第4話 「渦巻く炎」に身を焦がし
「助けてくれてありがとうっ! ねえキミ、私のお婿さんになってよ!」
「は……はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
もう、何が何だかわからない。
興奮気味に僕を押し倒してきた謎の少女の鼻息を浴びながら、僕は思わず叫んでいた。
……この言い方だと語弊がありすぎるが、仕方ない。
「ちょっ………ちょっと待ってよ! っていうか、当たってるから! どいてくれない!?」
僕は、思わずそんなことを口走っていた。
「えっ? ………あーーーーーーーーっ! ………ご、ごめんなさいぃぃ!! その、わざとじゃなくて……」
すると彼女はハッとした様子で、顔を真っ赤にしながら僕から離れる。
……なんだか、気まずくなってしまった。
「えっ、いや……! なんかその……ごめん」
つい謝ってしまったが、とりあえず自己紹介して雰囲気を柔らげる事にした。
「えーっと。その、僕はマリウスっていうんだ。……君は?」
その後、彼女に名前を聞いてみた。
「えっ、名前? ………ふっふっふ! よくぞ聞いてくれました!」
そんな彼女は名前を聞かれるなり、急にふんぞり返るように言った。
「――聞いて驚け人間よ! 我こそは魔王の娘、ジャアク=ナルであるぞ!」
「…………は?」
返ってきたのは、
それに、彼女が自称する『魔王の娘』という単語を聞いて、僕はしばらく唖然としていた。
「ええっ!? な、なに? そのうすーい反応……」
『どうして驚かないの?』とでも言いたげに、少女は目を丸くしていた。
だって……そんな冗談、どう反応していいか分からないし。
今度こそ、訳が分からなかった。
そんな彼女から見て、僕はどれくらい微妙な表情を浮かべていただろうか。
なにせ、当の僕からみれば……この
「――あはは……そう……なんだ………」
「にっ、苦笑いしないでよ! 恥ずかしくなるじゃん!」
けど、とりあえず僕は笑って流した。
これだけでも、頑張った。
すると少女は、ぷくーっと頬を膨らませた。
その様子はとても可愛らしく、見ていて自然と笑みがこぼれてしまう。
が。
正直に言うと、笑い事じゃない。
王都から追放されて、急にスキルが使えるようになったと思ったら、また使えなくなった。
挙句、最初に出くわした人がこれなんだ。
なんだかすごく……先が思いやられるというか。
不安でしかないというか。
あとなんて言ったっけ、この娘の名前。
……と、色々と思考を巡らせていたら、少女は次の瞬間、とんでもない単語を口にした。
「もうっ! ……本当は失礼なんだよ、そんな態度。魔界でそんな事したら、不敬罪で殺されちゃうからね!」
「…………えっ?」
それを聞いて、僕はさらに固まった。
いや、なにそれ。どういうこと?
なんで彼女は、あたかも……自分がいかにも魔界に住んでいるような言い方をするんだ?
いや、そういう設定かもしれない。
けれど、この国でそんな
なにせ、王都では……魔族の存在を騙るのはおろか、口にすることすら禁止されているのだ。
それなのに。
なんで彼女は、わざわざそんな事を言うんだ?
確かにこの草原は、恐らく王都からは遠く離れている場所だけど。
それにしても、だ。
――そんな疑問を晴らすために、僕は恐る恐る彼女へ問いかける。
「いや……不敬罪って、君………。まるで君が本当に魔界に住んでて、その王に近しい存在みたいな言い方だけど……?」
「だーかーらっ! そう言ってるでしょ!? 私は魔王の娘なの! 魔族の中でもとっても偉いの! そんな言い方をするのが、不敬なんだよ! 分かってるっ!?」
「…………っ!」
が、彼女は
というか、僕が疑うような言い方をしている事に怒っているようにさえ見える。
なんなら、あのゴロツキがこの娘のことを『バケモノ』と呼んだ件もある。
だから、つまり。
にわかには信じがたいけど。
彼女は本当に、魔族なのだろう。
だとしたら……。
この
それが魔王の娘なら、尚更だ。
……けど、なんだか偶然が過ぎてないか?
何故か、さっきスキルらしき力が使えたこともそうだけど。
成り上がるための要素が、一気に揃い始めたというか。
一体、どういう事なんだ?
そう考えながらも、とりあえず僕は、彼女の名前を確認がてら呼んでみる。
「そ、そうなんだ……。ごめんね、ジャアク=ワルちゃん……だっけ?」
「ちがーうっ! ジャアク=ナル! 不敬だぞ!」
しかし僕は、彼女の名前を間違えてしまっていた。
もちろん、わざとじゃない。
「ご、ごめん! 珍しい名前だから、覚えきれなくてさ!」
「ひどい! 私はキミの名前、ちゃんと覚えたのに!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
が、そんな僕らの会話を遮るように、突然悲鳴が草原中に響いた。
「いやあああああああああああああ!!」
「助けてくれぇぇぇぇぇぇぇ!」
「うわっ!? なんだ!?」
困惑する僕をよそに、悲鳴は絶え間なく上がり続ける。
「………! まさか!」
一方で少女は、なにか心当たりのある表情を浮かべていた。
そして彼女は、いきなり顔を真っ青にして走りだした。
その背中を追って、僕は叫んだ。
「どうしたの!? 待って!」
「あいつが逃げた方角には、ちょうど村があるの! それに、今の声もあるし……。なんだか、さっきからイヤな予感が止まらなくて!」
対して彼女は、振り返りざまにそう言った。
「それって……!」
僕の予想だと、たぶん少女は『あのゴロツキが村を襲っているかもしれない』と言いたいのだろう。
でも、魔族がそんな……人間の心配なんかするのか?
とも、思ってしまう。
「だったら僕も行く、放ってはおけないよ!」
けれど僕は、少女についていく事にした。
「──っ! どうして、そこまでするの?」
そんな少女の問いに対して、僕はたちまち叫んでいた。
「決まってるよ! 放っておいたら、助けられなかった時に後悔する! 僕はもう、そんな思いはしたくないし、何よりさせないって決めたんだ!」
僕は自分のエゴで、彼女を助けた。
会ったばかりの少女を。ましてや、ゴロツキに追われるような立場の……魔族の娘を。
だけど、一度彼女を助けたのなら責任をもって最後まで助けたい。
その一心で、言ったのだ。
それに、僕はあの時ゴロツキへ言ったはずだ。
「これに懲りたら、もう悪さはするな」と。
もし彼女の予感が当たっていたのなら、今度こそ容赦はしない。
「……………! そ、そう! じゃあ、次もちゃんと助けてよ………ね………っ!?」
と、彼女はそう言うなり、ぷいっと前を向いた。
しかし目の前に広がっている光景を見るなり、彼女は膝から崩れ落ちた。
「うそ………………」
彼女の尖った耳が赤くなっている気がしたのは、前方に火の手が上がっていたせいだろう。
しばらく走って、たどり着いた先に広がっていた光景は、地獄だった。
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