第5話 僕は「再戦」する

「なんだよ……これ……」

 

 あまりにも、むごい。

 僕らを待ち受けていたのは、地獄だった。

 小さな農村が、火事によって地獄へと変貌していたのだ。


「ぎゃああああああああ!」

 

「助けてえええええっ!」


「うそ………」


 少女は、膝から崩れ落ちていた。

 魔族を自称する彼女とこの村が、どういう関係なのか僕は知らない。


 それでも、この村の人たちを助けたいと思った。

 同時に、ゴロツキ達が許せないとも思った。


 大きな炎が民家を軒並み焼き尽くし、辺りを赤く染めあげている。


 村のあちこちで飛び交う悲鳴を呑み込んでいくかのように、炎がどんどん大きくな

っていく。 

 そして、その渦中では5人ほどのゴロツキたちが笑っていた。


 中には、さっき僕が追い払った男もいた。

 そんなゴロツキたちは律儀にも、左から順番に喋り始めた。

 

「オラオラぁ! 俺たちゃ泣く子も黙るハングレン盗賊団さまだぁ!」


「へッ、ザマァねェぜ、あのバケモノ女! あいつが大人しく死んでたら、こんなことにはならなかったのによォ!」


「ギャハハハハハ! 燃えろ燃えろぉ! 汚物は消毒だぜェ!」

 

「ヒハハハハハ! しかし兄貴。本当にこれで、アロイスのやつが言う貴族のボンボンをおびき寄せることって出来るんですかい?」

 

「ヘッ、来なかったらその時だ。いいかてめぇら! 今は目の前のシゴトに集中しろ!」

   

「あいつら………!」


 やっぱり、あのゴロツキは反省していなかった。


 会話を聞く限り、こいつらは仲間の敵討ち……しかも僕をおびき寄せるためだけにこの村を燃やしたのだろうか。


 ………だとしたら、絶対に許さない。


 そいつらはさしずめ、ゴロツキA、B、C、Dと区別がつきやすかった。

 アロイスと呼ばれた、さっき追い払った男がA。


 そして、そいつらよりも一回り体格の大きい『兄貴』と呼ばれたゴロツキがボス格といった所だろう。

 

 目標は、ボス格のゴロツキとその他ABCDをまとめて捕まえることだ。

 そして、全員に罪を償わせると決めた。

 

「――ふざけるな! こんな悪行の何がシゴトだ! 汚物はお前たちだろ、いい歳して他人に迷惑をかけて、恥ずかしくないのか!?」


 そんな盗賊たちへ、僕は大声で叫んでいた。

 まずは奴らの意識を僕へ向け、時間を稼ぐために精いっぱい啖呵を切る。


 というのは建前であり、本当はこう言いたかっただけ。

 しかし、時間稼ぎであることは本当だ。


 何度も叫んだせいで、もはや僕の喉は枯れきっていた。

 だけど、もうひと踏ん張りしないといけない。


「あァ!? ………はっ! てっ、てめェ! 兄貴、コイツです!」


 僕の声に気付いた盗賊たちが、こっちを向く。

 そして、ゴロツキAが僕を見て声をうわずらせた。


 ――まずい。


 あらかた予想通りだったが、気づかれる速度が予想よりも遥かに早かった。

 

「ナル、急げ! 村にいる人たちを連れて今すぐ逃げるんだ!」


「…………! うっ、うん!」


 だから僕は、そばにいた少女へ即座に避難を促した。

 ……何気に、失礼だったかもしれない。


 後でまた、不敬だなんだと言われるかもしれない。

 が、ナルは僕に言われるがまま、そそくさと場を離れた。


「あっ、てめェ! 待ちやがれ、このバケモノ女!」


「黙れ、バケモノ以下! お前の相手は僕だ!」


「ンだとァ!!?」


 そして、ゴロツキAがナルを追いかけようと身を乗り出した所をすかさず挑発。

 再び僕へ意識を向けさせて、少しでもこの状況を長引かせる。


 ここで彼女や村人が捕まって人質にされるなり殺されたりしたら、目も当てられない。 


(どうする………。考えろ……)


 僕は、スキルが使えない出来損ないとして王家から追放された。

 けれど、さっきのアレはなんだったんだろう。


 僕の体を乗っ取り、どこからか取り出した剣を握り、ゴロツキと戦ったアレは、誰だったんだろう。


 あれが、スキルじゃないんだろうか。


 僕のスキルは、あそこで初めて発現したんじゃないだろうか。

 運よく、都合よく、土壇場で。


 だから、もう一度あれが発動できれば、勝機は格段に上がる。 

 ……だけど、あくまで“発動できれば”の話だ。


 発現したてのスキルをすぐに使いこなせる人間は少ない。


 それに、あれから僕は何度もスキルを発動させようと試みた。

 けれど、ダメだった。


 つまり、スキルが自分の力で発動できない今は、ナルや村人たちが逃げ切るまで、とにかく時間を稼がなければならないのだ。

 

「ほら、かかってこいよ! 吠えるか人に迷惑をかけるかしかできないから、お前は僕に負けたんだろ?」


 だから、まずはゴロツキAへ挑発。


「こんのガキィ………! 言わせておけば好き放題いいやがってェ………!」


 見え見えの挑発に、奴は綺麗に引っかかった。


 そんなゴロツキAの額には、遠目からでもわかるくらい大きな青筋が浮かんでいた。

 しかし、ここで事態が一変する。


「ギヒャヒャヒャ! なにムキになってんだよ、アロイス!」


 ゴロツキAの隣にいた男……ゴロツキBがいきなり右腕を突き出し、なんと腕から矢を放ってきたのだ。


 その腕はまるで弓のように変形しており、奴はもう片方の手で矢を引き絞って放ったのだ。


「しまっ………!」


 不意に、言葉が漏れた。


 が、「しまった」と言い終える暇もなく、鋭い矢尻が僕のこめかみ目がけて迫りくる。

 スキルによる抵抗。遠距離攻撃。


 どちらも想定はしていたが、相手がここまで手練れだとは思わなかった。


 なにしろ、ゴロツキBが矢を引き絞って放つまでの流れが、早すぎて見えなかったのだ。


 反応が追いつかない。

 放たれた矢が、ゆっくりと近づいてくる。

 このままじゃ本当に、死………。


『アドミニストレータの生命危機を再び感知。緊急オペレーションを発動します』


 しかし僕の脳内に、走馬灯は流れない。

 代わりに、謎の声が再び響いていた。

 すると、また体が動かなくなった。


「オペレーションを開始します」


(これって……!)


 そして、また僕は声を出せなくなった。

 覚えのある感覚だった。

 誰かが、僕の体を乗っ取ったような感覚。


 さっき体験した、不思議な感覚だ。


「聖剣を召喚しています」


 それに驚く暇もなく、僕は勝手に声を出していた。

 僕の意思とは関係なく。


 次の瞬間、再び僕は謎の剣を握っていた。


「召喚に成功。オペレーション開始」


 そして僕は、いつの間にか飛んできた矢を真っ二つに斬っていた。

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