第3話

後で考えて恥ずかしくなった。

なぜThere is no place like homeだったのか。オズの魔法使いじゃあるまいし。

一刻も早く家に帰りたい思いが溢れてつい口から出てしまった。

周りの反応は全然見る余裕がなかったけれど、あの後いろいろ言われたのかな。

ひとり赤面しながら足早に駐車場へ向かった。

すぐにでも家に帰ろう。休みの申請はしていないが事後にしよう。

車のドアを開けたとき、ふと思った。

文字が違う。言葉が違う。ということは、生活習慣や常識も変わってしまっている?

私は不安になり、帰るのを一旦やめて街の様子を見てみることにした。

会社から離れ、大通りへ向かって歩いていく。

この道中ですでにめまいがした。

病院の看板、アパートのゴミ捨て場の表記、のぼり旗すべてが知らない文字だった。

これらが日本語で書かれていた時の内容を知っているので、何を書いているのかはなんとなく想像はできたが、それでも日本語とあまりにかけ離れている。

なぜ。家から会社に着くまでは特にいつもと変わらなかったのに。

できるだけ早足で通り過ぎ、ようやっと大通りに出て目を疑った。

一見普通に車が行き交っている道路に見える。が、目の前を通りかかったバスを人が手を上げてまるでタクシーにそうするように停めている。

バスは急ブレーキをかけて停まり、バスを待っていた客が乗っていく。

その真横を猛スピードでバイクが駆け抜けていった。日本ならこんなことありえない。

あの距離感も近すぎるし、何よりスピード違反だ。即刻捕まる。

よく見ればいまのバイクに負けず劣らず車道を走る車は一様にスピードを出している。

しばらく見ていたが信号が赤になっても平気で通過する車もある。

バイクはもちろん停まらない。全体的に皆激しい運転だった。

私は運転して帰るのを諦めた。

この道路状況を見てしまうとバスに乗るのも怖い。そもそも自分でバスを停められない。

タクシーか、電車か。


悩んだ末、駅にやってきた。

家と駅はそれほど近くないが、他の交通手段を思いつけなかった。

駅は一目見ただけではいつもと変わらないが、文字はすべて読めなくなっていた。

時刻表も、お土産屋も、パン屋の看板もすべて知らない文字が並んでいる。

深呼吸して、路線図を見に行く。

書かれてある文字はやはり分からなかった。

が、路線図は見覚えがある。今いる駅が私の街で一番大きな駅だ。

この駅を起点にすべての路線が始まっている。そして私の家があるのはこの駅から3つ目。

読めはしないものの土地の駅の配置までは変わらない。

この駅から西に3駅進んだところが最寄り駅だ。

私は財布を取り出した。小銭入れを開けてぎょっとした。

何この見たことないお金は・・・!

詰んだ。見たこともない硬貨が入っている。確かに昨日まで日本円だったのに。

このお金でどうやって最寄り駅までの金額を払えばいいのだろう。

よくよく見れば運賃とみられる数字もいつもの金額と違っている。

しかも札の方には1枚も紙幣が入っていない。もしこの小銭で足りない場合、家まで歩いて帰ることになる。気が遠くなる思いがした。

長考ののち、覚悟を決めた。

一か八か。財布の中にある最も大きい硬貨を取り出し、券売機に入れる。

ここから3つ目の駅の部分をタップする。券を買う。

取り出し口に何かが勢いよく飛び出してきた。手に取るとそれはプラスチック製の丸いコインのようなものだった。切符が出てくると思っていたので面食らった。

次にお釣りが出てきてそれも手に取る。

見たことのない硬貨だった。厚さも大きさも今まで手にしたことがない。

とりあえずそれを財布におさめ、改札へ向かう。

この丸いプラスチックをどこかに入れるか何かしてここを通るはずだ。改札を通り抜けていく人たちの様子をしばらく見つめる。

何人かが通り過ぎるのをじっと見つめ、さりげなく後ろをついていって見た通りに恐る恐るプラスチックを細く縦に空いた穴に入れる。

明るい電子音がして改札のバーが開いた。ああ、良かった。意味もなく小走りに抜けた。

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