分からないのに、我ながらおめでたいと思う。

 けど、そういう心の準備はしておきたいと思った。


「……分かったよナル。分かったから一度、落ち着いてくれない?」


 だから、まず僕はナルを落ち着かせるためにそう言った。


「うんっ! 分かってくれるならよかった! じゃあしばらくこの村に滞在して、マリウスの体調が落ち着いたら、ご両親に挨拶しに行こうよ!」


「……何も分かってないよね、それ? っていうか僕、王宮から追放されてるから…………」


「う~ん、やっぱり不満? でも大丈夫! 私のパパは優しいし、魔界のみんなは優しいよ! 色々と満足させてあげる!」


「なんで全く話聞いてないの!? あの! 誰か助けてください!!」


「まだ私たち、お互いのこと何も知らないもんね……。だから、これからよろしくね、マリウス?」


「……………………」


 が、ダメだった。

 ナルは、何一つ話を聞いてくれなくなっていた。

 イノシシも真っ青になるほど暴走してる。


 どういうことなんだよ、これ。


「………ちょっと頭を冷やそうか」


 だから僕は、ナルの頭上に掌を添えて………スキルを使って、頭から水をかけてやった。


「ぶはぁっ!!!???!?! ごほっ、ごほっ!! ひ……っ、ひっどーい! 何するのよマリウス!」


「いや、頭を冷やした方がよさそうだなって思ってさ。 ……これで少しは落ち着いた?」


「頭を冷やすどころか風邪引いちゃうよ! もうっ、キミは魔族をなんだと思ってるの!?」


「……さっきの言葉を返すけど。僕たち、まだお互いのこと何も知らないんだよ? 僕は君が魔族だってこと、まだ疑ってるし……君は僕が追放された王族だってこと、知ってる?」


「……そ、それは……………」


「やっぱり知らないよね。――だからさ、これからお互いのことを知っていこうよ。……まずは、それからじゃないかな?」


 そして、ようやく話を聞けるようになったナルへそう言った。


「………! うん……」


 それに対し、ナルは納得した様子で頷いた。


「僕としては、しばらく村に滞在するのは賛成。それに行く宛てもないから、ある程度時間が経ったら、ちょっと怖いけど魔界に行くのもいいかなって考えてる。……どうかな?」


「………っ! うんっ! そうする! ありがとね、マリウス!」


「ううん。いいんだよ、全然。……できることなら、さっきの子の誤解も解いておきたいし」


「えーっ! それはダメだよ! 誤解じゃないし!」


「うーん、そっかぁ………」


 頭を冷やして説得しても、そこの暴走だけは止まらなかったみたいだった。

 まあ、それはともかくとして。

 まず僕は、今の状況を把握することにした。


 この村のことや、ナルのこと。

 それに、僕が使えるようになったスキルのこと。


 ……あとは、ナルの言う『結婚』が、彼女の中ではどれだけ軽いものになっているのか知ること。


 その他にも色んな情報を仕入れて、まずはこの村に安心して滞在できる状況を作りたい。


 本当は人間界にいるうちに王都まで戻って父上を倒しに行きたいけど、それはあまりにも無謀すぎる。


 時間も準備も、圧倒的に足りない。

 それに……魔界に行けるのならば、是非行ってみたいという気持ちもあった。


 だから、まず僕はこう言った。


「……だったらさ。まずは改めて、この家を貸してくれた人にお礼を言いに行かない? まだ分からないこともいっぱいあるし、やることも山積みだけど………一つの区切りとして、さ」


 と。


「あ、うんっ! じゃあマリウス、こっちに来て!」


「えっ、ちょっと!?」


 すると、ナルはいつの間にか僕の手を引いて走っていた。

 そして僕は、何故か「安静にして」と言われた当のナルに、村中連れ回される羽目になっていた。

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