第14話 答え合わせ

 図書館で調査をした後、イクヨと別れ、私は寮の部屋へと戻っていた。ベッドに横たわり、これまでの情報を整理していた。

 シオンさんから『私のためになる』と言われ、調べるよう促された<一条ラン>という卒業生。母さんは、シオンさんが私にその話をしたことに憤っていた。つまり、私に触れさせたくない情報だったのだ。清浦先生に緘口令まで敷いて。

 そして、その正体は、母さんと清浦先生のひとつ上の卒業生であり、素顔は私に瓜二つだった。

「生みの親か……」

 私はある事情から学院で保護され、その親役として母さんが任命されたと聞いていた。ある事情というのがなにかはわからないが、もともと親交の深い先輩後輩の仲であったのなら、子どもを預かるというのも理解ができた。

「会ってみたい、よな……」

 ひとり、ぽつりとつぶやく。

 私の親は母さんだけだ。それは変わらない。

 だが、あれほど私に瓜二つで、血のつながった人物がいると知ってしまっては、興味を抱かない方が難しかった。

 そんな思考を巡らせていると、不意に、部屋の入り口からギィと軋むような音が聞こえてきた。きっと郵便受けから発せられた音だ。各部屋の扉には郵便物を入れられる扉がついている。

 私は、立ち上がりそちらに向かうと、一通の青い封筒が投函されている。表面にはポップな模様が描かれており、かわいらしく、学院からのお知らせの類ではないことがすぐにわかった。

