第16話 手紙

「……はっ!」

 私は意識を取り戻し、飛び起きた。場所は、幽閉されていた部屋、変わらない。

 体の痛みも全くと言っていいほどなかった。

「足は!?」

 切り落とされたはずの左足に目を向けると、しっかりとつながっていた。動かしてみると、とくに問題なく曲げ伸ばしができた。

 改めて<不死術>の異常さを認識した。

 周囲を見渡すと、シオンさんはもういなかった。

「……っ」

 シオンさんを思い浮かべると、先ほどうけた痛みがフラッシュバックし、身震いがした。

 体は何の問題もない、しかし、脳がそれを記憶している。私は立ち上がることができずに、その場に這いつくばる。

 そのまま、私の意識は落ちていく。


「よく寝てますね~ランさん」

 シオンさんの煽るような声で目を覚ます。

「……ひっ」

 私は引きつった声しか出せなかった。

「はは、そんなに怖がられるとショックだなぁ。まあ、仕方ないか。じゃあランさん、今日もやっていきますからね」

「いや……、いやああ!」

 私は拒否するように、シオンさんめがけて、とびきり硬くした土を錬成し、飛ばす。

 しかし、それらは案の定、突如現れる鎌に容易に切り落とされる。

「だから、こんな不完全な<錬成術>じゃ意味ないんですって」

 そういって、シオンさんは、懐から<不死術>の刻まれたカードを取り出す。

 ここで、私の記憶は途切れる。

 もだえるほどの苦痛から逃げるように。

 こんなことが、何日も続いた。

 何日も何日も。

 あれから何日たっただろうか。

 なんでこんなことをされているんだっけ。

 私は、誰なんだっけ。

 よくランさんと呼ばれているし、それが私の名前?

 いや、そうではなかったはずだ。

 私には大切な母さんがいて、違う名前があったはずだ。

 しかし、それを捨てれば、助かるのだろうか。

 いつも痛めつけてくるあの人の言う通り、<ランさん>になってしまえば……。

 私はまた、意識を手放す。

 

  ○


 目を見開くと古ぼけた天井が目に入る。

 意識ははっきりとしない。

 もやがかかったような状況だ。

 左右を見渡す。

 すると、誰かがいる気配を感じ取った。

「誰か……いる?」

「私だよ、槙島ユノ。私のことわかる?」

 少女はそう名乗る。

「……先輩」

「そう、キミの先輩だよ」

 そうだ、彼女は私の先輩だったはずだ。

「……どうやって、ここに」

「私も<外奉会>のメンバーだからね。でも、詳しい話は今度。今日はこれを届けに来たの」

 彼女は鉄格子の隙間から手紙とネックレスを手渡してくれる。

 手紙は、古ぼけた封筒に入っており、相当年季が入っていることがわかる。

 もう一方のネックレスは、金のチェーンに、指の爪ほどの大きさの赤い鉱石がひとつだけついたデザインのものだった。

「ネックレスは首にかけて服の中に隠して。それで、今すぐ手紙を読んでほしい。そして、キミが判断するんだ。これからどうしたいか」

「どうしたいか……」

 私はつぶやきながら封筒を開ける。

 そこには、少し雑な印象の文字でこう書かれていた。


  ◇


 時候の挨拶なんかを冒頭に書くという話を聞いたことはあるが、そういう教養を受けていないし、調べる暇もないので省略させてもらいます。

 これを、キョウカ以外の人間が読んでいるのであれば、カイリの<錬成術>は成功したと考えていいのかな。

 皆にはいつも迷惑をかけてばっかりだ。

 私の代わりにお礼を言ってあげてくれ。

 さて、あなたは自らの出生について、真実を知り、大変戸惑っていることだろう。

 それもそうだ。突然もともとは知らない人間だったなんて聞かされたら困惑する。

 しかも、そいつが大量に人を殺した人間だっていうならなおさら。

 でも、あなたは、それを背負わなくてもいい。

 私の記憶なんかもきれいさっぱりないはずだ。

 キョウカに育てられたのなら、私なんかとはもう全く違う人格になっていることだろう。

 だから、キミはキミだ。

 私が望むのは、キミが生きたいように生きてくれることだけだ。

 本当に申し訳ない。


 一条ラン


 私によく似た別のあなたへ


  ◇


 それは、一条ランから私に向けた手紙だった。

 生きたいようにだなんて、こんな状況で言われたってどうしようもない。

 でも……。

「こんな雑な字、私が書くわけないもんね」

 そんな些細なことが、明確に私と一条ランが別の人物だということを自覚させた。

「ユノ先輩……。私は誰ですか?」

「そんなの……。いや、それはキミが決めることだよ」

「私は……。私は愛川リンです」

 過去がどうであろうと、私の成り立ちがどうであろうと。

 私の大好きな母さんが育ててくれた「私」は、「私」だけだ。

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