第15話 失われた過去

 私は、<スノマタベース>の一室へと押し込まれた。その部屋は、必要最低限の設備のみであった。寝床と、あとは便所。

 まるで牢獄。

 扉の一部が鉄格子となっており、扉を開くことなく部屋の外とコミュニケーションをとることができた。

 やってきたシオンさんが部屋の中に入ってくると、私の拘束を解除した。

「いいんですか、拘束解除しても」

「今の不完全なアナタじゃ、ボクは倒せませんよ。見たでしょう、ボクのでっかい鎌」

 シオンさんの言葉に、あの時の記憶が呼び起こされる。

「……でも、あなたは、私を殺せないはず。私が必要なんでしょう」

「<錬成術>は腕や足がなくったって使えますよ」

 そんなことを真顔で言ってのける。命は取らないまでも、四肢を切り落とすくらいは、平気でやるという脅しだ。

 私は押し黙ってしまう。

「まあ、ここでゆっくりと思い出してくださいよ」

 シオンさんは部屋から出ると、外から施錠をした。

 こうして私は、囚われの身となった。


 それから、シオンさんは、毎日現れては、私に<一条ラン>の話を聞かせてきた。

「そのときのランさんといったら、もうかっこよくて」

 すぐに分かったのだが、シオンさんは相当な<一条ラン>オタクであった。信者といっても差し支えないほど、信仰している。

 しかし、私は、彼女の話を自分ごととは受け取れなかった。

 あの時から、シオンさんは、私のことを<一条ラン>として扱ってくる。それが私を混乱させた。

「まだ思い出さないんですか?」

「思い出すも何も、私が<一条ラン>だっていうことに、まだ納得してないんで」

「はあ、まだそれ言ってるんですか。いい加減認めてくださいよ、ランさん」

「だから……、私は愛川――」

 シオンさんが、鉄格子を殴り、大きな音が響く。

「ランさんはそんなわからずやじゃないんだよ……。なんでわかってくれないんだ……」

「……経緯を教えてくださいよ。どうして<一条ラン>が<愛川リン>になっているのか。知っているんでしょう」

 私は怯んでしまうのを必死で抑え、問う。

 そういうと、シオンさんはさっきまでの勢いがなくなり、うつむく。

「あなたが、ある意味死んだときのことを話すなんて……。まあそれで思い出すかもしれないなら、話しましょう」

 そうして、シオンさんは語り始める。

「そうですね……、あれは戦乱も佳境となってきたころ。ランさんは、指導者の殺害に成功した。そうして、戦いは縮小に向かっていくんですが……」



 戦況はもう押せ押せといった状況、ボクは勝利を確信していた。

 少し前まで学院だった施設――今は要塞としての役割しか果たしていない――で、ボクたちは最終攻勢の準備を整えていた。

 しかし、ランさんは、元気がないみたいだった。

 なぜだろう。

 なんといっても英雄だ、敵将の首を打ち取ったカリスマ。

 <錬成術師>の頂点に立つとボクは信じて疑わなかった。

「ラン先輩、最近調子悪そうですけど……、大丈夫ですか」

 こう問うのは愛川キョウカ先輩、認めたくないけど、ランさんの右腕的存在だ。

 ボクはその座を虎視眈々と狙っていた。

「眠いんですよ……、私もそうだし」

 そんな戯言を言うのは清浦カイリ、ボクのひとつ上の先輩で、ランさん直々に<外奉会>に誘われたとかいう気に食わない経歴の持ち主。

「カイリ先輩と一緒にしないでください! ランさんはきっとこの先の世界を憂いてらっしゃるのです!」

 ボクは、カイリ先輩のふざけた言葉に食ってかかって反論した。

「ごめんね……、シオン。そこまで買ってくれるのは嬉しいんだけどさ、私は、もう限界みたいだ」

「限界って……なんですか、それ」

 ランさんの口から出た言葉をボクは呑み込めなかった。

「この戦いで、何人も何人も殺してきた。そうしないと、<錬成術師>が何人亡くなっていたかわからない……。だから、後悔は、してない。でも、それとこれとは別で……、もう耐えられない。こんな人殺しが、生きていていいのかな……」

 今にも泣きだしそうなか細い声で、ランさんはつぶやいた。

「ランさん、早まらないでください!」

「ありがとうね、キョウカ……。でも、今も聞こえるの。殺した人たちの声が、なんでお前は生きているんだ……。死ね、死ねって……」

 ボクはランさんの言葉を理解できなかった。

 だって、あいつらはろくでもない生物だ。

 ボクにとっては、<市民団体>の連中を殺すことなんて、虫けらを殺すこととなにも変わらなかった。

 だというのに、ああ、ランさんはなんてお優しいんだ。

 理解の外におられる。

 やっぱりボクじゃだめだ。

 この人が傷つきながら、きっと世界を変えていくんだとそう思っていた。

 でも、違うの?

