第9話 「私のお婿さんになってよ」と告げられて

 目が覚めた。

 やけに長い夢を見ていた気がする。

 まぶたを開けると、知らない天井が視界に入る。


「ここは……」

 

 どこだろう、とまでは言わなかった。

 倒れるまでの記憶はあったし、辺りを見渡せばなんとなく予想がつくからだ。

 

 天井に張られた木造のはりに、石造りの壁。

 僕が寝ているベッドのそばには、小さな丸椅子が転がっていた。


 窓ガラスや陶器とうきはすべて割れてしまっていて、割れた窓の向こうには綺麗な夕焼けが広がっている。


 そして、夕日の下に並ぶ家々は屋根が朽ちていた。

 その光景を見て、僕は思う。

 恐らくここは、村の中で被害が少なかった民家だろう。


 考えるに、あの後倒れてしまった僕を村の誰かがここへ運んでくれたと考えるのが自然な気がする。

 朽ちた家々は炎に侵食されてしまった跡。


 ガラスや陶器とうき類が粉々に割れてしまっていたのは多分、僕が放ったスキル【ボイスアンプ】のせいだ。


 今は弁償できるお金は持ち合わせていないけど、今後はこれを返さないといけない。 

 そう思うと、こうしちゃいられなかった。

 まずは、ナルを探さないと。


「うう……んっ」


 唸りながら、ゆっくりと体を起こしていく。

 すると次第に意識がはっきりしてきて、頭がズキズキと痛み始めた。


「おえぇぇっ!?」


 それに吐き気も酷く、あまりの苦痛に思わず僕はうずくまった。


「はぁ………はぁ……っ」


 震えた息を吐きながら、早鐘のように鳴る心臓を抑える。

 これはまずい。


 経験上、これ以上動くと大惨事になる。

 あまり思い出したくはないけど、王宮にいた時もこんなことはあった。 


 4歳の頃、好奇心の赴くまま厨房に潜入した時だ。


 喉が渇いたからと、調理棚に置いてあった酒を水と勘違いして飲んでしまったのだ。


 その時の使用人たちといったら、もう大騒ぎだったな。


 その頃はまだ、みんな僕に普通に接してくれて、楽しかったんだけどな……。


「うっぷ……」


 思い出すだけで辛くなって、胃がもたれる。

 さらには頭痛と喉の痛みも相まって、僕の胃は本当に暴発寸前でいた。


 そんな中、ふとドアが開く音がした。


「あっ! まだ起きちゃダメだよ、安静にして!」


 そして、次に聞こえたのは聞き慣れた少女の声だった。

 褐色の肌に、額に刻まれた赤いアザ。 


 頭をすっぽりと覆っていたフードを外し、腰まで伸ばした艶やかな銀髪が印象的な少女。

 ジャアク=ナルだ。


 そんな彼女は水がたっぷり入った桶を抱え、こちらへ歩いてくる。


「えっ、ナル……? どうしたの?」

 

「いいから! ほら、マリウス。早く横になって!」


「あ、えっ? ああ……」


 そして僕は、彼女に促されるまま横たわった。

 かたやナルは布を水に浸し、それを絞ると僕の額へそっと乗せた。


「ん……」


「どう? ひんやりして気持ちいいでしょ?」

 

「……うん、ありがとう」


 僕がそう答えたあと、彼女は微笑むだけで何も言わなかった。

 しばらく、静かな時間が続いた。


 小鳥のさえすりに、そよ風の音。

 そして、わずかに聞こえる人々の話し声。

 夕日が僕らを照らす最中、そんな音が場を支配するように聞こえてくる。 


 ナルはいつにも増して静かだった。

 彼女はなぜかこちらを見ては微笑むばかりで、その表情はどこかつやめかしい。


「──そういえばさ」


「───なぁに?」


 その沈黙を割るように、僕は切り出した。

 

「僕、君のことを勝手に『ナル』って略して呼んでたけど、それで良かったの?」


「ふふっ、なーんだ。そんな事か。……いいよ。私だってキミのこと、勝手に『マリウス』って呼んでるし」

 

 対して、ナルはそう答えた。

  

「そっか、なら良かった。……じゃあ、あれから盗賊たちはどうなったの?」


 だから僕は、もう一度質問を投げかける。


「それなら、村長が衛兵さんに引き渡してくれたよ! 本当にキミのおかげだねっ!」

 

「そうなんだ、……良かった。あれからまた起き上がってたら、どうしようかと思ったよ」


「その時は、またキミが倒してくれるでしょ?」

 

「いやいや、倒れたんだし労わってよ」


「あははっ! 冗談だよ♪」


 それはいつの間にか会話に変わり、僕らはいつしか笑いあっていた。

 

「──じゃあ、さ。もう一ついい?」


 そして、ある程度笑いが収まった後、僕は最後にまた聞いた。


「うん? どうしたの?」

 

「ナル。君はさ、最初に会った時……僕に『お婿さんになって』って言ったよね?」

 

「…………!」


「あれって、どういう――っ!?」


 そんな僕の言葉を遮るように、彼女は寝ている僕へ覆いかぶさるように抱きついてきた。

 今度こそ、訳が分からなかった。

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