 開封してみるとそこには、便箋が一枚だけ入っていて、少し丸みを帯びた文字でこう書かれていた。

『答えは見つかった? 明日、<外奉会>クラブハウスにて答え合わせを』

 私はその便箋を握りしめる。送り主の名前はないが、おそらくシオンさんからの手紙であることは推測できた。

 明日の予定は決まった。


  ○


 翌日の授業もつつがなく過ぎていく。途中、イクヨに話しかけられ、心配されたが、問題ないと伝えておいた。心配してくれるのは素直にうれしい。

 放課後。私は<外奉会>のクラブハウスへ向かう。その心情は、恐ろしさ半分、興味半分といったところだ。

 以前、軽トラックを学院へと運び入れる際は、学院へ近づくころを嫌っていたようにみえたが、クラブハウスにシオンさんはいるのだろうか。

 母さんの反応を見るに、シオンさんとの間には何かしらの因縁があるのだろう。そして、シオンさんは近寄りがたく思っている。

 そんなことを考えているうちに、クラブハウスの扉の前にたどりつく。意を決してノックをすると、知った声が返ってくる。

「どうぞ、入ってくれ」

 声の主は、仁科先生だ。私は、声に従い入室する。

「やあ、手紙は読んでくれたかい?」

「差出人は仁科先生、なんですか? 私はてっきり……」

 私の言葉を受け、彼女は少し微笑み、訂正する。

「いやいや、愛川くんの考えている通りだと思うよ。私はあくまで手紙を届けたにすぎない」

「そうなんですね。……先生、そちらは?」

 仁科先生に気を取られて気が付かなかったが、クラブハウスの片隅に、知らない女の子がひとり、ぽつんと座り込んでいた。

 長くつやつやとした髪が地面までついてしまうのではないかというほど伸びており、手足は細く、白い。

 華奢というよりも、少し貧相な印象を受けるほどに痩せていた。

「彼女はさながら案内人、といったところかな。その手紙の差出人のところまで愛川君を連れて行ってくれる」

「…………」

 女の子はしゃべらない。

「それで、愛川くん。答えは見つかったかい?」

「シオンさんが出してきた課題ですよね。まあ、おおよそは」

「それはよかった。じゃあ早速答え合わせをしに行こうじゃないか。……ユウカ」

 そういうと、ユウカと呼ばれた女の子はすくりと立ち上がる。

「手はず通り、愛川くんを連れて行ってくれるかい」

「……ん」

 ユウカはこくりと頷く。

 その後、ててて、と私の方に寄ってきて、手をぎゅっとにぎってくる。

 幼い少女の手らしく、小さく柔らかい。

「仁科先生、連れていくって言ったって、どうやって」

「直にわかるさ。ユウカ、いいよ」

「…………」

 ふたたびこくりと頷くと、次の瞬間、私の視界はブラックアウトした。


  ○


 目が覚めると、私は別の場所にいた。あたりを見回すと、見覚えがある場所にいることが分かった。

「<スノマタベース>……」

「お、正解。察しがいいね」

 声の主を探すと、そこにはシオンさんと先ほどの少女――ユウカが立っていた。

「悪いね、ユウカの<錬成術>はまだ不完全でさ。人を瞬間移動させると、気絶させてしまうんだよ」

「……わるい」

 ユウカが口を開くと、鈴のようなかわいらしい声が響いた。

「部屋に戻ってていいっていったんだけど、リンちゃんが起きるまで離れたくないって感じでさ。許してあげてほしいな」

「それは、いいですけど。……そんなことよりですね、<一条ラン>のことで呼んだんですよね」

「そうだよ。しっかり調べてきたかい?」

 彼女は、私を試すように挑発的な表情を浮かべる。

「ええ。……なんとなく、答えも見つかってますよ」

「はは、それはよかった。……じゃあ、ひとつずつ答え合わせをしていこうか」

 シオンさんは人差し指を立て、私の方に突き出す。

「……まず、<一条ラン>はシオンさんの二つ上、母さんの一つ上の世代で、<外奉会>に所属していることが分かりました」

「うんうん、正解。ちなみにそれはどこで分かったのかな」

「<錬成新聞>のバックナンバーを読んで、そこから」

「ああ、なるほど……。あの時期は<外奉会>は結構な花形でね。取材もいっぱいされたし、いい着眼点だね」

 シオンさんはうんうんと頷く。

「戦乱のなかで、多くの人間を殺して、最後には<市民団体>の幹部を殺害し、戦いを終わらせた……」

「撃破数は断トツなんだよね。ちなみに二位はボク! でも、そんな情報がどうでもいいと思えるくらいの、核心に迫っているんだろう?」

 煽るような声音で詰められ、私は思わず固唾をのむ。

「……容姿が、私に瓜二つで」

「うんうん。そうだろう」

 シオンさんは、大きくうなずく。

 その様子を見て、私の推測は正しかったのだと確信する。

「彼女は、<一条ラン>は、私の生みの親……、本当のお母さんということですよね」

「…………」

 シオンさんは何も言わない。

 しかし、しばらくすると、ぷるぷるとはじめ、最後にはこらえきれずに噴き出してしまう。

「ぷっ! あははははは! なるほど、そうなるか。確かにそう思ってしまうのも無理はないな」

「な、なんですか! 絶対にそうだと思って」

「ああ、ごめんごめん。キミの答えは、……まあハッキリ言ってハズレだ」

 にやとシオンさんは不敵な笑みを浮かべる。

「リンちゃんよ、写真を見たんだろう? 親子だからって、血のつながりがあるからって、あそこまで似るかい?」

「じゃあ、なんだっていうんですか」

 私の問いに、シオンさんは答える。


「簡単なことさ。……<一条ラン>は、キミ自身だよ。愛川リン」


「……え」

 いったい何を言っている?

 私が、<一条ラン>?

 全く理解ができなかった。

「はぁ……。勇み足で来るものだから、すべてわかってきてくれたと思っていたのにな。まあ、今の不完全なキミでは仕方がないか。みんな、この娘拘束して」

 彼女の合図で飛び出してきた複数の刺客に、私は反応ができない。反撃をする間も与えられず、捕らえられてしまう。

「ちょっと待ってくださいよ!」

 手足を縛るのは、以前<市民団体>を拘束した際にも使用した強靭なロープだった。

 そして、刺客のなかには、見知った顔もいた。

「……仁科先生、なんで」

「悪く思わないでくれ。シオンさんの指示には背けない。きっと、なにか考えがあるはずだ」

 刺客の中に紛れていた仁科先生には取り付く島もなかった。

「シオンさん、これはいったいどういうつもりですか」

「手荒な真似をして申し訳ないね。ただキミ……いや、あなたには目覚めてもらわないといけないんですよ、<ランさん>」

 彼女は言葉遣いを変え、私のことを<ランさん>などと呼んできた。

「なんですか、その言葉遣いは! やめてください」

「アナタは不完全な状態だ。でも、ボク達はアナタを旗印に立ち上がらないといけないんですよ。……覚えていますか? ボクが殺したこの前の<市民団体>のリーダー風の男。アナタの顔を見たとき、とんでもなく震えていましたよね。あれ……、アレが必要なんですよ! ボクじゃなくてアナタ! ボクは圧倒的カリスマを持つアナタの下で暴れたいんですよ。だから目覚めてもらわないと、完全な状態になってもらわないと……。そのためなら、なんだってしますよ」

 私は、直感した。

 ああ、この人とは、話し合うことはできない。

 未知の存在と相対した恐怖で、震えが止まらなかった。

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