「だから、もう……無理だ。ねえ、みんなお願いがあるの、聞いてくれる?」

 ボクたちは黙ってうなずくしかなかった。

 不思議とランさんにはその力があった。

「ありがと。私を殺して……なんて、さすがに皆には頼めない。すべて終わったら、私を、生まれ直させてほしいの。カイリの<錬成術>の応用で。そうしたら、稀代の大量殺人犯は……この世からいなくなることができる。私がいる限り、<市民団体>の残党は私を標的に攻撃を続けるはず。私がいなくなれば、復讐の輪の一端をなくすことができる」

「そんなこと、できないですよ、なあ、カイリ!」

 キョウカさんは、カイリに同意を求めるが、帰ってきた答えは意外なものだった。

「まあ、ランさんがそうしてほしいなら、わたしはやりますよ」

「カイリ! 何言ってんだ。シオンもなにか言ってくれ」

 しかし、ボクは何も言えずにいた。

「カイリの<錬成術>、物体の時間を遡行させる能力なら、私を赤ん坊まで戻せるはずだ……。そのあとの私のことは、キョウカに頼んでいいかな?」

「あなたは、本当に自分勝手だ! あの時も、カイリを連れてきたときもそうだ。……でも、あなたがもう無理だと、本当に駄目だというのなら……、その任、引き受けてあげますよ。……あなたの右腕として、この世界を生き抜いてきた私が責任をもって」

 キョウカさんは涙ぐみながら、宣言する。

「……ありがとう。やっぱりキョウカは優しいね。カイリ、酷な役割をお願いしてごめんね」

「いえ、もうランさんから無理難題突きつけられなくて済むので」

「はは、それもそうか」

 カイリはその言葉とは裏腹に、悲しそうな顔を浮かべる。

「シオン……、キミの望む私になれなくて、ごめんね」

 この人は、いつもそうだ、ボクの隠している核心を突いてくる。

「……逃げないでよ」

「ごめんね」

 ランさんは申し訳がなさそうに笑うだけだった。

 そのあと、ボク達は無事に作戦を遂行した。そして、ひとりの人間が改めて生を受けた。


  ○


 私は、シオンさんの話を聞いてなお、何も思い出すことができていなかった。

 そしてそのまま、数日が過ぎた。

 その間、与えられる食事は最低限、パンとスープのみで、さすがに体力もなくなってきた。

 シオンさんは、私の様子にだんだんとイラつきを隠せなくなってきていた。

「ランさぁん……、そろそろ思い出してくださいよ」

 シオンさんは、相変わらず私を<ランさん>呼びしてくる。

 しかし、その声音はとげとげしい。

「そのランさんって呼び方、やめてくださいよ。……混乱する」

 極限状態で、そのように呼ばれ続けると、本当にそうなのではないかとわからなくなってくる。

「はあ、そろそろ、過激な手も使わないといけないかもしれませんね」

「な……なにするつもりですか」

 シオンさんが過激な手というと、恐ろしく、身震いしてしまう。

 私の様子が面白いらしく、クスクスと笑いながら、懐からあるものを取り出す。

「ランさん、これ、なんだかわかりますよねぇ」

「<不死術>のカード……ですか」

「正解」

 そういうと、シオンさんは、部屋の扉を開錠し、コチラヘ入ってきた。

「コレ、どうするかわかるよね」

 カードを人差し指と中指の間に挟み、コチラヘ見せつけてくる。

「ま、まさか……」

「そのまさかだよねぇ!」

 シオンさんは、そのカードを行使し、次の瞬間にはカードが消滅していた。

「今から十分間、何をしても、なかったことになる……。感謝してほしいですよ。高いんですからね、あのカード」

 シオンさんは即座に鎌を出現させると、次の瞬間には、私の腹部が引き裂かれていた。

「……んぐっ! かはっ!」

 強烈な痛みに顔がゆがむ。

 切り裂かれた傷跡が熱い。

「あれだけ話しても思い出してくれないんですもん……。もう、ショック療法しかないですよねぇ!」

「やめ……」

 とっさに<錬成術>を行使し、土塊をシオンさんへ向かって飛ばすが、容易に切り落されてしまう。

「はは……、ランさんがボクの足元でくたばってるなんてこれはこれで……。いやいや、ボクが望むのは傷つきながら頑張るランさんなんだから、こんなんで倒れてもらっちゃ困るんだけど、なっ!」

 周囲に構築した土壁など、まるで意味をなさず、振り下ろされた刃は、私の左足をとらえ、切り落とす。

「んんんんっっっ!」

 もはや声にならない叫びをあげるしかなかった。

「あーあー、足、なくなっちゃいましたねぇ。まあ、あと九分、八分の我慢ですよ。それか、がんばって記憶思い出してください。最悪、愛川リンを捨てて、一条ランとして今後がんばってくれるでも……まあ許してあげますよ。どうしますか」

 …………。

「もう応答できないんですか? はあ、これだから不完全は。ランさんなら、もっと耐えられますよ」

 …………。

「時間はたっぷりありますから、痛みで思い出すことを期待してくますよ。っえい!」

「あああアアアッ!」

 …………。

 …………。

 …………。

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